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第二部『箱舟』
貝塚友紀の場合ーその⑥
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「……残念だが、タロットカードが示したのは不幸な占いばかりだ……せめてもの忠告だ。キミは今すぐにでもその人と付き合うのをやめたまえ。ロクな目に遭わないだろうからね」
「な、なんでそんな事をいうんですか!折角うまくいっているというのにッ!」
「……その部長との関係やそれ以外の因果が巡り回って、キミにとって不運を呼ぶんだよ。今キミが引いたのは逆位置の愚者だ。それの意味が示すのはあれもこれもと手を出すうちに中途半端になってしまうという意味なんだ。その中途半端な結果がキミにとって不運を呼ぶんだよ」
「……ッ!もういいです!評判の良い占い師だとお伺いしてわざわざ探しましたけど、それはでまかせの様ですね!占ってもらって損した!」
「なら、最後に忠告だ。その部長から貰った金で株や投資なんて愚かな真似を行うのはやめた方が得策だぞ。ほんの一回の成功に味を占めて、依存してやめられなくなってしまうんだ。部長との関係も絶った方がいい。略奪愛というのは当人同士からすればロマンチックだが、奪われる方はたまったものではないからな」
友紀は両目を刀の様に鋭く尖らせて占いの相手を睨む。
冷たく突き刺さる視線に怯えて、彼女は慌ててその場から去っていく。
友紀は大きな溜息を吐いて、机の上に残ったタロットカードを集めていく。
また正直に言って客を失ってしまったらしい。思った事をハッキリと言ってしまうのは自分の悪い癖である。
友紀が頬杖を突き、溜息を吐いていると、目の前にいつかの少女が現れた。
「どうした?随分と塞ぎ込んでいる様だが」
「あぁ、またお客さんを怒らせてしまってね。自分のバカ正直が憎らしいよ」
気を沈ませる友紀に向かって少女の横に立っていた青年が言う。
「じゃあさぁ、思っていた事も心の内にしまっておけばいいんじゃあないのか?」
「それができれば苦労せんよ。占い師として見通した事については客に言うべき義務があるからな」
「……そんな義務は聞いた事がないがな」
少女はいつもの淡々とした調子で告げた。
「私の師匠の教えだ。私の師匠も占い師としての技能に優れていてね。先を見通す力があったんだ」
「へぇ~占い師って事はおれの事もわかるのか?なら占ってみてくれよ」
「よせ、神通、お前今日そんなに金ないだろ?」
少女の一言に神通と呼ばれた青年は残念そうな表情を浮かべて両肩を落とす。
「……占ってもいいが、生憎と無料というわけにもいかんぞ。おまけに私の占いは当たるから、そう安い値段で占うわけにもいかないぞ」
「幾ら?」
恭介は友紀から金額を聞くと、慌てて学生鞄から財布を取り出すが、財布を開くのと同時に彼が落胆する様子が見えた。
「どうやらお前を占うのは無理らしいな。で、だ。姫川……わざわざ私のところへ来た理由はなんだ?」
「最上真紀子と箱舟会との間で一悶着があった。ことの起こりは二週間前の事だった」
姫川美憂の話によれば真紀子の率いる組織と教団との間で極秘の取り引きが行われたのだが、なんらかの理由で取り引きが不成立となり、現在真紀子の組織と教団との睨み合いが続いているのだという。
「どこでそんな情報を仕入れたんだ?」
「本人が休日にあたしを呼び出して、愚痴がてらに話してた」
美憂からすれば今では敵対する暴力団も殆どなくなり、暗黒街の大物として君臨する真紀子を無視すれば、今後の商売に影響が出る事となる。故に最近は突っぱねるわけにもいかなくなったのだ。
「それに奴の愚痴聞きに付き合えば、高価な食事を奢ってもらえるしな。役得とはまさにこの事だ」
「ちゃっかりしてるな」
恭介から呆れた様な感心した様な突っ込みが聞こえた。
「で、だ。それを聞いて私たちにどんな影響が出るんだ?むしろ、その抗争で真紀子が死んでもらえれば私からすればサタンの息子が一人減って役得だがな」
