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罪人探し編
第44話 思い出を刻んで
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ベンガルがたっぷりと衣装を堪能すると、ライアがそろそろ…とナリヤに申し出た。予想以上に長居をしてしまったのではと、申し訳無さそうに謝った。
「いいよ、いいよ~楽しんで貰えたなら良かった!カメリア一座はお客様を楽しませてなんぼの芸能集団だからさ!」
「ぐず……本当に、ありがとう。スタアに宜しくね…」
「わかった。また近くで公演があったら知らせるから」
ナリヤに関係者出入り口まで送って貰い、そこでお別れとなった。名残惜しむライアとナリヤは最後に抱き合うと、手を振って別れた。ベンガルも両手で手を振っている。ニスとギャリアー、グンカの3人は、その様子を少し先で見守っていた。
「楽しかったわね…」
「ああ、貴重な体験もできたしな」
「良かった…が、明日以降に届くであろう大量の飴の件が心配だ…」
グンカはあの塔を形成した飴の山を思い出して吐き気が込み上げてきそうだと、口を塞ぐ。大半をベンガルに譲ると言ったが、それまではギャリアー宅で保管しなければならない。冷蔵庫の容量は一人暮らし分の為、3人の食糧プラス飴であっという間に満杯になってしまう。そうなれば、残った大量の飴は何処に保管するか。リリナグの平均気温は、飴など直ぐに溶かしてしまう。大量の飴がどうなるかは、考えるだけで悍ましい光景だ。想像の中ですら甘ったるい匂いが漂ってくる。
「ベンガルにやるんだろう?」
この危機を察しないギャリアーは、能天気にニスから貰った飴を舐めていた。その匂いが部屋に充満し、熱帯夜を更なる地獄へと変える可能性を秘めているとも知らず。ニスもギャリアーと同じくコロコロと口内で飴を転がしている。
「やるとも。…しかし、あの娘が回収に来るまでに、どのくらいの時間が掛かるのか」
「運送屋だから直ぐ来るよ」
「…上手くタイミングが合えばいいが。その鞄の中の飴は溶けてないのか?」
今度はニスの買い物鞄の惨状を危惧する。中には役者達サインが入ったパンフレット2冊、スタアの筆、財布諸々が飴に埋もれている。
「溶けてないよ」
ニスが買い物鞄から飴を一つ取り出して、グンカに見せる。包み紙に入った飴は、ビー玉状、キューブ、棒付きと種類がある。棒付きは平丸、四角丸、ハートの3種類、ニスが渡したのは棒付きハートの飴だった。
「…確かに」
包み紙を取ると、赤いハート型が綺麗に保たれ、溶けた様子は無い。赤はスウィートトマト味だ。口内で舐ると、強いトマトの風味と口説くない自然の甘みが美味しいとリピーターが多い人気商品である。カメリア一座の公演のお土産として定番だ。
「美味だ……この苺飴」
「え……林檎じゃ…」
「さっき食べたが、蜂蜜入りパプリカじゃないか?」
3人が首を捻って味について考えていると、別れを済ませたライアとベンガルが合流した。先程の号泣の気配を残しながら、ライアが3人に準備はいいか問う。
「寄るところがあれば、少しの時間なら大丈夫よ。馬達を迎えに行ってくる迄の間、辺りを見ていてもいいしね」
「あたしはおねえちゃんに着いていきます。今夜こそお馬さんと和解するのです!」
ベンガルは拳を天に突き上げ、おー!と声を出した。彼女と馬との関係は気合を入れねばいけないものらしい。ギャリアーは会場に設置された時計を見て、大体の目安を聞いた。
「わかった。大体何分後位に馬車の前に居ればいい?」
「そうね…30分後には出発出来ると思うから、25分ね」
「了解した。馬を頼む」
