ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第25話 誰が為の枷

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炎天下の中、ニスはグンカと共に服屋に来ていた。
すれ違う人々は楽しげにビールの小瓶を回し飲みして盛り上がる。

「…暑くなればなるほど、羽目を外す輩が出るのが常だな」

グンカの制帽から汗が伝っている。ニスもじんわりと汗をかいている。
夜勤明けの午後、グンカが制服の刺繍が解けたと言うので、ニスは買い物籠を持って連れられて来た。場所はニスがこの町に流れ着いた当初に衣服を買い入れた店、【リリナグリリィ】。2人の間は相変わらず手枷で一定の距離に保たれ、側から見れば仲睦まじい友人以上恋人未満の関係に見間違う。店の店主ライアは、ニスの事も、以前は付き添いだったグンカの事も覚えていた。

「いっしゃい、ニス。そちらの方も」

ライアはグンカの素性を既知だったが、相手にとっては初対面なので、名前を呼ぶのは遠慮した。グンカは袋から警備隊の制服を取り出してライアに見せた。

「こちらを直してもらいたい」

胸ポケットに縫われていた警備隊のシンボルが、一部千切れてしまっている。

「ええ、勿論。今妹が奥に居るからチャチャっとやって貰うわ、待ってて」

大柄な店主が奥に下がると、ニスはグンカがライアを前にしても、特に驚いた様子がない理由を聞いた。

「有名だからな、この店の姉妹は。外を歩いていれば、誰もが振り返る」
「…大っきいもんね」

グンカは横目でニスを見下ろす。後ろで束ね損ねた髪がニスの首から服の中に流れている。たった一筋の髪だが、グンカは気になった。

「髪が乱れている」
「?……これ」

指先で赤い髪を後ろに払う。ニスはそれで良いようで、品揃えが変わった衣服を見比べている。

「…仕方のない奴だ」

せめてひと纏まりに見えるよう、流れた髪を束に添えてやろうと手を伸ばす。手枷の嵌められた方の手を。

「痛たたたたっ…!」
「わ、悪いっ」

なんの気無しに伸ばした手は、ニスの肩と手首を捻る体勢になってしまった。片腕を背後から拘束され関節を極められるニス。グンカは慌てて手を下に下げると、目を細めて抗議の眼差しで見つめるニスと目がかち合う。

「っ……!」

珍しく感情を露わにする赤髪の女にたじろいだグンカは、バツが悪そうに今度は正面に向かい合って立ち、自由な方の手で髪留めに触れた。

「…直してやる」

ニスが自分で出来ると伝える前に、手袋を嵌めた手が髪留めを奪う。途端広がるニスの赤い長髪。良い香りの香油で手入れされているので、解放された瞬間ふわりと香った。

「じっとしていろ」

グンカの手が両側から髪を纏め、首の後ろに残る数本も綺麗に掬って髪留めを取り付ける。

「ん……まだ残っているな」

影になって見え辛いので何度か試した後、ニスを引き寄せて頭の後ろを確認しながら付けると今度は上手くいったようだ。満足気に纏められた髪を見た後身体を離すと、ニスはグンカが見た事のない珍しい表情をしていた。

「…それは、どういう顔なのだ」
「……顔?」
「口を引き結んで…目を開いて…」

グンカはニスの首の後ろに手をやって、親指で顎を上に少し押した。そうすれば下向き加減のニスの顔がよく見えた。

「…」

何の顔なんだ、と始めは純粋な疑問だけで見下ろしていた。しかし、ニスが困った様に目を逸らすので、ふと冷静に今現在の状況を顧みた。澄ました顔で平静を保っていたグンカだったが、内心は焦り始める。公の場所でこの状況はいけない、しかし引っ込みもつかない。この格好が必要だった何かしらの答えを出さなければ、とグンカはあれこれ理由を考える。

「……ッッ!?」

突如ニスがグンカを見上げた。引き結んでいた唇が軽く開き、赤い舌がのぞく。

(…少し濡れている)

と頭の中で思ってしまうと、余計そこを注視して見てしまう。今度はグンカが口を引き結んだ。

(…聴取では)

例のギャリアーとのキスシーンを目撃したグンカだが、2人が唇を重ねただけでない事は、後で聞いた。「情熱的な感じのやつ」とはギャリアーの言である。

(この唇で、舌で……)

