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第三部『終焉と破滅と』

今の五人の場合

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「クソッタレ!奴の動きを止めろッ!」

美憂の言葉に従って、恭介は捨て身の姿勢を取ったのだが、乱暴に蹴り飛ばされた事によって恭介はその場に転がってしまう。悲鳴を上げる恭介に追い打ちが掛けられた。なんと、馬乗りになられてしまったのである。兜越しとはいえ悪魔の力を纏った拳が喰らわされるのは中々に痛い。恭介は兜を伝わってくる振動に恐怖し、両目を閉じていた。
そこに志恩が槍を構えて助太刀に入ったのだ。こうなってしまってはたまったものではあるまい。ここまで恭介をタコ殴りにしていた真紀子は背後の槍を交わすと、そのまま返す刀で志恩に向かって銃撃を食らわせ、そのままブーツの踵で志恩を蹴り飛ばしたのだった。

同時に秀明が背後からサーベルを構えて真紀子の元へと突入した。真紀子はそれを回避したかと思うと、拳銃の銃口を秀明に向けて構えて発砲したのであった。
秀明は悲鳴を上げて地面の上に倒れたのであった。その秀明を真紀子は執拗に蹴り続けていく。

「……あいつ、今日は一段と派手に暴れるじゃあないか」

美憂はレイピアを構えながら一人呟く。
だが、恭介は真紀子が暴れる理由を知っていた。それは一ヶ月程前に自身の通学路に現れた青年から伝わった情報にあった。

「実はですね、今度妹が……希空がこちらに進出すると言い始めたんです。希空はこちらに来て、最上真紀子の組織を新たに自分の組織に食い込んで活動を始めるらしいです」

元から商売を行っていた真紀子からすればたまったものではないだろう。急に現れた人間に自分の組織を乗っ取られてしまうのだから。おまけに福音の話によれば真紀子は金までも納めなくてはならなくなったらしい。
福音はそれだけを告げると、恭介を放って去って行ったのだが、福音の言っている事は本当であった事が判明した。
恭介は兜の下で冷や汗をかきながら真紀子の戦いっぷりを感じていた。剣で真紀子に向かっていくものの、拳銃と機関銃のコラボによる攻撃では近付く事もできないではないか。
恭介が恐怖していると、真紀子が一か八かの思いを抱えて彼女の背後へと回り、真後ろからレイピアを振り下ろしたのである。
真紀子は慌てて機関銃を背後へと構えたものの、間に合わずにもう一撃を喰らってしまう。

「随分と苛立っているみたいだな?最上」

「姫川かぁ~そうだな。今日は過去最大にイライラするぜ、こんな日は初めてだ」

「そうか、ならもうイライラさせない様にしてやろう。死ねばイライラしなくて済むだろ?」

「冗談じゃあねぇよ。無限地獄はイライラしっぱなしだろうが」

「ほぅ、お前死んだら自分が地獄に行くって事を自覚してたのか?」

美憂が意外と言わんばかりの態度で尋ねる。

「ブローカーってのは因果な商売だからねぇ。あたしは自分が長生きできない事も知っているし、人から恨みを買ってる事だって自覚してるよ」

真紀子は胸を張りながら得意そうに言った。

「……実にご立派な意見だ。お前やお前の売り捌く脱法ハーブのせいで人生を狂わされた人にその事を聞かせてやりたいよ」

「吸った奴や買った奴が悪いんだろうが、お前は台風が来たのを気象予報士のせいにして責めるのか?違うだろ?」

「賢いと聞く割には随分とバカな例えをするじゃあないか、台風の場合は自然に発生するが、脱法ハーブはお前が精製しなかったらこの世にはないんだぞ。お前を責めるのは悪政によって苦しむ農民が藩主や将軍を告発するのと同じ理屈だぞ」

美憂はそう言ってレイピアを大きく振り上げた。真紀子はそれを見て接近戦に切り替えた方がいいと判断したのだろう。武器を機関銃から拳銃へと置き換えて、美憂の突撃に対抗したのであった。真紀子は何発も何発も銃弾を撃ち続けていたのだが、次第に美憂との距離が詰め寄られてきて、肩にレイピアの強力な突きが食らわされた。衝撃を受けて真紀子は再び悲鳴を上げて背後に大きく飛んでいく。
だが、美憂は容赦しない。地面にて呻めき声を上げる真紀子を掴み上げると、そのまま腹に向かって強力な一撃を喰らわせたのであった。真紀子は兜越しからも聞こえる様な悶絶の音を聞こえさせた。