ライア、ベンガル姉妹は仲良く並んで、馬達を預けている牧場の方へ歩いて行った。残ったニス達3人は、残り20分弱をどうするか話し合う。市場の店はちらほらと閉店作業をする時間になっている店もあるが、これからが書き入れ時の店もある。一軒二件立ち寄るくらいは出来る。
「2人共…気になる店などあるか?」
「私は…大丈夫」
「俺も」
「皆同じか…ならば、早いが馬車に戻っているか?」
「うーん…ふらっと夜店でも覗く時間はある」
「…寄る?」
「冷やかし程度だがな」
3人は馬車の停留所の方角に向かいつつ、途中にある夜店を覗きながら進む事にした。
「…ここにも、潜源石のガラス製品がある」
夜に営業している露店の殆どに、火の入ったガラス玉が幾つか下げられ風に揺れている。揺らめく暖かい光が商品を優しく照らしている。
「消灯するには光を隠せばいいだけだからな。結構使い勝手が良くて、近くの町にも普及してるんだよ」
「耐久性にも優れるからな、買ったらどれも一生物だ」
「煌々として…綺麗ね…」
リリナグの外であるが、露店にはランタン代わりの桃位の大きさのガラス玉が売られている。その値段は、リリナグの店で買う同じ物よりかなり安く、店の看板には割れ物注意と書かれている。
「これは安価な品だな」
「割れるって」
「質が良く無いのは、耐久性も低い。だから、こういう手軽に購入できる物に加工される。形も球体でシンプルだから対して手間が掛からない。でも外から来た人にとっては珍しいからな、記念に買って行くんだよ」
「地面に落としたら割れるか?」
「石畳なら割れるかも…って感じかな。土の上ならまず割れない」
「…便利なのね」
別の店では仕入れたガラス玉に、その場で絵付けが出来るという変わった体験型の店もあった。ニスはその店に飾られている色付けされたガラス玉が、風でくるくる回っているのを興味深そうに眺めている。色によって光の色が変化し、目にも楽しい。
「ニス、これが気になるのか?」
「うん…綺麗」
「絵付けか…技量によって完成に差が出る所だ…」
ギャリアーが店主に3人分の絵付けの料金を渡すと、ニスとグンカに一つずつガラス玉を配った。
「これは奢り。やってみろよ」
「こういう絵心の要る作業は得意では無いのだが…」
グンカが店の横にある椅子に座り、テーブルの上にある筆を取る。
「……何の絵を書けばいいの?」
「好きなのでいいんだよ。ほら、あそこにあるのも何本か線を一周させただけとか、丸一杯書いただけとか、よく見たら簡単だ。遊びのつもりで絵付けしてみな」
ギャリアーはグンカの横にニスを座らせると、自分は2人の正面に座った。ニスはじっとガラス玉を見ると、直ぐに何を書こうか決めて迷う事なく書き出した。グンカは筆を持ったまま、空中で絵を空書きしてイメージを膨らませながら、中々書き出さない。2人の様子を見ていたギャリアーは、面白そうに観察している。
「それぞれの性格が出るんだよな、製作って。ニスはこうと決めて迷いなく。こっちは…」
「くっ…目がずれた…!いや、ここを書き足せば……う゛」
四苦八苦しているグンカの様子を眺めた後、ギャリアーもサラサラと絵を付ける。流石に本職の為、迷いなく美しい線を描く。
「出来た……!」
「おっ、出来たかニス」
「うん」
ニスはギャリアーに向かってガラス玉を見せる。白い顔料を液体に多めに混ぜて、それを中太の筆に浸し、球体の横真ん中に等間隔で大きくホタテの貝殻を四つ描いている。ホタテ同士の間には、白い一本線が描かれ、一つだけ完全には繋がっていない。中央で切れている。
「可愛いデザインだな。この線が途切れてるのは?」
「白蛇…のイメージ」
「よし…!渾身の出来だ…!」
隣のグンカも完成したようである。ニスはグンカの手元を覗き込んだ。
「それは…?」
「魚群だ」
