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ロックウェル一族の闘争篇

最初の刺客

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エミリオはこの秘書の言葉が腹に立って仕方がなかったのだが、ここで反発しても何も変わらないのは明白だ。
ならば、ここは逆らわない方が賢明というものではないだろうか。
「私に何をしてほしいんだ?」
「簡単な話ですよ。アンドリュー・カンブリアという男と、クソッタレの黒人ことチャールズ・"チャーリー"・クレイの両名を殺してほしいんですよ」
「報酬は?」
「ふふふ、この状況でもそんな口を聞くことができるんですね?あなたの勇気には感心させられるばかりですな! 」
秘書の男はタヌキのように太った男を揺らしながら笑う。
「いいから、教えやがれッ!」
「そうですね。まず、お引き受けくださるのなら、この場所からすぐにでも開放して、あなたの資産の凍結を解除致しましょう。あなたの愛する人も同時に自由の身にさしてあげましょう。そして、アンドリュー・カンブリアとチャーリーの両名を殺してくれれば、一千万ドルの報奨金をお約束致しましょう」
一千万ドル。一介のマフィアには想像もできない額なのだが、公表されているだけでも六千五百万ドルもの資産を有するロックウェル家には蚊に刺されたほどにも感じない額なのだろう。
改めて、エミリオはロックウェル家の恐ろしさを知らされる。
「どうします?私はいつまでも待ちますが……」
タヌキ親父は相変わらずの憎い微笑を浮かべている。あの気取った中世貴族の生やすような口髭を引きちぎってやりたいと思ったのは、一度や二度ではない。
拷問にあっている途中に、ニヤニヤと腕を組みながら笑うあの男の顔を見れさえすれば、尚更だ。
「分かったよ。だが、本当にジョニーを開放してもらえるんだろうな?」
「私が嘘を言うように見えますか?」
タヌキ親父は口元を大きく緩めて言った。




「次に、我々ギデオン・ホールディングスの正体を話しておかなければなるまい」
元締めたるシャリム・ギデオンが重い口を開こうとした時だ。
社長机の電話が鳴り響く。
シャリムが電話を取ろうとした時だ。アンドリューがそれを制止し、その電話に出る。
「もしもし?」
『あなたは?』
電話の相手は中年の男らしい。野太い声が印象に残った。
「失礼しました。アンドリュー・カンブリアと申します。以後、お見知り置きを」
『ほほう、あなたが……』
向こうの相手は何やら喜ばしくてしょうがないらしい。
「で、何の用です?」
『この電話に出たのなら、あなたはもう我々の正体に気がついている筈でしょう?ミスター・ギデオン氏から私の話を聞いている筈ですからな』
「ロックウェル家ですか?」
『ええ、世界の実質的な支配者といわれるね……実のところを言いますと、ご主人様方はあなた様に大きな興味を持っていらっしゃいます』
「それで?」
『つまるところ、あなた方を雇いたいのです。最初に一億ドル。次から働き次第で、更に報酬を増やしましょう』
成る程。自分たちを雇うつもりらしい。
だが、アンドリューは王に忠誠を誓った身だ。おいそれと、従うわけにはいかない。
「折角のお話ですが、辞退させていただきます」
『何故でしょう?』
「私は既にサセックス王に忠誠を誓った身ですから、あなたの主人に従うわけにはいきませんよ」
『分かりました。ですが、どうなっても知りませんぞ』
意味深な言葉を残し、そこで電話は途切れてしまう。
「どうだった?」
チャーリーは心配そうに尋ねた。
「破綻だよ、交渉は決裂した」
アンドリューは大袈裟に肩をすくめながら言った。
「つまり、今後はロックウェル家が我々をターゲットにする可能性が高いというわけか……」
シャリムは大きな溜息を吐く。
「そのために、我々を味方に引き入れようとしたのでしょう?」
「ああ、ジャック・カルデネーロの逮捕に貢献して、キミらには期待しているよ」
シャリムが再び、社長室の椅子にもたれ掛かろうとした時だ。
社長室の扉が勢いよく、開け放たれる音が響き渡る。
「失礼だが、あんたがシャリム・ギデオンだな?」
と、問うのは血色の悪そうな若い男。
「そうだが、私に何か用か?」
「悪いが、あんたを殺さなければ、おれの恋人が殺されちまうんだッ!だから、あんたには死んでもらうッ!」
そう言って、男がシャリムとこの部屋にいる全員に見せたのは、一本のCMS。
「魔法剣士なのか!?」
チャーリーは驚いた声を上げる。
「その通りだよ、あんたが、アンドリュー・カンブリアかい?」
「その通りだよ、私に何か用なのか?」
アンドリューの余裕ぶった態度に腹が立ったのだろう。こめかみにシワを寄せながら、
「うるさい! お前のせいで、親父は逮捕され、おれの恋人は囚われの身なんだッ!お前を殺さなくちゃあ……」
「試してみるかい?私は国立魔法大学を首席で卒業したエリートなんだぜ」
アンドリューはいつも通りの余裕たっぷりの態度。それとは対照的にジャック・カルデネーロの息子エミリオ・カルデネーロは眉間に何本もの青筋を寄せていた。
「何が、国立魔法大学を出た、エリートだよ、お前のせいでなァァァァ~!!! 」
エミリオはCMSを構えながら、アンドリューに向かって突っ込んでいく。
アンドリューはエミリオのCMSを自身のCMSで受け止める。
「危ない……危ない……キミは少々短絡的なところがあるんじゃあないのか?学校の先生にもそう言われなかったのかい?」
図星だったエミリオは全身から血の気が引いていくような気がした。
「ちくしょう! 」
エミリオは何度も、何度もCMSでアンドリューのCMSを打ち付ける。
だが、何度やってもアンドリュー自身には傷一つ付かない。
「やれやれだな、キミも懲りないねッ!」
アンドリューは今度は自分から攻撃を仕掛けた。アンドリューのCMSによって、エミリオは自分のCMSごと、近くの壁に打ち付けられてしまう。
「くっ、ならば、おれの魔法を見せてやる! 」
エミリオは自らのCMSの剣先から、アンドリューに向かって一本の糸を飛ばす。
「ま、まるでアマゾンの毒を持つ蜘蛛が、獲物を捕らえる時みたいだッ!」
チャーリーの比喩表現は至極真っ当なものだと言っても良いだろう。
実際に、アンドリューの剣は糸によって、自由が効かなかったのだから。
「どうだい、エリートさん。この攻撃は?」
アンドリューは黙ったままだった。
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