ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第43話 私物

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サラの楽屋を後にして衣裳部屋に戻る途中、手すりに掴まって動きの確認をしていた劇団員がニスに声を掛けた。

「お客さん!パンフレットは届きました?」
「あなた、お店の…ええ、貰ったわ。サインも書いてくれて…有難う」
「良かったです!」

劇団員はほっとした顔で胸を撫で下ろす。それから演劇はどうだったか感想を聞く。ギャリアーは露店に居た店員だと思い出し、礼を言おうと2人に近付いた。

「俺の分まで書いて貰って…すいません、ありがとう」
「いえ!うちのスタアがお連れ様にご迷惑おかけしたので!」
「いや、パンフレットも多く貰って…」
「うん…一冊分しかお金…」
「本当に!お気になさらず!」

いやいやと問答をするギャリアーと劇団員、それを聞いているニス。
事情を知らない姉妹はグンカに説明を求めた。

「何かあったの?」
「ニスがパンフレットを買い求めた時、居合わせた劇団員にサインを貰っていたのだが、急用が出来たらしくパンフレットを持っていってしまって、在庫もなかったらしい。それでその侘びとして、役者全員分のサインを書いたパンフレットを…」
「ひえッ!そ、そんな貴重なものを、おねえさんが持っているのですか!?」

グンカは勢いにたじろいだ。自分より遥かに大きいベンガルがぬっと前傾になってニスを見る。
ベンガルはニスの買い物鞄を見た時にあったパンフレットを思い出す。

「あ、ああ…」
「羨ましいです…!後で見せてもらおっと」
「そうね…!私主人公役の人のファンだから、サインのお写真撮らせて貰わないと!」

ライアが珍しくベンガルと同じ熱量でニスの買い物鞄を見る。実は15歳になってやっと大人の劇が見られると喜んでいたベンガル以上に、カメリア一座の演劇を楽しみにしていたのがライアである。ライアの部屋には、カメリア一座のスタアのグッズが埋め尽くすほどに飾られている。

「ありがとうございました!お気を付けて!」

劇団員に見送られ、ニス達は衣裳部屋に向かっていく。待ちきれないライアがニスからパンフレットを借り、サインを見てきゃあきゃあと声を上げていた。


衣裳部屋に着くと、ベンガルは早速物色の続きをする。ニス達は部屋に立て掛けてある椅子を置いて一休みしていた。ナリヤはベンガルに衣装作りについて、付っきりで説明している。

「ああ~ここで暮らしたい…色んな衣装が作れて…それを全部着て貰える…最高ですね」
「ふふ…ならカメリア一座の入団試験を受けてみたら?役者の他にも裏方も毎年募集するから」
「あら、ベンガルはうちの大切なデザイナーよ?引き抜きは相談して貰わないと」
「はあ~うちでも作りたいし、ここでも作ってみたい…」

悩ましい声を上げるベンガルに、ライアとナリヤはくすくすと笑う。
ニスは馬車の中で聞いたベンガルが服作りを始めた理由を思い出していた。



「単に着れる服で可愛いのがなかったからです」

先に生まれたライアも同じ悩みを持っていて、2人とも幼少期から大人と同じ服を着ていた。当時の大人の流行服は落ち着いた色合いのシンプルなセットアップに上着を着るというものだった。

「今となってはその服の良さもわかるんだけど、面白くなかったのよね?」
「ええ、だからおねえちゃんと一緒に作ってみよう!と思ったのが始まりで、ママの知り合いの服屋さんで作り方を教わったんです」
「それから娘2人服作りに嵌まって、家が作った服で溢れてしまった。それでいっその事売ってしまえとうちの倉庫にしていた建物を使って2人の作った服を売ってみたんだ。そうしたら評判が良くて、今ではリリナグの人気店になったんだよ。初めて売りに出す時は、海猫運輸総出で姉妹の店を宣伝して、方々に声を掛けて回ったのも良い思い出だ」

父親は懐かしい記憶を思い出して、立派に育った姉妹を慈愛の目で見ていた。
それからベンガルが反抗期に至った話や、ライアが初めての恋人を連れてきた話等、姉妹のそれからを3人に話した。ギャリアーは成程と聞いていたが、最後に父親が「そんな訳で2人の過去はこんな感じだ、どちらがいい?」と娘との結婚話を蒸し返して、苦笑いを浮かべた。