「問題はここからだ。ただでさえ教団があたしたちを敵視して狙っているというのに個人的な因縁まで加わればもっと高度な手段であたしたちを襲う様になる。例えばあたしたちの場合だと学校だな……いきなり箱舟会の息のかかった狂人が銃を乱射しないとも限らない」
「……私のところにいきなり包丁を持った人が斬りつけてくる可能性もあるという事だな……危ない。用心せねば」
二人が用心した会話を交わしていたところだ。その場に居合わせた全員が耳に金属と金属とがぶつかり合うサタンの息子を招集する音が響いていく。
悪魔の力を用いて郊外に存在する廃工場へと足を運ぶと、そこでは既に秀明、真紀子、志恩の三名が激闘を繰り広げていた。
「クソッタレ!いい加減にくたばりやがれッ!このバカ兄貴がッ!」
真紀子は機関銃を乱射しながら叫ぶ。
「生憎と、こんなところで死んでやるわけにはいかないんでなッ!テメェの方こそ先に死にやがれッ!」
秀明は真紀子の乱射を回避し、真紀子の懐へと潜り込んだ。
真紀子は秀明のサーベルを寸前のところで交わし、そのまま秀明の胸元に強烈な蹴りを食らわせていく。
そのまま追加の攻撃を浴びせようとした時だ。二人の前に志恩が割り込む。
「やめてよ!こんな戦い意味ないよ!」
「うるせぇ!どいてろ!」
真紀子は志恩の足元に向かって発砲したが、志恩はそれを飛んで交わし、自身に発動した能力に頼る事なく槍を振り払って真紀子の脇腹に打ち付けた。
真紀子は思わず悶絶したが、秀明とは異なり、足を踏み留めた事によって地面の上に無惨な状況で転がる事もなかったのである。
そして、そのまま志恩に反撃を行なっていく。真紀子の予定としては志恩をこのままダウンさせる予定であったのだが、今日の志恩はいつにも増してしぶとかったのだ。加えて、そのタイミングで三人が割り込んできたのだからたまったものではない。
友紀は元より主戦派である。真紀子が攻撃を避けたのを皮切りに彼女への攻撃に見切りをつけ、志恩の方へと向かっていったので、真紀子は事なき事を得た。
後は志恩が友紀の手に掛かって死ぬ前に友紀を抹殺すればいいだけの話である。
真紀子は襲い掛かってくる二人のサタンの息子のうち姫川美憂の方に狙いを定めると、そのまま銃の先端を握り、ホームランを狙うバッターの心境で美憂の腹に向かって思いっきり振りかぶったのである。直撃したのが飛び掛かっている最中であったというのも大きかったのだろう。美憂は衝撃のために平衡感覚を失って地面の上に失速してしまう。そしてそのまま地面の上に倒れたのであった。
「ちくしょうッ!最上ッ!」
「ハッ、吠えるじゃあねぇか、姫川の犬の分際でよッ!」
真紀子は恭介の剣を背後に下がる事によって回避し、そのまま恭介の脇腹に向かって銃口を突き付けたのである。
「あばよ、これでテメェも蜂の巣だぜ」
「させるかッ!」
と、ここで倒れていたはずの秀明がサーベルを構えて真紀子の元へと迫っていく。
真紀子はそれをあっさりと回避した。兜こそ被っているものの、その顔は確実に秀明を嘲笑っていた。彼女の心境としてはサーベルを赤いマントを持って牛の突進を交わす闘牛士の要領であったに違いない。
真紀子は空振りの隙を狙って秀明の兜を思いっきり蹴り付け、そのまま倒れようとする秀明の体に向かって銃口を突き付けたのである。
恭介は危機を感じて真紀子へと飛び掛かり、彼女を転倒させる事に成功する。
「く、クソッタレ……やりやがったなッ!」
「これでお前との間に続いた因縁を片付けられるかと思うとスッキリするぜ」
秀明が兜の下で勝ち誇った笑みを浮かべていた時だ。真紀子が咄嗟に叫んだ。
「はっ、志恩は!?」
その一言は秀明から理性を奪うのには十分であった。秀明が慌てて志恩を探すと、奥の方で貝塚友紀の片刃剣と切り結ぶ志恩の姿が見えた。
防戦一方というわけではないが、やはり不安になる。全ては秀明の気が志恩へと移った瞬間の事であった。
真紀子が逆に恭介の首元を掴んでひっくり返したのだ。そして、そのまま彼の腹に強烈な蹴りを喰らわせて、その場から脱出したのである。
「……野郎、ハメやがったな」
秀明はサーベルを強い力で震わせながら兜越しに真紀子を睨む。
「嵌めた?あたしが弟を心配したのは本当の事だぜ。それはあんたが一番よく知ってるんじゃねーの?」