「へえ…中々良いぞ」
「青い枠の魚と、塗りつぶした魚がある…ハンカチの柄にいいかも…」
「ふふん…魚の違いはセンスだ」
実際は魚の顔を描こうとして失敗し、途中で顔は諦めた。まだ数匹分だったのでいっそ塗りつぶしてしまえと、たっぷりの青で塗り付けた結果、程良く青塗りの魚が散ってバランスよく柄になっていた。勿論そんな事は筆の跡をみればお見通しのギャリアーだったが、今回は楽しむ為の絵付けなので黙っていた。グンカは自慢げにニスに見せびらかしている。
「お前はどうなのだ」
「ん?」
「本職だろう?さぞ芸術的なデザインに違いあるまい?」
「見たい」
2人は期待の目でギャリアーを見る。その脳内では、美しい海の女神だとか、大輪の花、躍動する動物、伝説上の魚…等大層なイメージを抱いているに違いない、そんな眼差しだった。ギャリアーは、ククと小さく笑って2人にガラス玉を見せた。
「生憎本日休業だからな。簡単なのにしておいた」
ギャリアーのガラス玉に2人の視線が集まる。描かれていたのは、美しい草花でも、想像上の生き物でもない。3人のデフォルメされた似顔絵と、日付、カメリア一座サブリナ公演「月影遊女」観劇記念と描かれていた。
「わあ……上手ね」
「3人とも何処となく面影がある…流石だな」
「どうせなら3人で来たって記録になって記念にもなる物があれば良いと思って。待たせるのも悪いから、絵付けして楽しんでくれればってな」
グンカニスギャリアーの順で並んだ3人の絵の後ろ側には、同じくデフォルメされたライア、ベンガル姉妹とその父親の似顔絵が描かれていた。ライアの手にはパンフレットとスタアの筆が持たされている。
「さり気なく細かい…」
「これ…何処に飾ろうかしら」
「上に紐が付けられる所があるし…下げてもいい。簡単な台座を作って置き物でもいいかもな。俺の部屋シンプルだから」
3人が互いのガラス玉を交換して、絵柄を見て楽しく話をしていると、3人以外の男の声が会話に混ざる。
「皆上手いもんだな…俺はこういうのは苦手だ。だから…少し話したい気分だな」
「ハナミ」
グンカに名前を呼ばれると、おうと言って手を挙げてギャリアーの隣に座る。そしてギャリアーが持っていたニスのガラス玉の絵を見て、ハナミが抱える事件の応酬品との共通点を見出す。
「可愛いな…これは誰が?」
「……私」
「何がモチーフなのかな」
「見た通り、貝…」
「途中で途切れてるけど、この線は?」
ニスは、その答えをハナミには言わない方がいいだろうと思った。ワンピースを調べているとなれば、後ろに隠れる蛇という共通のデザインにも気付いているだろう。しかし2人への説明では白蛇と言ってしまっている。ニスがどう答えるか悩んでいると、ギャリアーがあっ!と珍しく大きな声を出す。
「時間…どの位経った?」
「ふむ…20分程だ」
「そろそろ馬車に集合しないと、置いてかれるかもしれない。行くぞ」
ギャリアーが率先して立ち上がると、ニスに手を差し出してその手を取る。ハナミは2人の仲を勘繰りながら、幾つか質問できないか少し粘ってみた。
「兄さん…もう少し話したいんだけどなぁ、このお嬢さんと」
ニスの手を引いて町の入り口に向かおうとするギャリアーの行き先に遠回りするハナミの部下の刑事達。ハナミは椅子から立ち上がって、ニスの方へ歩いて行く。
「ハナミ、本当に時間はない。何か聞きたいなら次の合同訓練の日にしろ」
グンカがハナミの肩を掴んで歩みを止めた。しかしハナミは既にニスの隣に立っている。
「なら、一つだけ」
グンカにニコニコした笑みを向けると、ニスの耳元に向かって屈んでゆく。そしてニスの耳にかかる赤い髪を手の甲で掬って、首に触れた。ハナミは他の人間には聞こえない音量で囁く。
「グンカと⬛︎⬛︎⬛︎?」