ギャリアーはそろそろ帰る時間かと時計を見ていると、姉妹の父親の姿が無い事に気が付いた。先に馬車に乗って待っているのかもしれないと思い、パンフレットを見てニコニコしているライアに聞く。

「そう言えば親父さんは?」
「ママと社員さん達と一緒に先に帰ったわ。帰りは私が御者をするから安心して」
「馬を操れるのか」
「すごい…」
「勿論!運送屋の娘ですもの」

ライアは誇らしげに胸を張り、3人がライアを尊敬の目で見ている。
すると羨ましくなったベンガルはあたしも!と手を挙げた。

「あたしも出来ますよ!馬にはあまり好かれていませんけど」
「無理に触るからよ」

ライアの御小言が始まりベンガルは頬を膨らませた。自分も3人に尊敬の眼差しで見て貰おうとしたが思惑は上手くいかなかった。ギャリアーがライアを宥めて落ち着かせると、ベンガルは衣装の中にあった色とりどりのドレスワンピースを眺める。

「日常的にこういうドレスが着れたらいいな~。どうしても地面にスカートが擦れちゃうから踏ん切りがつかないです」

口を尖らせて衣装を見るベンガル。
ナリヤは妹の為衣装を見せてほしいと言ったライアの話を思い出す。妹はサラのワンピースを特に見たいらしいとライアは言っていた。衣装担当のナリヤは、何故そんなに興味を持ったのか聞いてみたいと思った。

「そういえば、サラのワンピースが見たいって言ってたけれど、そんなに気に入ったの?」
「はい!あのワンピース大好きです!可愛い!」

ベンガルはレースの編み込みの美しさ、刺繍の緻密さ等鼻息荒く捲し立てた後、ニスを見た。ニスはギャリアーとグンカと今まで見た事のある演劇について話し合っていた。

「俺は師匠に連れられて何回か古典のを見たことがあるな。かなり昔だ」
「私は…こんなに大きな建物で見たのは初めて」
「そうか…俺は中央で看守をしていた時、偶に鑑賞していた。カメリア一座の公演も見たことがある。月影遊女の話はこの劇団で生まれた人気の演目の一つだ。他にも…」
「洋蘭草子や偽りの火種、百花繚乱、百鬼夜行の酔いなんかも人気なの!」

パンフレットをじっと見ていたライアが好きな演目を是非紹介したいと加わってきた。

「皆…スタアが主演の作品ばかりだな」
「あら?グンカさん、どの演目がお好きなの?」
「矢張り…月影遊女、嵐将事件、日陰の艶、白波に浮かぶ花…だな」
「私の好きなスタアはあまり出ない演目ね」
「スタアなら、俺は…」

思いがけずカメリア一座演目談義に発展したグンカとライア。あまり詳しくないニスとギャリアーは、スタアが誰かをパンフレットで調べていた。そして顔が判明すると、露店でニスのパンフレットを持って行ってしまったその人だとギャリアーと顔を見合わせた。

「スタアって名前だったんだな」
「この人の筆を、席に届けてくれた劇団員の人が貰っていいって…」

ニスは買い物鞄を埋める飴の中から筆を探し出してギャリアーに見せる。受け取ってよく見ると、側面にスタアと名前が入っていた。

「なんか…今回は運が良かったのかもな。スタアの筆とサイン入りパンフレット迄貰っちゃって」
「この筆、どうする?」
「使うのも…勿体無い……のか?」
「うーん……」
「2人は…」

好きな演目について熱く語り合う2人は、隣にスタアの私物があると気付かない。ライアが知ったら、悲鳴をあげてしまう話をしていた。グンカもスタア愛用の筆と聞いてはいたが、劇団が販売している土産物の事だと思っていた。

「なあ」
「でそこに居合わせた…何だ?」
「ギャリアーさんもスタアについて知りたくなった…!?」

ライアの目が期待に光る。

「これなんだけど」
「なあに?」
「こういう物って、使ってもいいの…?」
「ケースに入れて飾ってた方がいいのか……俺達よく分からなくてな」

ライアがギャリアーから筆を受け取る。グンカもその筆が気になって見た。

「これグッズ?露店は全て回ったけれど…あったかしら」
「ニスが役者の私物を貰ったんだ。そういうのってどうする?」
「それなら飾った方がいいわね。筆だと他の筆記用具と混ざって分からなくなってしまうから。どの方のかしら」
「それは…」

