【完結】愛玩動物

匠野ワカ

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20_ティフォの愛

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 息を切らせて帰宅したティフォを出迎えたのは、鬼の形相で椅子に座るムームだった。



 ムームがなぜ怒っているのかよく分からないが、どうやら自分が叱られているようだと空気を読んで、ティフォは神妙にしておいた。
 それさえもムームにはお見通しだったようで、分かっていないのに分かったフリをするなとさらに怒られてしまった。



 ムームは憤慨しながらも、ホログラムにいくつか絵を描いて不満を訴える。

 ティフォはそれを見て、地球人は言葉が通じないからと、意思疎通を早々に諦めていた自分に気付き、恥じた。



 そもそも地球人がケプラー惑星群の難解な言語を理解できないのであれば、ティフォが地球の言葉を学べばよかったのだ。口の構造の違いから発話が難しかったとしても、文字であればきっと容易だろう。
 ムームが今しているように、図解にしてもよかった。
 工夫次第でいくらでも方法があるのに、それを思いつきもしなかったのは、どこかで地球人を愛玩動物として格下に思っていたのではあるまいか。

 そこにあるのは、私たちには地球の言葉を学ぶ必要はないが、地球人が努力をしてケプラー惑星群の言葉を理解すればいいという、無意識下にはびこる上位種としての傲慢さだ。


 そう密かに反省をしていたら、話を聞いていないとさらに怒られた。ティフォはひたすらに謝った。




 ムームの話を要約すると、出勤時に起こさなかったのがいけなかったようだ。

 ムームは疲れてよく寝ていたと、ティフォも簡単なイラストで反論を試みたのだが、描いたイラストの上から大きく強くバツを描かれた。

 どうやら理由があってもダメらしい。

 どれだけよく寝ていても、そばを離れるときは相手を起こす。これが二人の間で交わされた初めての約束となった。





 ベッドで起きても隣にムームがいない。そんな毎日を塞ぎ込みながら過ごしたティフォにとって、その寂しさは分かる。容易に想像ができる。
 しかし、あのムームが、起きて私がいないことに寂しさを感じたとは想像しがたい。

 想像しがたいが、自惚れてもいいのだろうか。
 ほんの少しでも寂しいと思ってくれたのだとすれば、ティフォはこれ以上ないくらい嬉しかった。


 思わずニコニコと笑ってしまい、説教中に笑うなとまた怒られた。
 そんなことを言われても、もう神妙な表情は作れない。いくら我慢しても、笑顔になってしまう。怒るムームを遮って、ホログラムに画像と簡単なイラストを描いてムームに好意を伝えた。


「赤い実、お酒、お風呂、ベッド、ムームの好きな物。これが好きのマーク。分かる? じゃあこれがムームで、これが私、ね。私は、ムームが、好き。大好き。分かるかい?」

 私からムームへ、好意を伝える好きのマークをたくさん飛ばす。ムームは微妙な顔をしながらも、鷹揚に頷いて理解を示した。


「ねぇ、ムーム。ムームも、私が、好き?」


 今度はムームから私へ、好意を伝えるマークを一つ飛ばして、ムームに聞いてみる。ムームは何も言わずにそっぽを向いたが、その耳は赤かった。
 かわいいかわいいムームのあまりのかわいさに、そのままムームを触手で絡め取って、ベッドに連れ込んだ。ムームの抵抗はなかった。


「ね、好き。ムーム、好きだよ。好き。ムームも、私を、好き? お願い、好きだと言って」


 直接的な刺激は与えずに、しつこくホログラムのイラストを示しながら、ティフォは愛の告白と優しい愛撫を繰り返す。
 自らの手で慰めようとするムームを触手でいなしながら、ティフォは好きを繰り返した。
 耐えきれなくなったムームが威嚇をしている。たぶん悪態をついているのだろう。
 うっかり出してしまわないように、細い触手で交接器官の穴に蓋をしてやった。

 ムームは堅く起立した交接器官を触手に擦りつけながら、射殺しそうなくらいの熱を持ったまなざしで、ティフォを睨みつけている。



『死ね! 化け物!』
「好きってこと? 今のが地球語で好きという意味?」
『ぐだぐだ、うるせぇ! 殺すぞっ! も、早くっ、いかせろよ』
「ねぇ、好き? 好きだともう一回、言って欲しい」
『死ねっ!』
「嬉しい」