「……」
ニスは、ニヤニヤとしながらも目の奥は冷徹なハナミの意図を考える。ただの下世話な好奇心ならば、適当にあしらえばそれで終わりだが、ハナミは何か目的があって聞いている、そう思った。
「コソコソと…何を話した?」
対してグンカは、ハナミの質問も意図も知らぬように見えた。事前に打ち合わせして、偶然を装った訳ではないのだろう。ニスは内心ハナミを軽蔑しながら、どう答えたものか考える。
「……」
「…?」
ニスがじっとグンカを見つめると、耳元でハナミが答えは?と急かしてくる。胡散臭い男の手で首に触られているのが酷く不快で、自分の命を握られている感覚に似ていた。ニスは目を細めてハナミに微笑むと、グンカの名を呼んだ。
「なんだ」
「貴方のお友達……私に、貴方と⬛︎⬛︎⬛︎?って聞いてきたのだけど……」
「な゛あっ!?」
「おい……警備隊…」
グンカが赤面し、ギャリアーが心底嫌そうな眼差しをハナミに向ける。部下達もまさか部門長である上司がそんな質問をする為にここに来たのかと、ショックを受けた。
「秘密の質問なのに、言っちゃったのかよ」
「ええ、答えたくなかったから…真実はグンカに聞いてね」
「ハナミ!次の合同訓練では、まず貴様への説教から始めるからな!」
激昂するグンカをニスが、ニスをギャリアーが引っ張って、リリナグの3人組は人混みに姿を消した。部下の刑事2人がハナミに駆け寄る。
「すまん。大した事聞けなかった…次は合同訓練だなぁ~…。よし、そこらで飯食って」
「ハナミさん!」
部下がハナミの胸ぐらを掴む。
「な、何だよ…」
「あの女性にあんな失礼な質問する為に、夜の町を探し回っていたんですか!?」
「それにこっそり肌にも触っていたでしょう!全く…離婚して寂しいからって疑ってる人に嫌らしい目を向けないでください!!」
「別に寂しいわけじゃ…」
ハナミは部下2人に詰められながら刑事部門に戻った。
「いいよ、いいよ~楽しんで貰えたなら良かった!カメリア一座はお客様を楽しませてなんぼの芸能集団だからさ!」
「ぐず……本当に、ありがとう。スタアに宜しくね…」
「わかった。また近くで公演があったら知らせるから」
ナリヤに関係者出入り口まで送って貰い、そこでお別れとなった。名残惜しむライアとナリヤは最後に抱き合うと、手を振って別れた。ベンガルも両手で手を振っている。ニスとギャリアー、グンカの3人は、その様子を少し先で見守っていた。
「楽しかったわね…」
「ああ、貴重な体験もできたしな」
「良かった…が、明日以降に届くであろう大量の飴の件が心配だ…」
グンカはあの塔を形成した飴の山を思い出して吐き気が込み上げてきそうだと、口を塞ぐ。大半をベンガルに譲ると言ったが、それまではギャリアー宅で保管しなければならない。冷蔵庫の容量は一人暮らし分の為、3人の食糧プラス飴であっという間に満杯になってしまう。そうなれば、残った大量の飴は何処に保管するか。リリナグの平均気温は、飴など直ぐに溶かしてしまう。大量の飴がどうなるかは、考えるだけで悍ましい光景だ。想像の中ですら甘ったるい匂いが漂ってくる。
「ベンガルにやるんだろう?」
この危機を察しないギャリアーは、能天気にニスから貰った飴を舐めていた。その匂いが部屋に充満し、熱帯夜を更なる地獄へと変える可能性を秘めているとも知らず。ニスもギャリアーと同じくコロコロと口内で飴を転がしている。
「やるとも。…しかし、あの娘が回収に来るまでに、どのくらいの時間が掛かるのか」
「運送屋だから直ぐ来るよ」
「…上手くタイミングが合えばいいが。その鞄の中の飴は溶けてないのか?」
今度はニスの買い物鞄の惨状を危惧する。中には役者達サインが入ったパンフレット2冊、スタアの筆、財布諸々が飴に埋もれている。
