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第五部

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 高温の血を浴びたイナリの叫び声で、わたしたちに人々が気が付いたらしい。メルフを魔物だと勘違いしたのだろう人々が、「警護団を呼べ」だとか「いや、冒険者だ」だとか声を荒げて、一気に騒がしくなる。

 メルフは、片方の翼が使えなくなったことで、地に落ちた。もう一度飛び上がることは出来なそうだ。
 しかし、たとえ空に戻れなくなっても、大きいだけで十分に手が出しにくい。それに、花に酔った上に戦いで興奮しているメルフの体温が、既に脅威だ。近付くことさえ、辛いだろう。

 ましてや、今、イナリが使っているのは短剣。リーチが短くて、戦いにくそうである。でも、他に武器はない。
 わたしが魔法を使ってメルフを攻撃することは出来ない。人が集まってきたから、というのもあるが、何より、相手は魔法の扱いに長けた精霊。下手に魔法を使って攻撃しようものなら、その魔法の魔力を吸収して回復するなり、力を増幅するなり出来るはず。平均的な魔法使いであるわたしにはどうしようもない。

 しかも、メルフ相手では、身体強化〈ストフォール〉を使って攻撃を仕掛けることも出来ない。そんなことをしたらわたしの体が墨になる。

 今、見守ることくらいしか出来ないのが、すごく、歯がゆい。

「――っ!」

 キン、とイナリの握っていた短剣が、メルフのくちばしによって弾かれる。そのまま、イナリの少し離れた場所へと、飛んでいく。

「かえろ、かえる」

 イナリは素早く剣を拾おうとしたが、メルフの動きがさらに早い。わたしを帰すことを阻止するイナリの首に、高温のくちばしで噛みつこうとしていた。

「――イナリ!」

 何が出来るわけでもないのに、わたしは思わず飛び出しそうになった。イナリを助けなきゃ、という一心で。

 ――でも、それは叶わない。

 ぐっと後ろから腕を引かれて、バランスを崩す。わたしの代わりに、シャシカさんが一歩、前に出た。
 そして、メルフの目に向かってナイフが飛んでいく。――シャシカさんの、細身の投げナイフだ。
 ナイフは見事にメルフの目に刺さる。「ぎゅい」と何とも言い難い悲鳴を上げて、メルフがよろめいた。その隙に、イナリが短剣を拾い上げる。

「――ああ、流石にこっちは駄目かね」

 シャシカさんの言葉の通り、メルフが首を振り、その衝撃で落ちた投げナイフは刃が黒く、くすんでいる。切れ味がなくなってしまったように見える。

「でも、数はある。援護出来るよ」

 どう言って、シャシカさんは何本もの投げナイフを取り出した。どこに閉まっていたのだ、と言いたくなるほど。
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