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第五部

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 人は精霊に勝てない。
 それはわたしたちの――特に魔法使いの間では、常識と言っても過言ではないほどの、当たり前の認識だった。

 それなのに――。

「――イナリ……?」

 イナリは、メルフを渡りあっていた。やや劣勢のようにも見えるけれど、それでも、高温の塊みたいなメルフ相手に、大きな怪我もなく戦っている。

「なんで……」

 わたしの呟きに答えたのはシャシカさんだった。

「言っただろう、イナリは強いんだって」

「あ――」

 そうか。わたしたちの時代に、脅威となるような生き物は、ほとんど居なかった。そりゃあ、クマやイノシシみたいな、狂暴な害獣は存在した。でも、それもあくまで動物という範囲内。

 でも、この時代には魔物がいる。

 魔物と戦ってきたイナリなら、精霊とも戦えるというのか。

「短剣、駄目にならないの?」

 炎と変わらないような温度のメルフ相手でも、短剣はぎらぎらと輝いている。

「駄目になるもんか。あれは特別な短剣。特定の砥石以外では傷一つ付かない、一級品なんだから」

 武器ですら、わたしのいた千年前とは違う。そんな刃物、かつてのシーバイズには存在しなかった。あの剣も、魔物によって作られたものなのかもしれない。

「まれえぜ、まれえぜ」

 わたしを呼ぶ、メルフの声。その声に悲痛さはなく、ただひたすら、不思議そうにわたしの名を呼ぶ。
 精霊に、死の概念はない。たとえ、人間から見て死んだように見えても、それはただ『眠って』いるだけ。一時的にバラバラになって、また誰かに呼ばれれば元に戻る。ずっと呼ばれなくても、他の呼ばれなかった精霊のかけらと交じり合い、しろまるのように新たな精霊となって、誕生する。
 だから、死の恐怖がない。故に、こんなことになっても、ただ、帰りたくないというわたしに対して、疑問を抱くだけだ。

「――っ、はぁ!」

 イナリの突きが、メルフの、翼の根元に深く刺さる。
 これでメルフの動きも鈍くなるか、運が良ければ諦めてくれるか、と思ったその瞬間だった。

「あ、ああああっ!」

「イナリ!」

 剣を引き抜こうとしたイナリに、びしゃ、と勢いよくメルフの血らしき体液がかかる。剣が刺さっていたその場所から吹き出る液は、おそらく、メルフの体温に合わせて、非常に高温なはず。

 ――そんなものが、顔に、体に、かかってしまったら。

「イナリ、イナリ!」

 顔を押さえてよろめくイナリに、わたしは思わずかけよりたくなる。

「こないで! ……危ないから、こないで」

 イナリは叫ぶ、そして、顔を上げ、体勢を立て直す。

「絶対、負けないから」

 こんなにも、ボロボロなのに。イナリの声は、しっかりしていて、安心感があった。
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