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breakthrough

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 ナツが「勉強が得意なんだね」と言ったから、蒼は勉強を頑張った。
 翠は「スポーツが得意なんだね」と、ナツに言われたから、スポーツを頑張った。

 それは――ナツのふとした褒め言葉。

 一卵性で殆ど能力が同じなはずの二人が、正反対のようになっていったのは、ナツの何気ない言葉があったからだ。
 もしタイミングが違えば、蒼がスポーツ万能になり、翠が勉強が得意になっただろう。そんなことナツは知らないだろうし、知らなくてもいいことだ。
 お互いがお互いにナツに好かれようとして、彼女に笑顔を向けてほしくて、自然とそうなったのだから。

 それほど彼女は、二人にとって特別な幼なじみだった。

 大好きで、誰よりも何よりも……両親よりも大切だった。
 小さい頃はよかった。
 ナツを幼なじみという絆で、“二人で”共有できた。
 でも年頃になるとそれは難しくなる。

 彼氏、彼女――カップルと言う言葉が理解できて来ると、一対一の付き合いが普通であると、深層心理深に刷り込まれる。
 そして幼馴染以上にナツに触れたくなってきた事は、二人に葛藤を生んだ。

 選ばれた一人にしか許されない、行為。
 それをナツとしたい。

 蒼も翠もナツと付き合いたい、全てが欲しい――でもナツは一人しかいない。
 しかしナツは色恋沙汰に疎いのか、二人があからさまに「特別な女の子」だと態度で表しても、依然として幼なじみの関係が崩れなかった。
 それに二人とも、ほっとするとともに、焦りが募る。

 ――もし、お互い以外の、他の誰かを選んだとしたら。

 それで二人は協定を結んだ。
 ナツがどちらを選んでも恨みっこなしだと。
 しかし同時に恐れていた。
 ナツの影響で正反対になったような二人だったが、一卵性だからなのか。お互いに根っこにあるのは一緒だと自然に感じていた。
 どちらが選ばれても、同時に選ばれなかった方も“自分”だという喪失感が残る。
 それほど心の奥底では、二人は同一だった。
 常識という枠さえなければ、このまま二人でナツを共有したいというのが、二人それぞれの考えだった。
 そんなおぞましく、常識を逸脱した考えをお互いに口に出せるはずもなく、日々は過ぎて行き。
 どちらともなくこれ以上暗い考えに縛られるよりは……と、大学も推薦で決まり後は自由登校になった頃、ナツに同時に告白することを決めた。

 ――結果は、ナツを泣かせてしまっただけだった。

 ナツの態度はかなり動揺していたのか、おかしかった。
 そんなにも二人の気持ちに気付いてなかったと、表していたかのごとく。
 今までも、これからも、二人とも平等な幼なじみとしてしか付き合うことができないと言われた。
 二人はどう考えても、不自然なほどナツに付きまとい。実際周りの人間には、どちらかと付き合ってるのかと言われて、曖昧にごまかしたのは何度あっただろうか。……誰よりも傍に居たのに、それでもどちらかを選んではくれない彼女。
 二人とも断られると言うことは、根底が同一だと思っている二人にとっては完全な否定だ。
 どんな自分になっても、ナツは受け入れてくれることがない。

 ――一片の望みもない、完膚なきまでの否定。

 こちらの気持ちを知られたからには、これからは側にいれないと二人は思った。
 何も知らない無垢なナツに、強引に気持ちを押し付けつしまいそうで。
 平気でベッドさえもソファーがわりにつかうような彼女と一緒に居たら、確実に彼女の意志を無視して、求める熱は暴走してしまうほど、彼女を求める若い欲望は渦巻いていた。

 友達の顔なんて、もうすることなんてできない。
 ナツの前では、二人ともただのオスになる。

 それからの二人の日々は、無味乾燥のように流れていく。
 ナツとは家は近かったが、大学のある方向は別。
 使う駅も別。
 時間さえずれれば会う事はない。

 あれだけ一緒にいたのが嘘のようだった。
 二人がナツにまとわりつきさえしなければ、会えない、そんな程度の関係だと思い知らされる。

 寂しい、会いたい……でも、会わない。
 それは自分たちの為でもあり、何よりもナツの為だ。
 膨れ上がった欲望を止めるには、その対象に遭わない以外方法はない。


 蒼は前々から好意を自分に持っていたという同級生に、ナツとの事を知られていた。
 忘れる為でもいいから付き合ってと言われ、受け入れた。
 それなりにいい関係を築きあげたが、いざそういう関係になりかけると「違う」と……気付く。

 ナツしか抱けない、と。

 短い三か月の間の二人の関係は恋人ではなかった、ただの友達だ。
 そう気づくと、蒼の中では、これ以上続けられないものになった。
 別れ際に散々泣かれて、引き止められたが、非情にも心は全く動かない。
 ナツだけだ、ナツしか心が動かない。

 それから蒼は大学時代誰とも付き合えなかった。
 その経験が、女性を近づけず、勉学一辺倒に過ごした。


 反対に翠はナツの代わりを求めた。
 初めて女を抱いた時はこんなモノかと冷めた。
 それならナツを考えながら一人でするほうが、陶酔できた。

 でも体には相性もある、ただ合わなかっただけなのかもしれない……求めるようにこれも“違う”あれも“違う”と、付き合った、けれど。
 求めるような快楽は得られない。

 “彼女”といっても、ただセックスもする友達とかわらず。
 翠は付き合った女を、特別あつかいすることはなかった。
 そんな翠から、彼女はすぐに去っていき、また代わりを補充するの繰り返し。
 傍目には、翠は充実した大学生活を送っているように見えただろう。

 親からナツの噂を聞き、彼氏を作っていないという些細な希望に、二人は日々安堵していた。
 蒼と翠はお互い暗黙の了解のように、ナツに会わない日が続く。
 偶然ナツを見かける事があっても、声をかけられない。
 かけたらナツを追い詰める。
 選んでくれと強引に詰め寄ってしまう。
 いや、もしかしたら“選ばなくてもいい”と言ってしまうかもしれない。
 その気持ちが、ナツに接触する事にブレーキを掛ける。

 長年会わずにいたら、この気持ちも枯れるのだろうか。
 枯れるどころか、求めても求めても得られずに――蔓延る一方で。

 次こそ心の整理をつけようと、就職の内定が決まった後に、お互いのどちらともなく言い出して、またナツに会う事にした。
 家に誘い……過去に告白した男が、家で飲もうという状況にも変わらず、高校の頃と変わらない純真さで、ナツは疑いもせずに二人の部屋に入る。

 ――染まっていない。

 そして、そんな彼女を酔わせて引き出した言葉は衝撃的だった。

 ――二人とも好きな私っておかしいんだよね。

 その言葉を聞いたとき、二人の思考と理性は弾けた。
 今まで何度も心の底で、幾度となく呪うように思った疑問。
 何故お互いに離れて生まれてきたのだろうか、元は一つだったのに。
 そう――、一つ。
 
「そうか……」
 まるで悟ったようにつぶやいたのはどちらなのか。
 いや、もうどっちだって、構わなかった。



 ナツを手に入れるには――お互いに一つになる必要があったから。



 
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