グンカはニスの後ろ首を掴むと、きっと目尻を上げて高圧的な態度でニスを睨む。何故だか苛々が湧き上がってくる。

「……今、改めても問題ないな…?」

ニスの目が見開かれる。

「……」
「えっ……」

ニスに動揺が見られる。それの原因は店内だからという理由か、それとも疾しい事を隠しているのか。

「あ、後で……お家でじゃ、だめ?」

瞳が横に正面に行ったり来たりする。

「……この手枷が煩わしいだろう。私もだ」

グンカは手枷が嵌められた手でニスの背を抱く。

「疾しい事が無いならば……この場で証明しろ」
「……」
「……」

リリナグの陽気に当てられるのか、気温が高くなればなる程に、人々は開放的になってくる。本日はここ1週間で1番暑い日だった。グンカの額の汗が頬に流れて止まった。

「……お直し、終わりましたよ?」
「うあぁっ……!?」

背後からした声と、頬に何かが押し当てられる感覚に、ビクッと身体を震わせて後ろを向いた。

「ッ………!!!」

グンカは借りて来た猫のように大人しくなった。遠目には見た事のある有名人が、すぐ近くで自分を見下ろしている。身体にはニスの白いワンピースと似た衣服を纏っていた。

「…」

姉以上に上背があり、リリナグリリィで服飾担当をしている妹ベンガルであった。猫背ではあるが、グンカの制帽の天辺を余裕で見下ろせる。

「……どうぞ」

手渡された制服は、元通り警備隊のマークが綻びなくそこにある。以前よりもワントーン明るくなり、金の刺繍が輝いている。グンカは圧倒されたまま「感謝する」と伝えると、「どうも」と請求書を渡された。

「……宛先は警備隊でいいんですよね?」

姉のライアよりさらに大きい彼女の登場に固まるニスをチラチラ見ている。

「あ、ああ…問題ない」
「……おねえさん、今日はあたしが作った服なんですね」
「……え」

ベンガルは請求書が片付くとすぐにグンカへの興味を失った。最初からグンカ本人への興味はないと言ってもいい。

「……折角ならあのワンピース着て来て欲しかったなぁ。それならすぐに見られるのに」

側に下げられているスカーフの中から一枚を取ると、ベンガルはニスの腕を曲げて、両脇に大きい掌を差し込み、身体を持ち上げた。ニスは固まって置物のように移動させられる。

「ちょ、ちょっと待て!その者が移動すると私も移動しなければならんっ!」

ベンガルは2人を繋ぐ手枷を握りながら移動する。ニスには手枷が食い込む痛みは無いが、グンカはベンガルに着いて行かないと強制的に引き摺られる。ベンガルはレジの裏に置かれている専用の椅子に座った。ニスは膝上に。

「分解はしないので、あのワンピース暫く貸してほしいです。お礼はこの髪がおしゃれにもなるスカーフでどうですか」

ベンガルはニスの髪留めを取ってレジのテーブルに置くと、手櫛で髪を梳きながら頭の中でスカーフの柄が映えるのはどちらか想像する。一昔前に流行った歌を鼻歌で歌いながら、デザインを書き留めておくノートに、イメージ図を描く。鉛筆をサラサラと走らせスカーフの色を塗ると、レジの横の壁にあるフックに掛かるヘアゴムを一つ取った。デザインは決まった。

「…あのワンピース可愛いです。刺繍が細かくて綺麗で。今着てるワンピースは試作で、おねえさんインスパイアです」
「インス…?」

聞き慣れない単語に首を傾げる。長い髪を三つに分けて、スカーフも一緒に編み込んでゆく。手際よく進められるヘアメイクにグンカも思わず目を見張る。最後に分けた髪が交わる部分をゴムで縛り、余ったスカーフをニスが付けていた髪留めの下に潜らせる。

「うん、可愛い」

きちっと纏められ、三つ編みのラインにスカーフの柄がアクセントになっている。ニスは後ろから三つ編みを前に持って来てじっと見ている。

「……」
(…気に入ったのか?)
「で、どうですか?ワンピース貸してくれます?」

ベンガルはニスの腹に腕を回して、肩口から顔を覗き込む。さり気なく胴回りのサイズを測っている。

「うーん……」

グンカは意外だった。ニスならば何の引っ掛かりもなく、貸し与えそうな雰囲気があった。悪く言えば何にも執着が無い。手放すのを嫌ったのは装飾貝とワンピース。どちらも元からニスが持っていた品だ。装飾貝の方は親の思いが込められている、恐らくニスに与えられた品で、ワンピースは?グンカはそのワンピースにも何か意味がありそうだと思った。

(この二つがこの者が何処から来たのかの手掛かりになりそうだ)