ギャリアーが答えようとした時、ベンガルが大きな声でニスの名を呼び、話は途切れた。

「サラおねえさんの衣装のワンピースって、おねえさんの持ってるのと、多分同じ種類ですよね?」
「おねえさん?ライア?」
「いえ、そこのニスおねえさんです!」

ベンガルは立ち上がって、ニスの背後に回って抱きついた。

「……似てはいるわね」
「何処で買ったのか思い出しました?」
「……いえ、あれは貰ったものだから」

なら贈った人を紹介してくれというベンガルに、ニスはそれにも忘れたと答えた。話せない事情がある事を伏せ、ベンガルに謝った。

「ごめんなさいね…」
「きゅん……残念ですけど、ワンピースの解析は進んでいます!近々おねえさんにお返し出来るので、その時はあたしの作ったおねえさんインスパイアワンピース着てお買い物に行きましょうね!」
「インス…?」
「触発された…みたいなことね」

ライアがフォローを入れると、ギャリアーが私物の話の続きに戻る。

「そうだ…それ、スタアの」
「え?」
「この人の私物」

ニスがパンフレットの人物紹介のページを見せる。スタアは今回の月影遊女の主役なので、見開き1ページに渡って、人物紹介や来歴、今回の劇に対する意気込みのインタビュー記事が掲載されている。

「え…すた…えっ……えっ……」

ライアは口に手を当てて、短い音を繰り返す。
筆の側面に記された”スタア”という文字を発見し、筆を持つ手が震えだす。

「お前…スタアの私物を貰ったのか…」
「筆を渡されて、パンフレットの方を持って帰ってしまったの……」
「ふ、筆……スタアの…筆…」
「おねえちゃんの様子がおかしいです!」
「ラ、ライア…?」

ナリヤが様子の変わったライアの肩を恐る恐る叩く。

「ニス……」
「…なに?」
「スタアは…この筆に…触っていたのよね…?」
「う、うん…パンフレットにサインを書こうとした寸前だったから…持ってた…」
「と、ということは……このパンフレットも……!」

ライアは突然、サイン入りパンフレットと筆を抱きしめる。
その様子に「え……」と困惑するニスとギャリアー。

「…熱心なファンだったのか…お前の姉は」
「ええ、ガチ勢ってやつです」
「ガチゼー…?」

ナリヤが俯くライアの姿勢をゆっくり直線に戻すと、ライアは涙ぐんだ顔で鼻をすすっていた。
グンカはよく劇場でこんな様子のファンを目にしていたので、それほど驚いた様子はない。ベンガルもスタアの事になると乱心する姉をよく知っていた為、冷静にポケットからハンカチを出して姉の鼻を拭く。

「おねえちゃん、ちーんですよ。美人が台無しです」
「にしゅ……あ゛りがどう……こんなに…近ぐで……ズダァ゛を…感じさせてッ……ぐれで…!」

興奮で発汗した大きい掌でニスの手を握る。両手で包まれると手だけがサウナに入ったようだった。
しかし、そんな些事よりもライアの様子にしか目が行かないニスは、美しい顔からだらだらと色んな液体を流すライアを心配する。

「ラ……ライアは……だ、い…じょうぶ…なの…?」
「ご、号泣してるぞ…!」
「問題無い…意識はある」

ギャリアーの困惑を、グンカが経験上問題ない範囲だと諌めた。

盛り上がる衣裳部屋の扉の前に、中の会話を聞いている者が居た。周囲を通りがかる劇団員たちが怪しんでいるがそれを気にも留めず、得られた情報を手帳に書きこんでいる。

「……あの女が似た服を持っている?」

サラの楽屋から去り、衣裳部屋で2人から話を聞こうと思っていたハナミである。手帳にはニスの名前がギャリアーの名前とセットで記入され、ニスからワンピースという文字に繋がっている。

「確か…このニスって女は…出自が空欄になってたな…もしや…海を渡る運び屋の可能性も…?」

もう少し調べる必要があると考えたハナミは、暫く立ち聞きを継続した後、手帳に書いてあるスケジュールを一通り確認した。

「…長期休み以来だな…リリナグに行くのは」

ハナミは、バッツの盗品の疑惑がサブリナからリリナグ、それ以上に広がっている事件の可能性があると考えた。
近くあるリリナグでの合同訓練にて、リリナグへ訪問する予定を利用し捜査する事にした。
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