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冒険編

アクロニア帝国、皇帝の憂鬱

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四大貴族による監視を潜り抜け、どうやって、自分の思い描く社会を作り上げていくのかは歴代皇帝の課題であったともいえるだろう。
ルドルフ・ドーズヘルト二世もその例外ではなく、その日も朝から自分の生家である、ドーズヘルト家を除く、他の三貴族の家から質問を行われていた。
質問は皇帝の執務室にて、紅茶を啜る皇帝の前で他の公爵家の党首たちが質問を行うのが主な流れである。

とりわけ、この朝の質問時間で熱烈な質問を浴びせるのは前の皇帝だった家である。
かつての皇帝にして、現在はラッシュ家の党首である、リチャードはルドルフの軍拡政策に激しい異議を唱えていた。

「陛下!なぜ、この大陸を制する我々が、海の向こうの大陸の事にまで手を伸ばさなくてはいけないのです!我々は守るべきではありませんか!?この大陸における孤立モンロー主義を!」

ルドルフは唾を飛ばしかねない勢いで叫ぶ、リチャードに対し、冷静に朝の紅茶を啜った後にルドルフはその厳かで、それでいて、静かな声で対応した。

「お答えしよう。竜暦千年以前より、マナエ党なる魔法第一政党に率いられたガレリアの動きは日々、怪しくなるばかりだからな。いつ、あの魔女が我が国に対して、野心を抱くかも知れぬ故に、軍備を引き上げさせてもらった」

「で、では、大恐慌の対策についてお伺い致します!陛下の取られた政策はあまりにも勝手過ぎるのではと各国の大使館から抗議が来ておりましたがーー」

「各国に配慮したやり方で、その後はどうなったのかな?前皇帝殿」

ルドルフは知っていた。リチャードがそう指摘されれば、何も言えなくなるという事を。
事実、彼は大恐慌の失策の責任を取らされ、皇帝の位から降ろされたのだから。
あぶらぎった顔にその顔に似つかわしいような脂汗を流し、それを上等の絹のハンカチで拭ってから、リチャードは皇帝の背後へと下がっていく。
リチャードが下がるのを確認すると、他の家々が次々と質問を浴びせていくのだが、彼はその一つ一つに的確に答えていく。

あまりにも的確であったので、他の家の党首たちは何も言わずに執務室を去り、その日の質問時間は終了となった。

「陛下、リチャードを放っておいてよろしいのですか?あの男は必ず、また皇帝になろうという野心を抱くに決まっています。今のうちにドーズベルト家の資金を利用して、刺客を雇い、先に始末するべきでは?」

そうルドルフに言葉を投げ掛けたのは皇帝付き秘書官であるロニー・ドナーである。
ロニーは皇帝付きの秘書官であり、尚且つ、最年少の秘書官と称されているほどに若い男である。
『北の国』の出身であり、信心深い男とも言われてはいるが、ルドルフが自身の部下の中で最も信頼するべき人物であると言ってもいいだろう。

そうでなければ、朝の質問時間の前の朝食の席にまで同席させはしないだろう。
ルドルフが彼を見出したのは彼がドーズベルト家の党首を務める前に、領主を務めていた地である。
ガレリアよりも更に北へ北へと進んだ先にある『北の国』から貧困から逃れるために一家で移住してきたのだという。

『北の国』というのは少し前までは『北の帝国』という呼称で呼ばれており、帝政ガレリアの時代においては、大陸の二大帝国と呼ばれていたのだという。
だが、前の戦争の折に革命が勃発し、新たに宗教家にして、指導者のニキータ・ストラヴァリウスが『北の国』の最高主席の椅子の上に座った。

『血に飢えた皇帝は死に、その時代を終えた。これからは神と人間の時代である』

この言葉は当時、大戦中であった帝政ガレリアの人々にも受け継がれ、帝政の崩壊に貢献したという。
だが、その反動で人々が貧困に陥るのはどちらでも同じである。
それに目を付けたのがアクロニア帝国である。

当時の皇帝は二大帝国からの移民を労働力として受け入れ、恐慌前の労働力として、彼ら彼女らを利用したのだ。
ドナーの一家も当時の皇帝の政策に乗り、アクロニア帝国へと移住したのである。
田舎で農業に携わる両親とは裏腹に、ロニーは野望を抱いていた。

成り上がり、いずれは大貴族になるという野望を。
アクロニア帝国においては爵位は公爵家を除けば、功績に応じて平民にも授与されるのである。
ドナーはいずれは侯爵位を、と、役所で働いていた時だ。

当時の領主にして今の皇帝であるルドルフに見出されたのは。
ルドルフは彼の元で的確な行政が行われているという噂を耳にし、彼を試したのだ。
すると、当時、彼が抱えていた問題をロニーは意図も容易く片付けられたのだ。

それ以降、ルドルフは彼の才能を気に入り、自身の秘書としたのである。
彼との話し合いをいつも、楽しんでいたルドルフはその彼らしくない過激な発言に苦笑していた。
そして、自身の考えを述べていく。

「私としては、リチャードなど敵ではないさ。それよりも、殺した方が良いと考えるのは大陸の魔女の方さ」

「では、魔女を始末するために刺客を?」

秘書の問い掛けにルドルフは静かに首を横に振る。

「いいや、暗殺などという方法は私は好まん。代わりに、奴がこれから奪う事になるであろう領土を奪わせてもらおう」

「と、言いますと?」

ルドルフはロニーに地図を持って来させると、北の国とガレリア国との間に存在する小さな国を杖で指差す。

「ここさ、オレンジの国と呼ばれる国を狙う」

オレンジの国。いわゆるオーランジュ王国と呼ばれる国である。
ガレリア帝国より、竜暦の六百年代にオーランジュ伯爵が建国したとされる小規模の王国である。
その名前の通り、オレンジの最大輸出国として知られている他には特に特徴のない国であるが、重要なのは地理である。

「この国が存在している限り、ガレリアは北へと行けないのだ。つまり、北の国に行くためには、この国をガレリアに併合されなくてはならん」

「そこを我々が先に奪うという事ですか?」

「奪う?とんでもない。ちゃんと国王には君臨してもらうし、関税自主権も認めてやるし、領地裁判権も施行しないよ。ただ、我々の願いを聞いてもらいたいだけさ。マナエと北を抑えるための砦として機能してもらいたいんだ」

「成る程、全ては陛下の、いや、アクロニアの赴くままという事ですか?」

「あぁ、それもあるが、私は思うんだ。向こうの大陸に我々の拠点があれば便利ではないかとね。フフ」

ルドルフは不敵に笑う。
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