「溶けてないよ」
ニスが買い物鞄から飴を一つ取り出して、グンカに見せる。包み紙に入った飴は、ビー玉状、キューブ、棒付きと種類がある。棒付きは平丸、四角丸、ハートの3種類、ニスが渡したのは棒付きハートの飴だった。
「…確かに」
包み紙を取ると、赤いハート型が綺麗に保たれ、溶けた様子は無い。赤はスウィートトマト味だ。口内で舐ると、強いトマトの風味と口説くない自然の甘みが美味しいとリピーターが多い人気商品である。カメリア一座の公演のお土産として定番だ。
「美味だ……この苺飴」
「え……林檎じゃ…」
「さっき食べたが、蜂蜜入りパプリカじゃないか?」
3人が首を捻って味について考えていると、別れを済ませたライアとベンガルが合流した。先程の号泣の気配を残しながら、ライアが3人に準備はいいか問う。
「寄るところがあれば、少しの時間なら大丈夫よ。馬達を迎えに行ってくる迄の間、辺りを見ていてもいいしね」
「あたしはおねえちゃんに着いていきます。今夜こそお馬さんと和解するのです!」
ベンガルは拳を天に突き上げ、おー!と声を出した。彼女と馬との関係は気合を入れねばいけないものらしい。ギャリアーは会場に設置された時計を見て、大体の目安を聞いた。
「わかった。大体何分後位に馬車の前に居ればいい?」
「そうね…30分後には出発出来ると思うから、25分ね」
「了解した。馬を頼む」
ライア、ベンガル姉妹は仲良く並んで、馬達を預けている牧場の方へ歩いて行った。残ったニス達3人は、残り20分弱をどうするか話し合う。市場の店はちらほらと閉店作業をする時間になっている店もあるが、これからが書き入れ時の店もある。一軒二件立ち寄るくらいは出来る。
「2人共…気になる店などあるか?」
「私は…大丈夫」
「俺も」
「皆同じか…ならば、早いが馬車に戻っているか?」
「うーん…ふらっと夜店でも覗く時間はある」
「…寄る?」
「冷やかし程度だがな」
3人は馬車の停留所の方角に向かいつつ、途中にある夜店を覗きながら進む事にした。
「…ここにも、潜源石のガラス製品がある」
夜に営業している露店の殆どに、火の入ったガラス玉が幾つか下げられ風に揺れている。揺らめく暖かい光が商品を優しく照らしている。
「消灯するには光を隠せばいいだけだからな。結構使い勝手が良くて、近くの町にも普及してるんだよ」
「耐久性にも優れるからな、買ったらどれも一生物だ」
「煌々として…綺麗ね…」
リリナグの外であるが、露店にはランタン代わりの桃位の大きさのガラス玉が売られている。その値段は、リリナグの店で買う同じ物よりかなり安く、店の看板には割れ物注意と書かれている。
「これは安価な品だな」
「割れるって」
「質が良く無いのは、耐久性も低い。だから、こういう手軽に購入できる物に加工される。形も球体でシンプルだから対して手間が掛からない。でも外から来た人にとっては珍しいからな、記念に買って行くんだよ」
「地面に落としたら割れるか?」
「石畳なら割れるかも…って感じかな。土の上ならまず割れない」
「…便利なのね」
別の店では仕入れたガラス玉に、その場で絵付けが出来るという変わった体験型の店もあった。ニスはその店に飾られている色付けされたガラス玉が、風でくるくる回っているのを興味深そうに眺めている。色によって光の色が変化し、目にも楽しい。
「ニス、これが気になるのか?」
「うん…綺麗」
「絵付けか…技量によって完成に差が出る所だ…」
ギャリアーが店主に3人分の絵付けの料金を渡すと、ニスとグンカに一つずつガラス玉を配った。
「これは奢り。やってみろよ」
「こういう絵心の要る作業は得意では無いのだが…」
グンカが店の横にある椅子に座り、テーブルの上にある筆を取る。
