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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

最上志恩の場合ーその12

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真紀子と恭介はこの間も激しい剣の斬り合いを続けていく。
志恩は非戦派へと転向した恭介に加勢を行うために剣を構えて突っ込んでいく。
だが、その前に剣が飛ぶ。ジグザグ状の剣が志恩の前へと突き刺さっていく。
恐る恐る背後を眺めると、そこには満身創痍でありながらも志恩を倒さんと試みる美憂の姿が見えた。

「む、無茶だよ!姫川さん……し、死んじゃうよ!」

「……元より覚悟の上だ。あたしは“サタンの息子”なんだぞ……死を覚悟していないわけがないだろ」

美憂はそのまま手に新たな剣を作り出し、それを構えて志恩の元へと突っ込んでいく。
志恩はそれをランスで防いで美憂を勢いのままに弾くと、その体を右側から大きく弾いていく。同時に鎧から火花が飛び散り、美憂の体が大きく揺れていく。
それでも美憂は諦めきれなかったのか、そのまま宙へと飛び上がるとその上で弧を描き、そのまま剣と共に美憂の体に向かって突っ込む。
真上から迫って来る美憂の姿は一本の鋭く大きな剣の様であった。それが志恩の真上から迫ってくるのだから志恩からすればたまったものではないだろう。
志恩はランスを構えて身構えていく。

この時に志恩は自分に身に降り掛かるであろう衝撃を覚悟はしていたが、それでも中々のものであった。志恩は美憂の猛攻ともいえる攻撃をランスを盾の代わりにして防ごうとしたものの美憂の剣はいとも容易くランスをくぐり抜けて志恩の体を襲ったのだ。勿論志恩の体は他の参加者と同様に鎧を身に纏っているので容易なダメージなどは受けない筈であった。
だが、喰らうのと同時に鎧には傷が入る程のダメージを負ってしまったのである。
空中から勢いを借りた上での攻撃がいかにすごいかがわかるだろう。
志恩がその衝撃のために地面の上を転がっていたが、美憂はその隙を逃さなかった。美憂は鎧を第一のものへと変えると、その牙を折って自身の分身を作り上げていく。
分身は本体よりも強くはないといえそれなりの数で迫ってきているので志恩からすればたまったものではないだろう。
そこに救いの主が現れた。恭介である。恭介は真紀子を蹴り飛ばしてその隙を突くと分身になった美憂を一体ずつ倒していき、最後には恭介を抱き抱えて遊園地から脱したのである。
真紀子が転倒から立ち上がった時には二人の姿は既に遠かった。
二人はゲームに決着が付けられなかった事を悟って武装を解除し、そのまま近くにあった緑色のベンチの上に腰を下ろしたのであった。

「……ちくしょう。あいつらやりやがっな」

真紀子は拳を握り締めながら悔しそうに下唇を噛みながら吐き捨てる。

「……すばしこい奴らだ。本当にネズミの様だな」

「やかましいや。この野郎……テメェが足引っ張ったんじゃあねぇのか?」

「お前こそ随分と恭介に手間取っていた様だが?」

「そういうテメェの方こそ……いいや、ここで言い争っていてもしょうがねぇや。そんな事よりも明日の予定は?」

「起床後にロックブリッジ氏と電話会談。その後に会社に向かって会議。その後に総理や政治家たちと会食。会食の後はしばらく社長室で仕事。その後に海外の大手巨大企業と商談をしてもらう。んで家に帰ったら婚約者の善家泰文氏と会食……その後に仕事を片付けて一日の終わりってところか?」

「……クソッタレ、明日もそんなハードスケジュールかよ」

真紀子は辟易した様な表情で言った。

「まぁ、日本のフィクサーも大変って事だな。『平成の大飢饉』を吹き飛ばせる程には頑張ってくれ」

美憂はそう呟くと励ます様に真紀子の肩を優しく叩いた。
真紀子はそんな美憂を睨んだものの、すぐにその顔「微笑を浮かべた。
それから美憂の肩を叩き返したのである。

「当たり前だろ。天才のあたしがしくじるかよ」

真紀子は自信満々に言い放つと、そのままベンチを立ち上がってその場から立ち去っていく。

そんな微笑ましいやり取りを繰り広げる真紀子たちとは対照的に志恩と恭介の間に漂う空気というのは最悪であった。
お互いに負けてしまったといういわゆる厭戦ムードと呼ばれる空気が二人の間を重い気分にさせていたのである。
自宅へと向かう電車の中で二人はぎごちない会話を交わしていた。
そんな時だ。志恩に声を掛けた人物がいた。

