ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第24話 酔いどれ達の宵と明け

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ギャリアーはベッドでウトウトとしながら、先に眠りに落ちた2人を見ている。引っ越して以来手入れがない花壇を海風が撫でる。サワサワと囁くような夏の音が、心地よい眠りに誘おうとしている。

「…ふあ……まさか2人が畑仕事好きとは」

ギャリアーは目を瞑って3人で話した事を思い出す。酒が入って重い口が僅かに軽くなったグンカは、意外にも花の種類に詳しく、あれが好みだ、これを育ててみたいと話す。また、放置された花壇に何か植えないのかとギャリアーに問う。

「中々手が回らなくてな。このリリナグは常夏だろ?雑草抜くのもキリがない。伸び過ぎた頃に切る位だ」

ニスは窓の方を見て少し考えると、この気候に合う植物を思い浮かべた。ギャリアーはニスのコップとグンカのコップに減った分の酒を注ぐ。

「…きゅうりを植えたら?」
「何故きゅうりを……だが荒らし放題というのも見栄えが悪い」
「ん~……じゃあ、一回綺麗にしてみるか?」

丁度明日はグンカの仕事は休みで、ギャリアーの店もたまの休業日。時間は取れるだろう。

「まず、きゅうりが今の所第一候補か」
「家庭菜園にするならば、育て易いのは小粒トマト、ナス等か」
「…花はいいの?」
「花はプランターを用意すればいい。それに敷地の空いた場所にでも植えられる」
「じゃあ明日は種苗店に行ってみるか」
「うん」
「…っ……もう0時を回ったな」

グンカが欠伸を噛み締めた。先程から眠たそうに、ぼうっとテーブルの上のイカ刺の残りを見ている。

「今夜はゆっくり眠るとするか。…二日酔いにならないと良いけど」

3人は遅い時間ではあるが、順々に入浴して寝床に着いた。ギャリアーはいつもより寝つきがいい2人の様子を見て、自分も寝ようと布を掛ける。酒の力もあり、ギャリアーは一気に眠りに落ちて行った。



ニスは夢の中で海に居た。
リリナグの透き通った水色の海とは違い、少し青が強い海。
その海岸を竿と桶を持って歩き、異国の漂流物を珍しそうに見る。
映像が切り替わり、次の場面では岩場で釣りをしていた。
手製の竹竿、餌は練り餌、良く知ったポイント。
釣った魚が桶の中で自由に泳ぎ、それを狙う3羽のカモメが辺りでニスの様子を伺っている。
時折岩礁に当たった波が、白い飛沫となって足元を濡らす。
それを払うようにサンダルを履いた足を振り上げる。
竿先がくいっと揺れた。
底が見えない岩場で、根がかりを起こさないように底物を釣るのが得意だった。それを手土産にすると喜ぶ人がいた。
横にある焚火には、釣って直ぐにしめた魚が焼かれている。
魚の目には、炎とニスと、波と、広い海と、さらに遠くの一艘の小舟が映る。
ニスは一際激しい飛沫に顔を上げた。
見慣れぬ船が、島に近付こうとしている。

ニスはここでいつも夢の世界である事を自覚する。

ニスは竿を置いて岩場を走る。
転びそうになりながら、岩と岩を飛び移って砂地を目指す。
後ろで焚き火が燃えている。
魚は炎に炙られて、生き生きとしていた黒い目はこの瞬間にも白く濁ってゆく。

船はこの島の裏山に漂着する。
この島に残る伝承と信仰が眠る聖地。
駆けようとも駆けようとも船に辿り着けはしない。
すれ違う島民はニスに語りかける。

「ニースーーーー、ーーーーー!」
「ーーー!ーーーーーー!」

棘のある言葉がニスを拘束し、その場に倒れ込む。
地面に這いつくばるニスを見下ろして、口惜しいと語る白布で顔を隠した女達。
その中に木彫の飾りを手首に纏っている女が居る。
その女を見たニスは、砂を噛んででも前に進もうとする。

すると胸元から貝が落ちる。
見ると、閉じられていた筈の二枚貝は僅かに開いている。
白布を被った女達が山に向かう。
木彫の飾りをつけた女も。
ニスの瞳は昏く沈み、鋭く吊り上がり、山を睨む。
二枚貝はいつの間にか開いていた。
獲物を捕食する、蛇の横顔のように。
そしてそれは、ニスに向けて口を開けている。
瞳は、昏く、鈍く、揺れる。
ニスはそこに溜まる紅に口付けようとして…

