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第二部『箱舟』

貝塚友紀の場合ーその⑨

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「ハハッ、という事はその人とはかつては婚約者にあったというわけだな?」

主賓席に座るウォルターの言葉に友紀は黙って首を縦に動かす。友紀はいいや、連れ去られた五人は正装に身を包んでウォルターの開く夕食会に参加していた。
夕食会の会場は新たに設けられたウォルターの邸宅であった。元々は集会場として使われていた建物を屋敷へと改造したものであり、夕食の席がやけに広く感じられた。
夕食の席の上には同然だった昼間の美憂のリクエストは聞き入れられなかったのだが、代わりに豪華な洋食が順番に並べられていったのである。俗に言うフルコース料理である。中身もフレンチ風の料理であり、ウォルターの好みが窺えた。
料理や飲み物の補給は給仕係として控えている信者たちが行うのである。
加えて、ウォルターの趣味がわかるのが例の正装である。

友紀も例外ではなく、かつての婚約者の現在の婚約者を名乗る女性から渡された黒色のサテンドレスに身を包んでいた。
1950年代風のゆったりとした大人のドレスで、見る人が見れば気にいるデザインである。一方で美憂は友紀とは対照的に白色のフォーマルガウンドレスに身を包んでおり、中々に絵になっていた。
秀明と恭介も黒色のディナージャケットを羽織って正装していた。
ただ、秀明はネクタイが窮屈なのか、わざと胸元を開けている。
そんな様子を見咎めたウォルターは秀明を注意したのだが、秀明は忠告を受けれるばかりか、かえって反発を強めるばかりであった。
ウォルターはワインの入ったグラスを揺らし、怒りを露わにしていたのだが、すぐに小さな咳を出して、気分を落ち着けたかと思うと、厳かな声を出して五人に向かって告げた。

「私が諸君らをここに呼んだ目的はたった一つである。諸君らに我が箱舟会への入信と私への協力を要請したかったのだ」

「ふざけんなよ。なんでオレたちがそんな事をしなくちゃいけねーんだよ。クソジジイ」

秀明は席の上から立ち上がり、料理の載る机を強く叩きながら言った。
その目は相手を射殺さんばかりに冷たかったのだが、老人は動じようとせずにうっすらとした不気味な笑みを浮かべるばかりである。

「歳上にそんな乱暴な口を吐くとは礼儀を重んじる日本人らしくない発言だな」

「うるせぇ!いいからオレたちをーー」

「いいだろう」

秀明の言葉を肯定の言葉で遮ったのは友紀であった。彼女は改めてウォルターに視線を向けると、厳かな声で言った。

「貴様の信徒になり、貴様の操り人形となってやろう」

「お、お前正気か!?」

秀明は席から立ち上がって抗議したが、友紀は気にする事なく話を続けていく。

「命令をするのならば好きなだけすればいい。元々私はこのゲームには乗り気な方だ。お前の下に付くことで敵を減らせるのならありがたいことこの上ないぞ」

「ほぅ、意外だ。ならば話が早い早速ーー」

「ただし条件が四つほどある」

友紀はウォルターがその手を差し伸べるよりも前に話を遮って指を四本立てて、自身が入信するための条件を述べていく。

「ここにいる私たち以外のサタンの息子を解放すること、今日私たちの部屋に果物を運んできた男を私の婚約者にすること、教団では家族を作る事が推進していたよな?ならば私も信者としてそれを享受する事は当然の権利といえるだろう?」

「それは理解しているから、さっさと次の条件を述べなさい」

「三つ目は秘密だ。ウォルター。キミの秘密をこの場にいる全員に話してもらおうか?」

「秘密だと?」

ウォルターの眉が上がった。

「その通りだ。どうしてキミはサタンの息子の招集を告げる音を無視できるんだ?ゲームの参加者なら誰でも参加しなくてはならないはずなのだが」

「それはだねーー」

(それはぼくの方から説明しようか)

ここでその場に居合わせた全員の脳裏に謎の少女の声が聞こえてきた。全員が動揺する中で、唯一恭介が席の上から立ち上がって虚空に向かって叫んだのである。

「ルシファー!どういう事だ!?」

(キミにも伝えていなかったね。恭介……このゲームにも例外はあるんだよ。サタンの息子の招集から免れる力を持った強力な悪魔はそれから逃げられる権利があるんだ。そうでしょ?)