「お、人殺しの弟じゃん。こんなところで何をやっているの?」

「お前今の時間わかってるのか?オレたちみたいな子供が出歩いちゃまずいんだぞ」

二人の小学生が声を掛けてきた。志恩が二人の声を聞くと気まずそうに顔を逸らした事から二人は以前に志恩が通っていた学校の同級生なのだろう。
二人は無視を続ける志恩に積極的に絡み始めていく。志恩が反論ができないのをいい事に心無い言葉を次々と浴びせていく。
聞いている方が嫌になりそうな程の酷い罵声であった。その度に志恩は気まずそうに顔を俯かせている。
その二人の志恩へのいじめがエスカレートし、とうとう志恩の胸ぐらを掴み上げた時だ。
恭介の中の何かが切れた。恭介は立ち上がるのと同時にそのうちの一人を殴打したのである。
一人の少年は悲鳴を上げてその場に倒れ込む。もう一人の少年が声も上げられずに怯えていたが、恭介はもう一人の方には目もくれずに志恩の肩を強く握り締めながら大きな声で問い掛けた。

「お前悔しくないのか!?あんなクズみたいな奴らに言われっぱなしでッ!」

「でも、お姉ちゃんがーー」

「お姉ちゃんは関係ねぇ!お前のお姉ちゃんが起こした事件とお前は無関係のはずだろ!?なのにどうして何も言わねぇんだよ!」

「それはぼくがこうして罰を受ける事で少しでもーー」

「あいつらの家族がお前のお姉ちゃんに殺されたわけじゃあねぇんだろ!?それなのにお前は全然無関係の奴らがお前を虐める事を了承すんのかよ!?」

この問い掛けに志恩は反論の言葉が思いつけなかったのであろう。黙って恭介を見つめていた。その表情はどこか申し訳なさそうであり恭介もそれ以上は何も言えずに俯いてしまう。
その時であった。先程恭介から打撃を受けた少年が泣き喚き、恭介を弾劾していったのである。
車両を巻き込んでの大騒動となり、結果事件の当事者がどちらとも未成年であるという事が判明し、被害者と加害者双方の親が呼ばれる事になった。
事件の大まかな流れを聞くに非があるのは殴られた少年の方にあった。
だが、先に手を出したのは恭介の方である。それを逆手に取り殴られた少年の方の親は恭介とその両親を激しく怒鳴り付けていく。

「人をいきなり殴るなんておたくの家は子供に一体どういう教育をなされてるんですか!?」

「その通り、あの程度の怪我で済んだからいいものを……もっとひどかったらどうするつもりだったんですか!?」

「すいませんでした。恭介の方もよく叱っておきますので、どうかご勘弁していただけないでしょうか?」

「私からもお願い致します。どうか今日のところは勘弁願えませんか?」

父親が懸命に頭を下げている。それを愉悦の表情で眺めている殴られた方の両親。子が子なら親も親だ。
『蛙の子は蛙』という諺の意味を恭介はこの日にはっきりと理解できた。
それでも一応はしおらしくはしておかねばなるまい。
恭介は反省した素振りを見せ続けてひたすらに謝り続けた。
幸いな事に駅員の仲裁もあり、この件に関しては少年の治療費を恭介の方が負担するという事でケリは付いた。
傷は浅かったといえば浅かったのであるが、代わりに恭介は問い詰められた。

「ねぇ、あなた……今の今までどこで何をしていたの?」

恭介がこれまで戦いの口実に用いていた塾で居残りをしているという嘘がこの件でバレてしまったのである。
どうやら志恩の方も恭介と同じ様な口実を使っていたらしく自身と同様に激しく問い詰められていた。
こうなっては正直に話すよりあるまい。意を決して恭介は両親に打ち明けたのであった。


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