「……何の絵を書けばいいの?」
「好きなのでいいんだよ。ほら、あそこにあるのも何本か線を一周させただけとか、丸一杯書いただけとか、よく見たら簡単だ。遊びのつもりで絵付けしてみな」
ギャリアーはグンカの横にニスを座らせると、自分は2人の正面に座った。ニスはじっとガラス玉を見ると、直ぐに何を書こうか決めて迷う事なく書き出した。グンカは筆を持ったまま、空中で絵を空書きしてイメージを膨らませながら、中々書き出さない。2人の様子を見ていたギャリアーは、面白そうに観察している。
「それぞれの性格が出るんだよな、製作って。ニスはこうと決めて迷いなく。こっちは…」
「くっ…目がずれた…!いや、ここを書き足せば……う゛」
四苦八苦しているグンカの様子を眺めた後、ギャリアーもサラサラと絵を付ける。流石に本職の為、迷いなく美しい線を描く。
「出来た……!」
「おっ、出来たかニス」
「うん」
ニスはギャリアーに向かってガラス玉を見せる。白い顔料を液体に多めに混ぜて、それを中太の筆に浸し、球体の横真ん中に等間隔で大きくホタテの貝殻を四つ描いている。ホタテ同士の間には、白い一本線が描かれ、一つだけ完全には繋がっていない。中央で切れている。
「可愛いデザインだな。この線が途切れてるのは?」
「白蛇…のイメージ」
「よし…!渾身の出来だ…!」
隣のグンカも完成したようである。ニスはグンカの手元を覗き込んだ。
「それは…?」
「魚群だ」
「へえ…中々良いぞ」
「青い枠の魚と、塗りつぶした魚がある…ハンカチの柄にいいかも…」
「ふふん…魚の違いはセンスだ」
実際は魚の顔を描こうとして失敗し、途中で顔は諦めた。まだ数匹分だったのでいっそ塗りつぶしてしまえと、たっぷりの青で塗り付けた結果、程良く青塗りの魚が散ってバランスよく柄になっていた。勿論そんな事は筆の跡をみればお見通しのギャリアーだったが、今回は楽しむ為の絵付けなので黙っていた。グンカは自慢げにニスに見せびらかしている。
「お前はどうなのだ」
「ん?」
「本職だろう?さぞ芸術的なデザインに違いあるまい?」
「見たい」
2人は期待の目でギャリアーを見る。その脳内では、美しい海の女神だとか、大輪の花、躍動する動物、伝説上の魚…等大層なイメージを抱いているに違いない、そんな眼差しだった。ギャリアーは、ククと小さく笑って2人にガラス玉を見せた。
「生憎本日休業だからな。簡単なのにしておいた」
ギャリアーのガラス玉に2人の視線が集まる。描かれていたのは、美しい草花でも、想像上の生き物でもない。3人のデフォルメされた似顔絵と、日付、カメリア一座サブリナ公演「月影遊女」観劇記念と描かれていた。
「わあ……上手ね」
「3人とも何処となく面影がある…流石だな」
「どうせなら3人で来たって記録になって記念にもなる物があれば良いと思って。待たせるのも悪いから、絵付けして楽しんでくれればってな」
グンカニスギャリアーの順で並んだ3人の絵の後ろ側には、同じくデフォルメされたライア、ベンガル姉妹とその父親の似顔絵が描かれていた。ライアの手にはパンフレットとスタアの筆が持たされている。
「さり気なく細かい…」
「これ…何処に飾ろうかしら」
「上に紐が付けられる所があるし…下げてもいい。簡単な台座を作って置き物でもいいかもな。俺の部屋シンプルだから」
3人が互いのガラス玉を交換して、絵柄を見て楽しく話をしていると、3人以外の男の声が会話に混ざる。
「皆上手いもんだな…俺はこういうのは苦手だ。だから…少し話したい気分だな」
「ハナミ」
グンカに名前を呼ばれると、おうと言って手を挙げてギャリアーの隣に座る。そしてギャリアーが持っていたニスのガラス玉の絵を見て、ハナミが抱える事件の応酬品との共通点を見出す。