「い゛っっ!!?」

突如顔面を襲う衝撃に飛び起きた。
ニスは鈍い痛みに両手で顔を覆って悶絶する。

「~~~っ!」

ニスは完全に覚醒した。
一体自分に何が起こったのか確かめるために、顔を覆う指の隙間から状況を把握する。

「なっ、なにっ……!?」
「すぅ…」

ニスが居た寝床にはグンカの腕が侵攻している。ニスが顔を覆って反対側に転んだので、自動的に伸ばされたようだ。証拠はない、ただ状況的に犯人は1人しかいない。ギャリアーはベッドで今も眠っているのだから。

「~~っ……!」

ニスは顔を片手で抑えながら、グンカの腕を気を付けの様に胴体に密着させた。そして自分の寝床に寝転がると、グンカの腕が動かないように手枷で繋がれている方の腕でしっかりと胸に抱く。ニスは少し怒ったようにふん、と鼻を鳴らすと、目を閉じた。一度覚醒はしたがまだ身体に酒が残っている。ニスはじんじんとする顔をグンカの肩につけてすやすやと眠った。

朝日が昇り、一番早く起きたのはグンカだった。ポストに新聞が投げ入れられる音がして、薄く目を開ける。

「……頭が痛い」

グンカは二日酔いになっていた。宴会でも普段より酒の量が多かったのに、さらに帰宅してから2人に付き合って飲んだのが決定づけたようだ。ガンガンと痛む頭を擦る。時間を見ると朝の6時前だった。

「もう少し…眠っているか……ん…?…腕が…痺れている…?」

グンカは痺れた腕を見ると、腕に額を当てている赤い頭が目に入る。

「……」

グンカはぼおっとする頭で考える。
目の前のニスは安らかに眠っていると思いきや、顔をしかめたり、ぎゅっと目を瞑ったりしている。
グンカの腕をしっかりと抱いて。

「…まったく……寝相が悪いとは………仕方ないが」

痺れる腕はあと1、2時間くらいならば大事ないだろうとそのままに。

「?……赤くなっている」

まさか自分の肘がニスの顔面を襲ったとは思いもしないグンカは、その赤くなった場所を親指で軽く撫でた。
赤い場所に掛かる髪を払って、グンカは再び目を瞑る。

眠っている時に何かを掴む癖がある彼は、間近にあったニスの手を掴む。
再度起きた時、ニスは顔を擦りながら窓の外を見ていた。


「よし、じゃあ草むしりを始めてる係と、種苗店に行く係で分けるか」

ギャリアーとニスは二日酔いのリスクから逃れられたようで昨日と変わらず元気そうだ。ニスに至っては既に草むしりをしている。グンカは顔色悪く、ぎゃりあー宅の壁に凭れ掛かっている。

「ニスは草むしりな」
「うん……!」

ニスは日差し対策でギャリアーの麦わら帽子を被って、花壇の面積の半分程の草をむしった。時折軍手で汗を拭って顔に土が付着している。

「どうする?俺が行ってくるか?家で休んでてもいいぞ」
「草むしりは任せてほしい……!」

ニスは「根絶やし……根絶やし……」と呟きながら雑草を抜く。

「いや、私が行こう…ある程度の知識はある」
「そうか…じゃあ俺はニスとここに居るよ」
「きゅうり……」

グンカはずきずきと痛む頭を抱えて1人種苗店に向かう。


港町リリナグには、市場、住宅街から離れた場所に大規模農場がある。町の外からも勿論食料が届けられるが、主に賄っているのは町の農場である。農場の敷地の側には牧場もあり、山菜が取れる山がある。海での漁もできる。国の端の町といえども資源に恵まれた肥沃な土地である。

グンカが向かっているのは、警備隊も利用している店。詰所の前のプランターに植えられた花はその店で買い付けた株だ。

「もし」
「あらお久しぶりで…警備隊の方」

【リリナグヴェルヴィ種苗店】を営む姉弟のうち、販売担当の弟スミが店番をしていた。グンカに気がつくと、齧っていた饅頭を皿に置いて、お茶を一口。口を餡で汚しながらレジから出てきた。

「…ついている」
「おや」

グンカが指で自分の口元をトントンと触れて見せると、スミはレジにあるメモ用紙を一枚取って、それで口を拭いた。

「今日のお探しは?」
「家庭菜園をしようと思っている。きゅうりと…あと数種類…3種類程、初心者でも育てやすい野菜の苗が欲しい」

グンカのリクエストに、スミは顎に手を当てて考える。

「うちって近所でしたよね?プランターですか?」
「いや、今は海岸沿いだ。プランターは花用に買いたい」
「海沿いね……地植えで?」
「ああ」
「植える場所は元々畑ですか?」
「花壇だ。暫く手入れされていない」

