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第一植民惑星『火星』

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 火星までの道はあっという間であった。
 地球から近く、常に地球からは連絡用や観光用、貿易用の宇宙船が出ているということもあってワープにかかった時間もこれまでとは比較にならないほど短く感じられた。
 火星の前に着くと、ジョウジが連絡用のスピーカーを使って火星の空港へと呼び掛けていった。

「こちら、スコーピオン号。地球より交易のため参りました。着陸許可を願います」

「了解。発着場への着陸を許可します」

 モニターには中年の男性の姿が映っていた。どうやら彼が地球からの船を出迎える火星の管制官であるらしい。

 修也が男の映るモニターをぼうっと見つめていると、不意に男の顔が消え、発信信号が映し出されていった。

 これに従ってジョウジが操縦桿を動かして火星の発射場へと船を進めていく。
 火星の上には地球で見るような巨大な道路が敷かれていた。
 スコーピオン号は発着場にある第八待機口という場所に着地するように信号で指示を出された。

 指示を受けたジョウジとカエデの手によってスコーピオン号は第八待機口という場所に着地していった。

 ゆっくりと着地地点の上に降りていくと、待機場所の景色が外のカメラによって映し出されていった。

 宇宙船の外には火星の岩岩やその隙間に生える苔の類などが見えた。その下には火星特有の赤い土が見えた。どうやら宇宙船の待機場所ということもあり、人工的なもので邪魔をするよりも自然な状態に置いていた方がいいとスタッフが判断したのだろう。

 その点は地上と同じであったらしい。そんなことを考えていると、出迎えだと思われる大量の浮遊車エアカーが姿を現した。

 それから浮遊車エアカーの扉が開いて多くのスーツを着た人々とその護衛と思われる青い制服の厳しい顔をした男たちの姿が見えた。

 どうやら各企業の社長もしくは重役が出迎えに現れたらしい。周りにいるのはその会社で雇っている警備員たちだろう。
 修也にはどこか大袈裟に感じられた。

 スコーピオン号から折田梯子の階段から圧縮された商品を持って降りてくる修也たちの元へと向かっていった。

 火星では取れず、地球でしか取れないものがあるとはいえども破格の待遇ではないだろうか。修也はいささか気後れしてしまう羽目になってしまった。

 修也が萎縮している間にもそれぞれの企業の社長や重役と思われる人たちは一斉に大きな声で自己紹介を始めていった。

 交渉役となるジョウジとカエデは社長や重役たちに負けないような声を張り上げて答えていった。無論それらの会話は全て英語であり、修也には理解できないものだった。

 世界の共通言語ということで人間の文化が最も根付いた火星でも幅広く用いられているらしい。

 修也はうーんと唸り声を上げて社長や重役たちと会話を交わす二人のアンドロイドを見つめていた。

 そしてその後で何やら激しい声で競合のようなものが行われ、競合を勝ち残ったと思われる何人かの社長や重役たちがその場に残った。
 それから入念な話し合いが行われていった。その結果その場には一人だけが残ることになった。

 激論の末に残ったのは四角い眼鏡をかけたスリーピースのスーツを着た壮年の男性だった。

 男は何かを話したかと思うと、困惑した顔のジョウジと楓の二人を連れ、近くにあった商品近くに停めていた浮遊車エアカーのトランクの中へと詰め込んでいった。それから声を掛けようとする修也の声を無視して二人を連れ、乗り込んでいった。

「あれ、もしかしてあたしたち置いていかれちゃったのかな?」

 麗俐が困惑した顔を浮かべていた。

「どうする? このまま追い掛けていくか?」

 悠介が深刻な顔を浮かべながら修也へと問い掛けた。

「追い掛けるといってもオレたちはどの会社なのか知らないんだぜ」

 悠介はどこか大袈裟な口調で両手を横に広げながら言った。

「じゃあ、私たちは宇宙船の方に戻ろうか? お父さんとしては部屋で暇を潰すのも悪くはないと思うんだ」

 修也は穏やかな口調で言った。

「冗談じゃないよ。久し振りに動けそうなんだぜ。火星には確か無料の体育館があったよな?」

「ちょっと、わざわざ火星に来たっていうのにバスケするつもり? あんたも好きねぇ」

 麗俐が呆れた顔で言った。悠介は昔からバスケットボールのゲームが好きだった。
 小学校低学年の頃から公園や地域の体育館でゴールにバスケットボールを執拗に投げていったのを麗俐はハッキリと覚えていた。

