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第三部

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 病室の方では、騒ぎはなんとなく聞こえているものの、状況は伝わっていないような様子だった。なんだか騒がしいな、と思っている人が何人かいる、というくらいだろうか。
 こっちの方はまだパニックになっていないようで一安心である。まあ、あの『何か』の話が伝わるのは時間の問題だと思うが。

 ベッドに横たわっている人が少なく、同時に付添人も、医者や看護師も少ないので、ベッドが増設されて通路が狭くなってはいるのもも、すぐにイエリオのベッドの傍へとたどり着ける。

「……何か、あった?」

 イナリさんがわたしに問う。
 わたしが炊き出しの行われているホールに行ってから、そう時間が経っていないのに慌ててわたしが戻ってきたのだ。加えて、妙に騒がしい声が外から聞こえるのであれば、気になって当然だろう。

「ええ、まあ、ちょっと……」

 はっきり言ってしまっていいのか分からなくてわたしは言葉を濁す。今言ったら、ここの人たちもホールの人たちのようにパニックになってしまわないだろうか。
 ここでホールのような騒ぎが起こってしまったら、下手すれば命に関わる話だ。イエリオだって、ようやく治療を受けられて一安心できたところなのだ。

「少しまずいことになったとは思うんですが、ちょっと大声では言いにくくて……」

 わたしは辺りを見回し、比較的近くに誰もいないことを確認して、イナリさんに耳打ちをする。獣人は比較的五感に優れているようだけど、流石にこの会話は聞かれないだろう。

「城壁の壁が、何かに食べられてるみたいなんです……。多分、魔物だとは思うんですけど」

「……は?」

 食べられている、という表現が適切じゃなかったらしい。驚いた、というよりは信じられない、という様子でイナリさんが声をこぼし、こちらをじとりと見てきた。
 まあ、わたしだって実際にその光景を見ていなかったら、レンガ製の壁が食べられている、なんて話信じない。

「変な冗談言ってる場合?」

「い、いやでも、あの、食べてる食べてないは確実じゃないとしても、城壁が壊されてるのは事実なんですっ」

 証拠に病室の外が騒がしいじゃないですか、と言えば、イナリさんは少し納得したようだった。

「でも、この辺は強い魔物出ないでしょ。この支部には冒険者だって常駐してるし、そんな騒ぎになる?」

「それが、イエリオが運ばれてきた状況を見て、強い魔物がいるんじゃないかって騒ぎになってですね……」

 一度冷静さを欠けば、悪い方悪い方に物事を見てしまうのはよくあることだ。それをイナリさんも分かっているのか、それ以上反論はなかった。

「強い魔物って言ったって……。イエリオのこれだってどうせスパネットにやられたんじゃないの」

 今日、イエリオは普段みたいに白衣を着ていない。私服のシャツが麻か綿で出来ている、と言いたいのだろう。
 そう言えば、イナリさんと合流してからはすぐこの支部にたどり着けたし、道中と言うほどの長さではなかったけれど、その間、スパネットには遭遇していない。

「いえ、あの、スパネットはイエリオの服に反応してませんでした。なんか、大きい、熊みたいな魔物で……」

「クマ?」

 そうか、この時代には動物がいないから、熊って言っても伝わらないのか。熊の獣人はいるかもしれないけど、なんて言えば分かってもらえるだろうか……。

「ええと、大きくて、毛が生えてて……耳が丸っぽくて、爪が鋭くて……そんな感じの魔物です」

「大きくて爪が鋭い毛のある魔物なんていっぱいいるけど」

 そりゃあそうだ。動物なんて大体毛が生えてるし、魔物となって狂暴化したのなら爪だって鋭くなるものだろう。
さっきわたしが倒した奴が見えないかな、と一縷の望みをかけて、わたしは病室にある窓から外を覗き込んだ。

「あっ、イナリさん、丁度あんな感じの奴――っていうかあれですね、あれ。……あれ?」

 いや、アレ生きて動いてないか?
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