 それからしばらくして、ようやく好きのマークを描いてくれるようになったムームは、涙目で震えていた。かわいい。


「嬉しい。好き。ムーム、大好き」


 排泄腔にようやく与えられた触手に、ムームは声もなく体をしならせて痙攣をしている。

 交接器官の蓋を取るのを忘れていたと細い触手を抜いてやれば、たらたらといつまでも白濁液をこぼしていた。


 ムームは何度も意識を飛ばしながら、好きを繰り返してくれた。
 その日、ホログラムの意思疎通を交えた愛の確認は、深夜まで続いた。








 裸のまま丸まって眠るムームを、触手で優しく撫でる。

 起こすには忍びないが、約束は約束だ。ティフォは心を鬼にして、出勤前にムームを起こした。
 ムームは不機嫌そうにしながらももそもそと起きて、シーツを抱きしめたまま出口までついてきた。

 もしかして、お見送りだろうか。それならば嬉しい。



「じゃ、行ってきます。ムームはもう一度、ゆっくりお休み」

 寝ぼけ眼でぼんやりとしたムームがかわいくて、触れるだけのキスでムームの唇を奪った。ムームに触手を蹴飛ばされる。


『早く帰ってこいよ。帰ってきたら、ヨシとダメとマテを、みっちり教育してやる』
「いい子で待っていてね。危ないことをしてはダメだよ」



 かみ合わない二人の会話は、それでも甘さを含む。

 ティフォが触手で優しくムームの頬を撫でれば、反対に引っ張られて、ムームから噛みつくようなキスを返された。
 仕事に行きたくないなぁと往生際が悪くごねてみたが、ムームに早く行けよとばかりに蹴飛ばされて諦める。

 保護施設も落ち着いてきたことだし、今度、休暇をもぎ取ってこようと決意して、ティフォは重い足取りで職場に向かった。ムームがかわいすぎてつらい。



 密月は穏やかに過ぎていく。
 共に暮らすための約束事は増え、ティフォは地球の文字をいくつか覚えていった。










 その日も、エリクレアス施設長から3Dホログラムの通話が入った。


 応答をして、短い挨拶もそこそこに本題に入る。今日は珍しくティフォから報告したいことがあったのだ。

「実は、地球人との会話方法についてまとめた資料ができあがったんです。共通データとして配布する前に、エリクレアス施設長にもチェックしていただけたらと思いまして」
「ティフォ君、きみ、まさか睡眠時間を削ってまで自宅で研究をしているんじゃないだろうね? 研究も大事だが、健康管理はもっと大事なことだよ」


 体調管理に関して、ティフォは本当に信頼を損なってしまったらしい。
 エリクレアス施設長はいまだに私の健康管理に深い疑念を抱いているようだった。

 それだけ心配をかけたのだと思えば強くも出られないが、これは研究などではない。誰にも言えないが、恋人ムームとのコミュニケーションの蓄積の結果なのだ。
 それを地球人の治療にも役立つだろうと善意で報告をしただけなのに、研究として論文にまとめて正式に発表するようにと笑顔で圧力をかけられてしまった。

 命令されるとハイと言ってしまうティフォの社畜根性は、なかなか改善されない。




「地球人の帰還についてなんですがね。ティフォ君が保護していた地球人が一番状態も落ち着いていて意思疎通ができることから、帰還第一号船に乗船する予定として動いています。ティフォ君も一緒に、協力してもらえませんか」


 エリクレアス施設長はそう尋ねながらも、決定事項を述べるように話す。
 きっとティフォには断れないように根回し済みなのだろう。



 ティフォの頭に、ムームの寝顔がよぎる。

 ムームには幸せでいて欲しい。誰よりも、幸せでいて欲しい。ムームの幸せのために、自分ができることは何だろう。









 ティフォはまず、ことのあらましをムームに説明するところから始めた。

 ムームに断りもなく、物事を決めないこと。何かあれば、二人で相談をして決めること。これがムームから強く要求されていた約束だったからだ。



 自分の仕事、地球人の現状、これからのこと。
 ときには難しい話になったが、簡単な地球語の羅列とホログラムの画像を駆使して、なんとか説明をしていった。

 ムームは時に的確な質問を加えながら、ティフォの話を巧みにリードしていく。始めはムームに配慮しながら話し始めた内容も、気がつけば何もかも洗いざらい喋らされていた。ムームの誘導が恐ろしい。