 そんな悠介だからこそ体育館と見れば必ずバスケットコートを探し出してバスケをするのは猫が家の中に入っていけば鰹節を物色していくのと同じくらい当たり前のことだった。
 悠介が携帯端末を開いて体育館の位置を探して出していた時だ。

「失礼ですが、あなた方がメトロポリス社より参られた護衛官の方々でございますね?」

 と、背後から訛りのない完璧な日本語が聞こえてきた。

 慌てて背後を振り返ると、そこには黒色の上等なスーツを着込んだ中年の男性の姿が見えた。

 黒い髪には整髪料が塗られて整えられており、顔はメンズ用の化粧品を塗られていた。顔にも相当気を遣っているというのが窺えた。

「は、はい。そうですが、あなたは?」

「これは失礼致しました。私は護衛官の方々の案内役を務めているマイク=広田ひろたと申します」

「もしかすると、日系二世の方ですか?」

 修也の問い掛けに対してマイクと呼ばれた男は首を縦に動かした。

「はい。私はアメリカのシアトル出身でしてね。会社が火星に進出する際にご同行させていただきました」

「なるほど、日本語はどちらから?」

「日本人の母からです。では、ご案内させていただきましょう」

 マイクは自己紹介を終えた修也を始めとした三人を案内すると、駐車場の左端に停めてある青色の浮遊車エアカーに招き入れていった。

「お若い方は奥の方に、で、大津さんは
 助手席にお願いします」

 名前を知らなかったということもあって少し失礼な言い方のように思えた。だが、そのことでマイクを責めるのは酷というものがあるだろう。

 そのことは子どもたちも理解していたのか、何も言わず素直に指示に従った。

「はい」

 マイクは全員が後部座席に座るのを確認してから浮遊車エアカーの発射ボタンを押してエンジンを始動させると、目の前に表示されたナビを頼りに会社へと移動を始めていった。

 移動の合間、暇潰しも兼ねて自己紹介を行なっていった後は自然と雑談へと進んでいった。マイクとの雑談は初めて出会った人間とは思えないほど順調に弾んでいった。

「へぇ、大津さんは東京都の出身でしたか?」

 慣れてきたこともあってマイクはどこか軽い調子で言った。

「ハハッ、東京といっても町田市の出身ですよ」

「マチダ?」

「東京の端の方です。どちらかといえば神奈川県に近いところですね」

「なるほど、東京の方でも郊外の方だったんですね」

「えぇ、そこで家を買って子どもたちもそこまで育てました」

「へぇ、となると、このまま地球に住み続けるおつもりらしいですな。少し羨ましいです」

 修也はどこか懐かしそうに呟いたマイクの言い方が気になって問い掛けていった。

「その言い方を聞くに広田さんは今後火星に住み続けるおつもりですか?」

「えぇ、火星にはなんでも揃っていますからね。子どもも火星で産まれましたし、今後も私は火星に住み続ける予定です」

 この時は微笑を浮かべていたマイクであったが、その笑顔の裏にはどこか物悲しいものを感じさせた。
 もしかすればマイクは地球に戻りたいのかもしれない。そんなことを考えていた時だ。急にブレーキが掛けられて修也は頭をぶつけてしまう羽目になった。

「な、何があったんですか!?」

 修也が頭を抑えながら問い掛けると、マイクは人差し指を震わせながら黙って車の前面を指差した。
 修也が車の前方を見つめると、そこには大量の渋滞の光景が見えた。

 他の植民惑星と比較しても人が密集する星なので渋滞があっても仕方がない。ただ、隣にいるマイクの顔が尋常なものではなかったのが印象的だった。

 どうして渋滞を震える手で指差しているのが不自然だった。
 修也がマイクにその理由を尋ねようとした時だ。一台の車が渋滞の上を走ってこちらに向かってくる様子が見えた。

「な、なんだ!?」

 修也の驚いた顔を他所に車は勢いを止めることもなく、自分たちの乗る車の上を飛んで背後へと消えていった。

「ま、マイクさん。あれはなんですか?」

 修也は声を震わせながら問い掛けた。修也の問い掛けを聞いたマイクはしばらくの間、呆然とした顔で天井を見上げていたが、腕を揺らされたことで正気に戻ったらしい。

「あっ、は、はい。あれはここ最近火星を賑わせている強盗殺人犯の二人組、『明日のない明日を撃つ者トゥモローシューターの連中ですよ」

「トゥモローシューター?」

「えぇ、カップルの殺人犯らしくてね。火星の中では二人の究極的な愛に燃える人たちもいるみたいですよ」

 マイクはどこか苦々しげに言った。
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