【完結】愛玩動物

匠野ワカ

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19_出勤

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 その日はベッドに移動してからも何度となく絡みつき、互いの熱を確かめ合った。

 先に落ちたのはムームだったのかティフォだったのか、気付けば朝だった。裸のまま抱きしめ合いながら、いつの間にか眠っていたらしい。




 ティフォは、触手の中でぐっすりと眠っているムームの体を見つめた。

 ムームの体のあちこちには、古い傷跡がいくつもあった。これはきっと、ムームが生きるために戦ってきた証なのだろう。

 ムームは強く立派なオスなのだ。

 きっと外でも暮らしていけるに違いないのに、自分があまりにも情けないから戻ってきてくれたのかもしれないと情けなく思った。そしてムームのつがいになりたいと夢を抱いた。儚い夢だ。

 強制することなく、同情でもない。ムームに選ばれた男として胸を張って隣に居られたならば、どれほど幸せだろう。






 ティフォは眠るムームを起こさないように手早く支度をして、仕事に向かった。


 帰宅したときにムームが部屋にいる保証は、どこにもない。
 離れたくない。閉じ込めておきたい。仕事の途中でも、今すぐ帰って飼育檻にでも入れてしまおうかと何度も思った。

 それでも、言葉の通じないムームに自分の気持ちを信じてもらうには、まず自分がムームの愛を信じるしかないのだ。きっと待っていてくれるはずだ。そう信じて、今日も新しく運び込まれた地球人の治療をこなしていく。





 あれから保護施設では、ティフォが記録した膨大な治療データから新しい保護プログラムが組まれ、実践段階へと移っていた。

 殺処分が全面禁止されたことにより、適切な治療を必要とする地球人は減ることなく増え続けている。しかし施設の許容数を大幅に上回った地球人については、他の惑星政府の協力で適切に分散されるようになったのだ。

 こうして保護施設は、機能を回復しつつあった。





 エリクレアス施設長はあの事件の以降、なぜか毎日のようにティフォに連絡をよこすようになっていた。
 エリクレアス施設長は、治療が終わった地球人を元の星に返すためにいかに奔走しているか、面白おかしくティフォに話すのだった。

 今日も定時の少し前に通話が入り、ティフォは3Dホログラムに浮かび上がったエリクレアス施設長と挨拶を交わす。


「おや、今日は何かいいことでもあったのかな」
「はは。私はいつもと同じつもりなんですが。助手のカヤからも、朝一番に同じことを聞かれましたよ」
「うん。いいね。安心したよ。そうそう、こちらからもいい知らせがあるんだ。昨日の話を覚えているかい」
「ええ、勿論。あなたさまの苦労話はちゃんと聞いておりますとも。私ごときが聞いてはいけないような機密事項だとは思いますが」
「そんなことはないさ。ティフォ君、正式発表はまだだが、地球人が星に帰れる日がついに決まりそうですよ」
「そう、ですか」


 星に帰るという言葉に、ティフォの胸はドキリとした。

 しかし、喜ばしいことであるはずだ。そのために膨大な時間をかけて数多くの地球人の治療にあたってきたのだから。



 ティフォは親しげに話しかけてきてくれるエリクレアス施設長に相槌を打ちながら、終業の時間を迎える。最後にエリクレアス施設長から残業をしないようにとしっかり釘をさされ、苦笑いしながら通話を終了した。
 いつもと変わらない一連のやり取りだった。


 ムームが戻ってきてくれたことで劇的に精神状態が落ち着いたティフォは、自分を客観的に見つめることができた。そして遅ればせながら、エリクレアス施設長の通話の意図に気付いてしまった。

 ティフォはいたたまれない気持ちで触手をもじもじさせながら、帰宅準備をする助手のカヤに声をかけた。





「あー、そのぉ、カヤ君。もしかしてなんですが、ここ最近の私って、……そんなに酷い状態でした?」
「ええ。……ある日突然、消えていなくなるんじゃないかと、思うくらいには」
「自分では、いつもと同じように仕事をしているつもりだったんですよ。……心配をおかけして、申し訳ない」
「いえ。仕事はいつものように完璧でした。だからよけいに怖かったんです」
「すまなかったね。こんな頼りない上司で申し訳ない。でも、もう大丈夫ですから」
「本当に、よかったです。とっても心配したんですよ! でも主任は何を聞いても大丈夫しか言ってくださらないし……。あの、今はまだ頼りないかもしれませんが、これからもっともっと成長します。絶対にいい男になってみせます。だから、もしまた何かあったときは、私にも相談してくださいませんか。きっと主任のお力になって見せますから!」
「今でも十分、カヤ君はいい男ですとも。私は頼りない上司ではありますが、部下には恵まれましたね」
「部下、ですか」
「はは。カヤ君が出世して、上司と部下の関係が逆転する日もそう遠くないと思っていますよ。応援しています」



 助手のカヤの朗らかさと、エリクレアス施設長の細やかな気遣いに、どれほど助けられていたのだろうか。
 いい大人が職場の人にまで心配をかけるような失態を恥ずかしく思うと同時に、一人ではなかったのだと感謝の気持ちでいっぱいになった。


 それから大急ぎで帰宅をした。

 自由に外に出られるようになったムームが、家に大人しくいるのかどうか。心配のあまり挨拶もそこそこに飛ぶように帰宅したのだ。
 結果から言えば、ムームはちゃんと家にいた。

 それも、かなり怒りながら。





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