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第三部

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 ――数十分後。
 わたしもイエリオさんも体を拭き終え、寝る準備を終えたというのに、そう言えば、とイエリオさんは話を蒸し返した。わたしなんて、もう寝袋に入ってあとは寝るだけなのに。

「先ほど見つけたこれ、一体何なんでしょう?」

「いやもう寝ましょうよ……疲れましたし、明日にしてください」

 イエリオさんの話に付き合うのは、そこまで苦ではない、と思っているものの、流石に状況による。送電〈サンナール〉を一発派手にかましたくらいでは疲れないけれど、比較的強い魔物に何度も見舞われて気疲れしたし、あと荷台に乗って移動する、というのもなかなかに辛かったので、早く休みたいのだ。
 寝袋で寝るのも慣れていないし、睡眠の質が悪いのが予想される分、量を取っておきたい。

 イエリオさんだって似たようなものだろう、と思っていたのだが、全然そんなことはないらしい。目がらんらんと光っている。全く眠そうじゃない。

「しょうがないですねえ……細かい話は本当に明日にしてくださいよ。で、どれですか?」

 いつまでも横で話しかけられるより、ある程度納得させたほうが早く寝られる気がしてきた。
 わたしは仕方なしに寝袋から上半身だけを出して、イエリオさんの方に寝そべったまま近付く。

「これです!」

 差し出されたのは、一枚の板だった。いや、なんだこれ……。

「どこにあったんですか? これ」

「屋敷の中を散策するのは明日からですが、外周りだけなら今見ても問題ないかと思いまして、ちょっと眺めていたんですが、その時に」

 ということは、敷地内にあった、ということか。どこかの板が剥がれ落ちたにしては、元々綺麗に加工されていたように見えるし、厚みもある。というかそもそも、外壁が木造りではないので、ひょっこり落ちてきた、というのも考えにくい。
 ……うーん、これは……。

「多分ですけど、表札じゃないですか?」

「表札」

 拍子抜けと思うだろうか、と思ったが、そんな心配はいらなかった。イエリオさんの目の輝きは曇らない。本当になんでもいいんだな、この人……。守備範囲広すぎる。

「この辺、シーバイズ語の文字っぽいですし」

 表面の彫りのような、傷のようなあたりを指さす。
 千年前の物がこうして形を残しているだけで凄いとは思うけれど、まあ、屋敷全体に保護魔法みたいなものがかかっていたんだろう。あれだけ大規模で永続性のある、魔法を弾いて認識をずらすセキュリティを作れる人間なのだ。この屋敷全体に保護魔法をかけることくらい、造作もないはず。

「というわけで、謎は解明されたので寝ましょう」

「ええっ!」

 残念そうな声を上げるな。細かい話は明日って言ったでしょうが。わたしは眠いのですよ。

「明日またちゃんと見てあげますから。明日にしましょう、明日」

「……本当に、明日、見てくれますか?」

「疑り深いですねえ」

 そんなにも知的好奇心にあふれていると、そのうち好奇心で命を落とすんじゃないだろうか。ちょっと心配になってきたな……。
 そう思ったのだが、ちょっと違うらしい。

「また今度、と言われて、本当に今度が来たことがないもので。……確かに、しつこい私も悪いかもしれませんが」

 「また明日」「次の機会に」とはぐらかされてばかりいたようだ。まあ、確かにあの圧で迫られたら、そう逃げたくなるのも分かるが。

「ちゃんと見てあげますって。帰ったら布の改良もするんですから、そのくらいの約束破りませんよ」

 そう言うと、ようやくイエリオさんは引き下がってくれた。

「――っ! 分かりました、約束ですよ!」

 わたしはあくびをしながら寝袋に再び収まる。

 ……しかし、シーバイズ文字の表札、か。もうボロボロなので、名前を読み取ることは無理そうだが、あれは十中八九シーバイズ文字。端々に、その特徴があった。
 となると、この屋敷を建てた持ち主は、本当にシーバイズの人間だったのだろうか。

 そんなことを考えながら、わたしは眠りについた。
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