スミは成る程と、条件を整理して必要な商品をグンカに提案する。

「まず土ですね。花壇なら多分花用の土の可能性高いし。それと肥料。支柱に…」

並べられた商品の中から必要だと考えられるものをグンカの目の前に並べて置く。

「まず家庭菜園の分です。野菜の苗はある程度簡単なもの用意出来ます。あまり栄養がない土でも育つものを。そこに新しい栄養ある土を混ぜて、定期的に肥料を撒けば、他の品種と見劣りしないサイズになるかもです。どれだけ手をかけ目をかけですけど」
「それで頼む」
「候補は?」
「きゅうりは必要。後は、ナス、トマト…、」

幾つか野菜を言うと、スミはその中で2つ、お勧めで1つの野菜を提案する。

「きゅうり、ナス、トマトでいいと思います。あと結構育って収穫も期待出来るのがししとう。油で炒めて醤油かければ立派な料理です」
「醤油…いいな、それを貰おう」
「ありがとうございます。…運びますか?」

この店は町中ならば無料で配達を承っている。この店からギャリアー宅の花壇までは少しばかり遠い。まだグンカの頭はズキズキと痛む。

「いや、私が運ぼう。花を見せてくれ」
「はいはーい。今入っているのが、こんなラインナップです」

冊子を渡されると、グンカは慣れた手つきで捲っていく。警備隊として、個人として何度もこの店を利用している。

「そういえばユウト無罪放免にしてくれたとか」
「ああ…よく知っているな」
「幼馴染ですもん、情報は入ってきますよ。兎に角…感謝です」

スミがグンカに手を合わせる。

「……被害者がそうしていいと言ったからだ。私の一存ではない」
「でもでも、盗みなんてヤバいじゃないですか。ユウトん家町中でも競合多い飲み屋だし、良くない噂はイメージダウンでしょ?店の。悪ガキの自覚は有りますけど、犯罪ってまた違いますからね。兎に角良かった」
「…友人か」
「大親友っです」
「ならば、悪童も程々にするようにと伝えておいてくれ。……折角接客の才能があるのだから、それを良い方に生かすように」
「はーい」

この話は後日ユウトの耳に入る事となる。ユウトは当然だと、軽く流したが、頭の片隅にグンカのあの制服を思い浮かべた。


2人は花壇だけと言わず、店の裏手全面と店の全面も綺麗に整えた。グンカが土と苗、プランターと肥料、支柱の棒を手に戻って来た時には、山盛りとなった雑草の山を、ニスが一カ所に集めてギャリアーが燃やしていた。辺りは草の匂いで充満している。

「貴様ら……随分と気合が入っているな…」
「凝り性なんだよ。一旦始めるとどうしても全部やりたくなる」
「綺麗になったでしょ……?」

ギャリアーとニスは誇らしげに庭と花壇を見せる。グンカは気の抜けたもの達だと思いながら、労うことにした。

「上出来だ。早速作業に取り掛かるとするか」

3人は買ってきた土を既存の土に混ぜ、畝を作り苗を植え、グンカのプランターにも花壇の土を詰めて肥料を混ぜた。プランターは裏口の扉のニスとグンカの竿が立てかけられているのと反対側の壁に沿うように置いた。

「よし、これでいいな」

ギャリアーが汗をタオルで拭いて肩にかける。ニスは2人の後ろで懐かしそうに菜園を見る。

「何の苗…?」
「きゅうり、ナス、トマト、店主に勧められたししとうだ。初心者用にあまり準備が必要ない品種を選んでもらった」
「毎朝水遣りしなきゃね…」

3人はひとしきり眺めて家の中に入った。冷蔵庫にある水の入った瓶を取り出して3人分注ぐ。冷水を飲んで一休みしていると、そういえばとギャリアーが切り出す。

「ニスの顔赤くなってるがどうした?ぶつけたか?」
「……」

ニスは答えず痛みのある場所を摩っている。グンカは仕方ないという物言いで話す。

「はあ……寝相が悪いから硬い床にぶつけたのだろう。子供じゃあるまいし……だが、本人は無意識の状態なので責めるにも責められん」
「………!」

ふう、とため息をついてグンカは喉を上下させ、冷水を飲み干す。ニスはまたどの口が、という顔でグンカを見ている。それに既視感を感じた。

「まあ、だいたいわかったよ」

2人の様子に昨夜何があったか察したギャリアーは、ニスに氷を削って入れた袋を後で渡してやった。




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