グンカはまだニスの調査を諦めたわけではなかった。逮捕するため、というものではなく、この町に居ても良いかという判断材料を得るための調査である。勿論罪を犯した場合は問答無用で警備隊である自分が捕まえるつもりである。もしその時が来たらグンカは警備隊規則に則り行動するだろう、対象にどんな思いを抱いていても。

「どうです?おねえさん」

ベンガルはニスの頭に頬を乗せて答えを待つ。

「…解かない?」
「解かないです。どんな縫い方してるのかなって見るだけ」
「…返してくれる?」
「分析が終わったら返しますよ。すぐにとは無理ですけど」
「…なら、いいよ」
「やったー!ありがとうおねえさん」

最後にニスをぎゅっと抱きしめて、さあ行こうと立ち上がる。

「い゛っ」

ゴン!と鈍い音を立てて頭部が天井に衝突した。

「だ、大丈夫か、おま、君達…」

音は二つ分重なっていた。純粋に天井の高さが足りていないベンガルと、抱き上げられていたニスの分である。

「どうしたの?」

音を聞きつけてライアが出てくる。妹とニスが頭を抱えている姿を見ると、2人の頭に手を当てて撫でる。

「もう…天井は気を付けないっていつも言ってるじゃない」
「おねえちゃんサイズなのがいけないんだよ…あたしサイズに作ってくれればよかったのに」
「店の奥は高くしてもらったんだから我慢なさい。…ごめんなさいは」
「おねえさんごめんなさい」

ベンガルはニスに謝罪すると、脇を持ってグンカに帰そうとする。

「お返し」
「……何故私に?」
「…店の中でイチャイチャしようとしてましたよね?警備隊なのに」
「違うッ!!」
「え、警備隊じゃないんですか?コスプレ?」
「くっ…!!」
「ごめんなさいね、うちの妹まだチャムちゃんと同い年で思春期なの」
「え゛っ…」
「大人に逆らっちゃう年頃なのよ。まして貴方と刺繍の事で話したかったのに、その…とても仲が…ある意味良い…というか…」

ライアの視線は2人を繋ぐ手枷に向いている。

「これはただ付けられているだけよ…」
「えっ…ど、どういう事かしら…?」
「…逃亡防止」
「はぁ……!」

ライアは口に手を当てて悲痛な表情になり、美しい柳眉が下がった。中央で流行っている恋愛本に出てきた、常軌を逸して束縛する恋人をそれでも愛してしまう女にニスを重ねて見ていた。面倒見のいい彼女はいまだ自身の妹と小競り合いを繰り広げるグンカの手首とニスの手首を持った。

「…愛ってね、信じる心が大切なの」
「はあ?」

悲しげに細められる目に、語りかける口調。それにグンカは渇いた返事を返した。

「貴方たちがそれで乗り切って行けるならば、それも一つの方法でしょうけれど…」
「先程から何の話を?」
「…ニス、貴方の思いを聞かせて…!」
「?」

何が始まっているのか興味が無いニスは首を傾げた。
ベンガルは「可愛くない…せめてもっと素材を変えるとか…」とぶつぶつ言いながら2人の手枷を見ている。 

「おもい…?」
「この束縛を貴方は受け入れているの?」
「……仕方なく」
「な!貴様納得したではないか!」
「抑えて抑えて」

予期せぬニスの裏切り?に激昂するグンカの肩をベンガルが揉む。制服の下の筋肉を確認して、そのスタイルに合うコーディネートを想像する。人の身体に触れると色々なアイディアが浮かんでくる性質のベンガルは、常に身体を触らせてくれる人間を探している。最近一番触りたいのは、創作意欲が高まるワンピースを着ていたニスの身体で、膝に乗せていた時は全身の感覚が段階を踏んで高まり、アイディアがどんどんと湧いてきた。

「できれば素っ裸にひん剥いて、全身を採寸したい…触りたい…」

ベンガルの独り言はグンカに聞こえなかった。聞こえていたら補導対象となっていただろう。
ニスの気持ちを聞いたライアは、今度はグンカに問いかける。

「ニスは逃げる様子を見せるの?」
「今の所は無い、が」
「逃げる必要がないから…」

「なら、何の為に枷を掛けるの?」

何の為に。
グンカの中で答えは決まっていた。この町の平和の為である。
しかし、それは揺るぎ無い答えではなかった。そういう自覚があった。

「……何故」
「これは誰の為の枷?ニスの安全の為?それとも…」

「おにいさんの心の安心の為?居なくなったら悲しいから?」

内心を揺るがす推測が、胸にストンと落ちてきた。
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