「可愛いな…これは誰が?」
「……私」
「何がモチーフなのかな」
「見た通り、貝…」
「途中で途切れてるけど、この線は?」
ニスは、その答えをハナミには言わない方がいいだろうと思った。ワンピースを調べているとなれば、後ろに隠れる蛇という共通のデザインにも気付いているだろう。しかし2人への説明では白蛇と言ってしまっている。ニスがどう答えるか悩んでいると、ギャリアーがあっ!と珍しく大きな声を出す。
「時間…どの位経った?」
「ふむ…20分程だ」
「そろそろ馬車に集合しないと、置いてかれるかもしれない。行くぞ」
ギャリアーが率先して立ち上がると、ニスに手を差し出してその手を取る。ハナミは2人の仲を勘繰りながら、幾つか質問できないか少し粘ってみた。
「兄さん…もう少し話したいんだけどなぁ、このお嬢さんと」
ニスの手を引いて町の入り口に向かおうとするギャリアーの行き先に遠回りするハナミの部下の刑事達。ハナミは椅子から立ち上がって、ニスの方へ歩いて行く。
「ハナミ、本当に時間はない。何か聞きたいなら次の合同訓練の日にしろ」
グンカがハナミの肩を掴んで歩みを止めた。しかしハナミは既にニスの隣に立っている。
「なら、一つだけ」
グンカにニコニコした笑みを向けると、ニスの耳元に向かって屈んでゆく。そしてニスの耳にかかる赤い髪を手の甲で掬って、首に触れた。ハナミは他の人間には聞こえない音量で囁く。
「グンカと⬛︎⬛︎⬛︎?」
「……」
ニスは、ニヤニヤとしながらも目の奥は冷徹なハナミの意図を考える。ただの下世話な好奇心ならば、適当にあしらえばそれで終わりだが、ハナミは何か目的があって聞いている、そう思った。
「コソコソと…何を話した?」
対してグンカは、ハナミの質問も意図も知らぬように見えた。事前に打ち合わせして、偶然を装った訳ではないのだろう。ニスは内心ハナミを軽蔑しながら、どう答えたものか考える。
「……」
「…?」
ニスがじっとグンカを見つめると、耳元でハナミが答えは?と急かしてくる。胡散臭い男の手で首に触られているのが酷く不快で、自分の命を握られている感覚に似ていた。ニスは目を細めてハナミに微笑むと、グンカの名を呼んだ。
「なんだ」
「貴方のお友達……私に、貴方と⬛︎⬛︎⬛︎?って聞いてきたのだけど……」
「な゛あっ!?」
「おい……警備隊…」
グンカが赤面し、ギャリアーが心底嫌そうな眼差しをハナミに向ける。部下達もまさか部門長である上司がそんな質問をする為にここに来たのかと、ショックを受けた。
「秘密の質問なのに、言っちゃったのかよ」
「ええ、答えたくなかったから…真実はグンカに聞いてね」
「ハナミ!次の合同訓練では、まず貴様への説教から始めるからな!」
激昂するグンカをニスが、ニスをギャリアーが引っ張って、リリナグの3人組は人混みに姿を消した。部下の刑事2人がハナミに駆け寄る。
「すまん。大した事聞けなかった…次は合同訓練だなぁ~…。よし、そこらで飯食って」
「ハナミさん!」
部下がハナミの胸ぐらを掴む。
「な、何だよ…」
「あの女性にあんな失礼な質問する為に、夜の町を探し回っていたんですか!?」
「それにこっそり肌にも触っていたでしょう!全く…離婚して寂しいからって疑ってる人に嫌らしい目を向けないでください!!」
「別に寂しいわけじゃ…」
ハナミは部下2人に詰められながら刑事部門に戻った。
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「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
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