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1章 追放までのあれこれ。

9,理解しました

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──コンコン。

控えめなノック音が静寂に包まれた廊下によく響く。
ノックしてしばし待つと、少し間を置いてから返事があった。


「なんだ?」


扉越しなので少しくぐもってはいるがこの声は間違いなく父の声だ。
少し低く固い不機嫌そうな声に感じるのは、今は時間帯的に母と夫婦水入らずでイチャイチャしているからだろうか。

邪魔してごめんねお父様。
心の中で軽く侘びながら扉越しでも通るように声を張り上げる。


「お父様、お母様。アリーシャただ今パーティーから戻りましたわ!」


──ズドォン!……ピキッ……ガシャン!

私の声に応えたのは父の返答ではなく衝撃音だった。
突然の轟音に驚いて私は目を瞑ってしまう。


「アリーシャ!   ああ、心配していたんだよ!   帰りが随分早いね、どうしたんだい?」


そんな父の声が聞こえて恐る恐る瞑っていた目を開けると、両親の部屋の扉が粉砕していた。
扉の姿が見る影もないくらいに見事に、そりゃもう見事に粉々になっている。
我が父はその扉には目もくれずこちらに向かって満面の笑みを向けている。


「……」


私は思わず横に控えていたミーナに目を向ける。
彼女は私の視線を受けて真顔でこくりとただ頷いた。

……ああ、成程。

ミーナの言っていたことをようやく理解した。

これは確かにオーウェン家の存亡がかかっているかもしれない。主にオーウェン公爵邸が無事でいられるかという点において。

この父親の親バカっぷりを見誤っていた。
そうだ、この父親はそれこそ目に入れても痛くない程にアリーシャを溺愛しているのだった。
そして今目の前のコレである。

仮にこのまま私が婚約破棄の件をお父様に報告したとしよう。
私が帰宅しただけで扉を粉砕するこの父のことだ。勢い余ってこの家自体を粉砕する可能性がある。

成程、だから家の者はあんなに緊迫した表情で伝令して回っていたのか。軍隊ばりの統率された動きになるわけだわ。そりゃそうなるわな。
だってお勤めしている家自体壊れかねないもの。

ごめんミーナ。息巻いてオーウェン家と両親は守るとか偉そうなこと言ったけど無理かもしれない。
でも私の体内のミューズを使い切ってでも家は守ってみせるよ、うん、多分……。

満面の笑みを浮かべてこちらを見つめる父に、軽く頬を引き攣らせながらも私は笑みを返した。


「ええ……お父様。今日はちょっと報告することが出来ましたので早めに帰ってきましたの」
「報告?   なんだい?」


やけにニコニコしている父。気の所為か周りまでキラキラ輝いているように見える。
ダメだ、今このまま報告すればそれこそ屋敷全体がこの目の前の扉の二の舞になる。

一旦落ち着かせよう。落ち着いてもらわなければ。

私は唯一父の暴走を止められそうな存在──母に助けを求めようと懇願の視線を向ける。

ベッドに座っている母は褐色の肌に映える白い絹の夜着を纏いこの上ないほど美しく見えた。
母は私の懇願の視線を受けて何かを察したように頷いてベッドから立ち上がると私たちの方へ歩いてくる。

流石お母様!   頼りになる!
私の意図を理解してくれたんだ。これで穏便に報告が出来そうだ。助かった……。


「その報告私も立ち会った方がいいのよねアリーシャちゃん。重要なお話そうね?」
「ええ、そうなんですお母様──」


存外冷静な母の声に一安心した私はふと母の手元に目をやって、固まった。

お母様。その右手に持っていらっしゃる細剣はなんなのでしょうか。

ベッドから降りてこちらに来た母はなぜかいつもは棚に立て掛けているはずの細剣を右手でしっかりと掴んでいた。
母は私の視線の先に気づくと、そりゃあもう目を細めて見惚れるほどの綺麗な笑みを浮かべた。


「ああ細剣コレ?   気にしないで?    ちょっと必要な気がしたのよ、殺る用事ができそうだったから」


日常生活において親子の会話に武器が必要あるのだろうか、いやない。
反語みたいになったな。いや今はそんなことはどうでもいい。

お母様ブルータス、お前もか!!
第一殺る用事って何。字面おかしくないですか?

綺麗な笑みを浮かべる両親。傍から見れば麗しい光景なのに私は冷や汗が止まらなかった。

片や扉を粉砕して娘の帰りを歓迎する父。
片や何故か剣をもって娘に笑顔を向ける母。

誰か、この家にまともに話を聞いてくれそうな人はいないのか!
最後の希望とばかりに助けを求めてミーナを見るが、相変わらず彼女は恐ろしいほどの真顔で頷くのみ。

整った顔立ちのミーナが真顔でひたすら佇む姿はある意味この場においては不気味だ。
と、ここで私は何か引っかかった。

……うん、真顔?   

ミーナは常に笑みを絶やさない朗らかな女性だ。

その彼女が真顔?
違う、これは……
怒っている。

彼女が大抵真顔になる時は怒っている表情を隠す時の癖だ。

そこで気づいた。気づいてしまった。恐らくミーナも両親も最初から察していたのだ。

婚約者でありながらエスコート出来ないとだけ寄こしてきたあの王子の文。
パーティが始まってからそう時間が経っていないのに早々に帰ってきた私。

それが何を示すのか。
父と母は私が王子に婚約破棄されたことを察していたのだ。

そして事情を知ったミーナは怒っている。
皆私を心配し、そして恐らくは王子に怒っているのだ。
それはいいんだけど……むしろ嬉しかったりするんだけど。

あなた達、怖すぎやしませんか。

私この中で報告しないといけないのよね……。
ある種のプレッシャーを感じて私はゴクリと唾を飲み下した。

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