真紀子は皮肉めいた調子で語り、兜の下で嘲る様な笑みを浮かべていた。
ここから一気に攻勢を畳み掛けようとする友紀の思惑も知らずに……。
「な、なんでそんな事をいうんですか!折角うまくいっているというのにッ!」
「……その部長との関係やそれ以外の因果が巡り回って、キミにとって不運を呼ぶんだよ。今キミが引いたのは逆位置の愚者だ。それの意味が示すのはあれもこれもと手を出すうちに中途半端になってしまうという意味なんだ。その中途半端な結果がキミにとって不運を呼ぶんだよ」
「……ッ!もういいです!評判の良い占い師だとお伺いしてわざわざ探しましたけど、それはでまかせの様ですね!占ってもらって損した!」
「なら、最後に忠告だ。その部長から貰った金で株や投資なんて愚かな真似を行うのはやめた方が得策だぞ。ほんの一回の成功に味を占めて、依存してやめられなくなってしまうんだ。部長との関係も絶った方がいい。略奪愛というのは当人同士からすればロマンチックだが、奪われる方はたまったものではないからな」
友紀は両目を刀の様に鋭く尖らせて占いの相手を睨む。
冷たく突き刺さる視線に怯えて、彼女は慌ててその場から去っていく。
友紀は大きな溜息を吐いて、机の上に残ったタロットカードを集めていく。
また正直に言って客を失ってしまったらしい。思った事をハッキリと言ってしまうのは自分の悪い癖である。
友紀が頬杖を突き、溜息を吐いていると、目の前にいつかの少女が現れた。
「どうした?随分と塞ぎ込んでいる様だが」
「あぁ、またお客さんを怒らせてしまってね。自分のバカ正直が憎らしいよ」
気を沈ませる友紀に向かって少女の横に立っていた青年が言う。
「じゃあさぁ、思っていた事も心の内にしまっておけばいいんじゃあないのか?」
「それができれば苦労せんよ。占い師として見通した事については客に言うべき義務があるからな」
「……そんな義務は聞いた事がないがな」
少女はいつもの淡々とした調子で告げた。
「私の師匠の教えだ。私の師匠も占い師としての技能に優れていてね。先を見通す力があったんだ」
「へぇ~占い師って事はおれの事もわかるのか?なら占ってみてくれよ」
「よせ、神通、お前今日そんなに金ないだろ?」
少女の一言に神通と呼ばれた青年は残念そうな表情を浮かべて両肩を落とす。
「……占ってもいいが、生憎と無料というわけにもいかんぞ。おまけに私の占いは当たるから、そう安い値段で占うわけにもいかないぞ」
「幾ら?」
恭介は友紀から金額を聞くと、慌てて学生鞄から財布を取り出すが、財布を開くのと同時に彼が落胆する様子が見えた。
「どうやらお前を占うのは無理らしいな。で、だ。姫川……わざわざ私のところへ来た理由はなんだ?」
「最上真紀子と箱舟会との間で一悶着があった。ことの起こりは二週間前の事だった」
姫川美憂の話によれば真紀子の率いる組織と教団との間で極秘の取り引きが行われたのだが、なんらかの理由で取り引きが不成立となり、現在真紀子の組織と教団との睨み合いが続いているのだという。
「どこでそんな情報を仕入れたんだ?」
「本人が休日にあたしを呼び出して、愚痴がてらに話してた」
美憂からすれば今では敵対する暴力団も殆どなくなり、暗黒街の大物として君臨する真紀子を無視すれば、今後の商売に影響が出る事となる。故に最近は突っぱねるわけにもいかなくなったのだ。
「それに奴の愚痴聞きに付き合えば、高価な食事を奢ってもらえるしな。役得とはまさにこの事だ」
「ちゃっかりしてるな」
恭介から呆れた様な感心した様な突っ込みが聞こえた。
「で、だ。それを聞いて私たちにどんな影響が出るんだ?むしろ、その抗争で真紀子が死んでもらえれば私からすればサタンの息子が一人減って役得だがな」
「問題はここからだ。ただでさえ教団があたしたちを敵視して狙っているというのに個人的な因縁まで加わればもっと高度な手段であたしたちを襲う様になる。例えばあたしたちの場合だと学校だな……いきなり箱舟会の息のかかった狂人が銃を乱射しないとも限らない」
「……私のところにいきなり包丁を持った人が斬りつけてくる可能性もあるという事だな……危ない。用心せねば」