「お前は確か少年院に捕まっていたよな?」

「そうだが、お前になんか関係あんのか?」

「あたしは思ったんだよ。あんな危険な人間を少年院で大人になるまでぶち込むだけでいいのかなって……殺された真行寺先生の事を思うと、とてもそんなもんじゃあ収まらないと思ってさ」

「まどろっこしいヤローだな。さっさと要点を言いやがれ!」

真紀子は地面の上に倒れつつも、口は元気であったらしく、必死な声で美憂を煽っていた。

「なぁに、大した事じゃあないさ。自分なりの判決をお前さんに下そうと思ってね」

「自分なりの判決だぁ?お前頭イカれたのか?」

「元々イカれているお前に言われても痛くも痒くもないな。まぁいいや、判決を言い渡す。お前は『死刑』だ」

美憂がレイピアを真上から振り下ろそうとした時だ。真紀子は足を払って美憂のバランスを崩したのであった。それから美憂の空いてしまった腹を殴打してその場を逃れていくのであった。
そうはさせんと恭介や秀明が武器を構えて追い掛けようとしたのだが、真紀子はまた武器を拳銃から機関銃へと持ち替えて、二人に向かって銃撃を喰らわせてその場を去っていったのである。
この時の荒っぽい真紀子はしばらくも招集のたびに自分たちに向かって当たり散らしていったのである。

その後も一ヶ月間、ゲームが続くたびに他の仲間たちはともかく、恭介は真紀子の暴れ具合に恐れをなしていた。目につくものを全て破壊するかの様な勢いで暴れ回るのだからたまったものではないに違いない。
余程上納金の事が悔しかったのだろう。だが、半月の日程が経つと上納金を納めるのにも慣れてきたのか、以前と同じ調子とまではいかなくても、その事が伝えられてから以前よりもマシな状況になったのであった。
真紀子は今日のゲームでも美憂を追い詰めて、上機嫌であった。

「姫川ぁ~腕が落ちたんじゃあねぇのか?随分と弱っちろくなったじゃあねぇか」

「余計なお世話だ。貴様には何を言われる筋合いもない」

「ひょっとして寒さのせいか?お前が夏型の人間だったとは知らなかったぜ」

「抜かすな」

美憂がいつも通りに負け惜しみの軽口を吐いた時だ。真紀子はその首に両手を伸ばし、全身の両手に体重を掛けて美憂を絞めていく。

「……ぐっ」

「少し前にテメェはあたしの命日などと抜かしやがったよな?それは少しばかり時間をずらして実現したな。ただし、それはあたしの命日じゃあなくてテメェの命日だけどなぁ!」

「……ぐっぐっ」

「ほら、どうした?どうした?こうしているうちに息が苦しくなってくるぞ!」

「やめろォォォォォ~!!!」

恭介は絶叫した。だが、真紀子は止める気配を見せない。恭介はここぞとばかりに剣を放り投げたのである。
真紀子はそれを難なく回避したが、そのために手を離した時間は美憂に新鮮な空気を与えて、再起を促すには十分すぎる時間であった。美憂は両足を用いて真紀子を蹴り飛ばし、その場を脱したのである。
お互いに武器を構え直し、勝負を仕切り直そうとした時だ。

「へぇ~これがサタンの息子の集会場かぁ、中々戦いに向いた場所じゃん」

それを聞いた真紀子の動きが止まった。いや、それどころか機関銃を落としてしまっているではないか。いつもゲームとならば狂人の様に暴れ回る彼女らしかねない振る舞いであった。
一同がその異常性に恐怖し、突然現れた少女を見つめた。
少女はその場に居合わせたサタンの息子たちに向かって丁寧に頭を下げると、自らの名前を名乗った。

「初めましての人もいるから紹介しておきますね。私の名前は天堂希空。この国の実質的な王女です」

その言葉を聞いてその場に居合わせた全員が表情を凍り付かせた。
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