ルシファーは全員に聞こえる声で契約者のウォルターに向かって問い掛けた。
ウォルターはその問い掛けに対して首肯してみせたのであった。

「だが、ここで気になるのは最上のベリアルの件についてだ……ベリアルというのはあたしでも知ってる有名な悪魔だぞ、それなのに毎回ご丁寧に招集されているじゃあないか?あれについてはどう説明するんだ?」

(あぁ、その件に関しては簡単だ。契約者の真紀子が戦闘好きな事もあるけど、彼自身が出たがりだからね。少しでも暴れたいというのが本音なんだろうね)

「ちょっと待て、ルシファー!どうしてそんな大事な事を今まで黙ってやがった!?」

(聞かれなかった事がなかったからね)

ルシファーの言葉は正論であった。実際これまで恭介はウォルターの事が気になってもルシファーに聞いたりはしあなかった。恭介が白い血管が見えるほどに力を込めて拳を握っていると、ここぞとばかりに友紀が立ち上がってウォルターに何やら耳打ちしていく。
ウォルターはそれを聞いて何やら難しそうな顔をした後で、うんうんと唸りながら首を縦に動かす。

「わかった。手配しよう。少し難しいがな」

「ありがたい。ではここであなたに……いいや、コクスンに忠誠を誓おう」

友紀はドレス姿のままウォルターの手を取り、手の上の甲の箇所に口付けを落とした。

「……今この瞬間より私はあなたの忠実な僕です。どうぞ私をお好きにお使いくださいませ」

ウォルターがそれを満足気な表情で聞いていると、不意に青い顔をした信者が部屋の中へと飛び込んできたのである。
「どうした?」

「た、大変です!け、警察が暴力団との取り引きを名目に強制捜査に乗り出してーー」

「強制捜査だと!?」

ウォルターは思わず椅子から立ち上がってしまう。
ウォルターが屋敷の外へと出て行くと、そこには大量の捜査官が武器を構えて立っていた。
「な、何の用でしょうか?こんな深夜に」
信者の一人が代表してその場の警察官の一人に尋ねたのだが、警察官はそれに対して威圧と暴言をもって答えたのである。

「やかましいこの野郎ッ!テメェらが教団を隠れ蓑にヤクを捌いてるって事は既に判明してるんだッ!さっさとそこをどきやがれ!」

「れ、令状は!?」

「そんなもん後回しだッ!暴対はテメェらの様なクズどもを摘発するためにいるんだからなッ!」

「そ、そんなあんまりだッ!」

信者の一人が懇願したが、牙塚は敢えてそれを無視して施設内に侵入しようとしたのである。
あまりの横暴に耐えきれずに信者の一人が牙塚へと飛び掛かると、牙塚はそれを弾き飛ばし、背後に控える仲間たちに向かって大きな声で問い掛けた。

「お前ら、これは暴行罪だよな!?オレは小突かれたぞッ!」

「よし捜査だッ!カルト教団どもめッ!今の息の根を止めてやるぞッ!」

牙塚は尚も引き止めようとする信者たちを強引に突き飛ばすと、自身の仲間たちと共に教団の施設の中へと侵入していくのであった。
彼は敢えて荒っぽい捜査や乱暴な家宅捜査を行う事で、信者たちが怒りに燃えるのを待ったのである。
案の定信者の一人が暴走して教団の施設内に置いていた散弾銃の引き金を引いたのである。
これによって捜査官が二人ばかり吹き飛ばされてしまう事になった。
だが、その報復として彼は牙塚のハンディショットガンに吹き飛ばされてしまったのである。
牙塚は男の体が粉々になって各地に散らばっていくのを見て、口元にいやらしい笑みを浮かべる。

「銃刀法違反の現行犯だッ!一人残らず引っ捕らえろッ!」

その言葉に武装した警察官たちがいきり立ったのであった。
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