二人が用心した会話を交わしていたところだ。その場に居合わせた全員が耳に金属と金属とがぶつかり合うサタンの息子を招集する音が響いていく。
悪魔の力を用いて郊外に存在する廃工場へと足を運ぶと、そこでは既に秀明、真紀子、志恩の三名が激闘を繰り広げていた。
「クソッタレ!いい加減にくたばりやがれッ!このバカ兄貴がッ!」
真紀子は機関銃を乱射しながら叫ぶ。
「生憎と、こんなところで死んでやるわけにはいかないんでなッ!テメェの方こそ先に死にやがれッ!」
秀明は真紀子の乱射を回避し、真紀子の懐へと潜り込んだ。
真紀子は秀明のサーベルを寸前のところで交わし、そのまま秀明の胸元に強烈な蹴りを食らわせていく。
そのまま追加の攻撃を浴びせようとした時だ。二人の前に志恩が割り込む。
「やめてよ!こんな戦い意味ないよ!」
「うるせぇ!どいてろ!」
真紀子は志恩の足元に向かって発砲したが、志恩はそれを飛んで交わし、自身に発動した能力に頼る事なく槍を振り払って真紀子の脇腹に打ち付けた。
真紀子は思わず悶絶したが、秀明とは異なり、足を踏み留めた事によって地面の上に無惨な状況で転がる事もなかったのである。
そして、そのまま志恩に反撃を行なっていく。真紀子の予定としては志恩をこのままダウンさせる予定であったのだが、今日の志恩はいつにも増してしぶとかったのだ。加えて、そのタイミングで三人が割り込んできたのだからたまったものではない。
友紀は元より主戦派である。真紀子が攻撃を避けたのを皮切りに彼女への攻撃に見切りをつけ、志恩の方へと向かっていったので、真紀子は事なき事を得た。
後は志恩が友紀の手に掛かって死ぬ前に友紀を抹殺すればいいだけの話である。
真紀子は襲い掛かってくる二人のサタンの息子のうち姫川美憂の方に狙いを定めると、そのまま銃の先端を握り、ホームランを狙うバッターの心境で美憂の腹に向かって思いっきり振りかぶったのである。直撃したのが飛び掛かっている最中であったというのも大きかったのだろう。美憂は衝撃のために平衡感覚を失って地面の上に失速してしまう。そしてそのまま地面の上に倒れたのであった。
「ちくしょうッ!最上ッ!」
「ハッ、吠えるじゃあねぇか、姫川の犬の分際でよッ!」
真紀子は恭介の剣を背後に下がる事によって回避し、そのまま恭介の脇腹に向かって銃口を突き付けたのである。
「あばよ、これでテメェも蜂の巣だぜ」
「させるかッ!」
と、ここで倒れていたはずの秀明がサーベルを構えて真紀子の元へと迫っていく。
真紀子はそれをあっさりと回避した。兜こそ被っているものの、その顔は確実に秀明を嘲笑っていた。彼女の心境としてはサーベルを赤いマントを持って牛の突進を交わす闘牛士の要領であったに違いない。
真紀子は空振りの隙を狙って秀明の兜を思いっきり蹴り付け、そのまま倒れようとする秀明の体に向かって銃口を突き付けたのである。
恭介は危機を感じて真紀子へと飛び掛かり、彼女を転倒させる事に成功する。
「く、クソッタレ……やりやがったなッ!」
「これでお前との間に続いた因縁を片付けられるかと思うとスッキリするぜ」
秀明が兜の下で勝ち誇った笑みを浮かべていた時だ。真紀子が咄嗟に叫んだ。
「はっ、志恩は!?」
その一言は秀明から理性を奪うのには十分であった。秀明が慌てて志恩を探すと、奥の方で貝塚友紀の片刃剣と切り結ぶ志恩の姿が見えた。
防戦一方というわけではないが、やはり不安になる。全ては秀明の気が志恩へと移った瞬間の事であった。
真紀子が逆に恭介の首元を掴んでひっくり返したのだ。そして、そのまま彼の腹に強烈な蹴りを喰らわせて、その場から脱出したのである。
「……野郎、ハメやがったな」
秀明はサーベルを強い力で震わせながら兜越しに真紀子を睨む。
「嵌めた?あたしが弟を心配したのは本当の事だぜ。それはあんたが一番よく知ってるんじゃねーの?」
真紀子は皮肉めいた調子で語り、兜の下で嘲る様な笑みを浮かべていた。
ここから一気に攻勢を畳み掛けようとする友紀の思惑も知らずに……。
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