 ちらちらとムームを観察しても、やはりというかなんというか、ムームに動揺は見られなかった。


 ムームはホログラムに組み込まれている自動テキストデータから、常に最新のニュース画像を拾い集め自力で学習をしていたのだそうだ。断片的な情報を組み立て、ある程度ではあるが、すでにケプラー惑星群での地球人の惨状とその経緯を把握していたらしい。

 それどころか、地球人保護について祭り上げられていたときの自分が映るニュース画像を見せられて、ティフォは度肝を抜かれた。


 エリクレアス施設長との和やかな会談、地球人を守ったヒーロー、などと意味の分からない見出し文を読んで、頭を抱える。いつの間にこんな画像が流出していたんだ。ムームが文字を読めなくて本当によかった。


 情報に疎いティフォよりもよほどムームの方が世情に詳しいのではないかという疑惑はこの際置いておくとして、ティフォは動揺しつつも、エリクレアス施設長からの提案について自分の考えを述べていく。



「いろいろと考えたんだが、ムームにとっての一番は、地球に帰ることだと思うんだ。ここで閉じこもって生きていくより、その方が幸せだろう。この偉い人にお願いすれば、きっと帰還船に乗せてくれるから」


 ムームを触手の上にのせて、向かい合うように座って話した。

 地球の画像に、宇宙船とムームの絵を描き、帰れるのだと伝える。
 ムームの黒い目を覗き込めば、まっすぐに澄んでいた。


 少し考えたあと、ムームは同意するように何度か頷いて、了承してくれた。ティフォはホッと息をついた。


 大丈夫。これで、よかったのだ。ムームの幸せに自分が役に立ってよかった。意味が見いだせなくなっていたこの仕事も、結果としてムームの幸せに繋がるのならば、これ以上の誇らしいことはない。
 なによりも、ムームを手放すことが寂しいからと、隠さなくてよかった。どうせ隠しごとをしてもすぐにムームにはバレていただろう。自分から正直に伝えられてよかった。卑怯者にならなくてすんだ。ムームに嫌われなくてすんだ。約束を守れてよかった。



 泣き出しそうな気持ちに蓋をして、ティフォはムームに笑いかける。

 自分の気持ちを誤魔化すことなら、得意なはずだ。仕事の時のように、たとえ辛くても笑ってみせよう。ムームが気持ちよくサヨナラできるように、笑わ
なくては。



 自分の気持ちと格闘していたティフォは、ムームにぐっと引き寄せられて、バランスを崩す。
 そんなティフォを支えるのは、ムームの熱い手だ。

 自分もムームに触れたいと触手をうごめかしたが、それより早く、ムームは手のひらを見せて静止を意味するハンドサインを示した。

 これはムームから教えられた、〝動くな、待て〟のサインだ。



 ティフォは動き出そうとする触手を押さえこみ、じっと耐える。
 ムームは指示を守るティフォを褒めるように、顔、体、触手の付け根と、順番にゆっくりと撫でてくれた。




 ムームの温かい手が、触手の先までたどり着く。
 ティフォはそれをじっと見つめる。


 ムームはティフォの目を熱く見つめ返しながら、触手の先に触れるだけの優しいキスを一つ落とした。




 いつもみたいにやらしく咥えて欲しいと、ティフォの触手はムームに絡みつく。
 怒られるかなとムームを盗み見たが、呆れながらも優しい顔をしていた。
 試しにティフォがきつく抱きしめれば、ムームはたった二本の腕で抱きしめ返してくれる。


 ティフォは、ムームを抱え込みうごめく触手を見下ろした。

 ムームの背中に描かれた生き物によく似た、この触手の手足が恨めしい。
 ムームと同じ種族でないことが、無性に悲しくなる。



 あと何回、こうしてムームを抱きしめられるのだろう。
 いつかムームがいなくなったこの部屋で、はたして自分は息をしているのだろうか。
 正直、考えただけでもかなりキツかった。




 それでもムームが決めたことを尊重しようと、固く決意する。



 それがティフォの愛だ。精一杯の愛なのだ。







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