ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第13話 着替え

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ニスは手枷の跡の残る手首を摩りながら、チャムと共に店内を物色し衣服を見繕う。必要な最低限の衣服は、普段着と寝間着、動きやすい仕事着、それから下着。下着を最初に決めてしまって、それから仕事着、寝間着と決めて、最後に普段着を選ぶこととなった。

「これなんか可愛いよ!チラッと肌が見えるところがポイントで、身体にフィットするタイプだからスタイル良く見えて人気なの」

チャムの勧めるデザインは、彼女が好きな町の流行を追ったもので、この店に来るまでにすれ違った住人達の中にも、同様の装いの者が半数近い割合で居た。チャムが人気のデザインを数点選んでニスに渡し、試着室を借りようと店主を呼んだ。

「はあ~い、チャム」

ニスとチャムは天井を見上げるように、その店主を見上げる。衣装棚から出てきたのは、上背のある大柄な女店主で、首には計測の為のメジャーとメモ帳が下がっている。グンカやギャリアーよりも大きいその女性は、圧倒されているニスと挨拶するチャムを見比べて首をかしげる。

「あら、見かけない方ね。チャムの友達?」

そう!、とチャムは間髪入れず答えた。
返事を聞いて女店主は身を屈めてニスを見下ろした。身に着けているアクセサリーがシャランと音を立てる。

「ならスタイルを見ないとね…」

女店主が右に左に動くたびに、首に掛かったメジャーが顔の近くで揺れる。ニスの顔よりも大きい掌が、肩のラインから腕へ、アンダーからウエスト、腰回りを確認する。粗方サイズを把握した女店主は、ニスとチャムが持っている籠の中の衣服を見た。

「少しお直しとサイズ変更が必要ね。どうする?今会計したら昼過ぎには用意できるわよ?」
「どうしようか」
「…頼める?」
「ええ、勿論。それと詳しく採寸する場所があるから、試着室に行きましょう」
「私はグンカさんの様子見てくるね!」

チャムと別れて、ニスは女店主と共に複数ある試着室の一つに入った。カーテンを開けた先は人4、5人が入れそうな広い個室で、巨大な女主人の背がぎりぎり届かない位の高さもある。正面には大鏡があり、ニスと女主人が映っている。

「ちゃんとしたサイズが測りたいから、ワンピースの上を脱いでくれる?」

ニスは了承すると、髪を一つに纏めて首の後ろにある留め具を露出させる。女主人が肩甲骨ほどまでに連なった金具を一つ一つ外していく。採寸の間、女店主は世間話をする。

「私は店主のライア。貴方名前は?」
「ニス」
「よろしくニス。チャムの友達だって言ってたけど、この店は初めてよね。隣町の人?」
「いえ…もっと遠くから」
「そうなの。この町へは観光で?どこの宿に泊まっているの?」
「…観光、そうね。宿泊施設ではなくて、個人の家にお邪魔してる」
「あらいいじゃない。どのあたり?」
「…海の近くの、喫茶店と宝飾店のところ」

女店主ライアは、頭の中で地図を思い浮かべると大体の場所の見当を付けた。チャムの友人という事は、喫茶うみかぜに泊まっているのだろうと思った。

「この服の量ってことは暫く滞在する予定ね?また入用だったら店に来て。この店の服半分位は妹が手掛けてて、オーダーメイドにも対応してるから」

ワンピースを脱ぐと、ライアがニスの両脇に腕を入れてメジャーを巻きつける。身体の前側で交差させ、計測した数値をメモ帳に書きこんでいく。それを何度か繰り返し、今度は腕の長さを採寸しようとメジャーを当てると、ニスの手首にある赤い跡に気付いた。

「どうしたの、これ…赤くなってるわよ」

ニスの着ているワンピースの袖口は詰まっていない。
手で抑えていたにしても範囲が狭く、直線的だった。

「見た目ほど痛みは無いから大丈夫よ…」

ライアはニスが大丈夫と言うので、きっと買い物袋でも肌に食い込んだのだろうと思った。長期滞在ならば、この店で一式を買い込むのにも納得できる。

「それならいいけれど…、よし、採寸終わり。こちらでサイズを取り換えてお直しするから、後で取りに来てね。店の閉店時間までなら渡せるわ」

ニスはワンピースを再び着ようとして、少し考えた。これから町中に戻るのなら、このワンピースより動きやすい服の方が都合がいい。衣服を畳んで回収しているライアに、着ていきたいと申し出る。

「そうね、ならそのワンピースはこっちで預かるわ。刺繍が綻んだら勿体無いからね」

普段着の中のスポーティな衣服に着替えたニスは、おまけで貰った髪留めで髪を纏めて店先で待っているグンカとチャムに合流した。2人はニスを待っている間、チャムが派手な服をグンカに当てて品評するを繰り返していた。この店に来た時点よりグンカは気疲れしていた。ニスがお待たせと言って手首を差し出すと、素早く縄を結んで店の前から移動する。チャムはまだまだグンカに試してみたい服がある様子だった。早く立ち去らねば、とニスの方を移動させチャムは名残惜しそうに店を見ながら2人の後を追う。

「あ、お姉さんワンピースから着替えたんだね。あたしの見立て通り、似合ってる!」
「む…」

着ていた服が変わっている事に、チャムの話で初めて気づいたグンカは、チャムの着せ替え人形にされていた事で、疲労が溜まり気が緩んでいた。改めて気を入れなおす意味で制帽を被りなおした。チャムはニスが手ぶらな事に気づき、服は?と聞いた。

「…買った服も着ていた服も店で預かって貰ったわ」
「なら少し足を伸ばしても大丈夫そうだね…う~ん」

チャムは近くに雑貨屋や日用品を扱っている店が幾つかあると言い、何処に行くか迷っている様子だった。

「次は何を買おうか?」
「そうね……」

2人が考えていると、時計を見たグンカが進言する。

「【リリナグ・ピオン】に寄るのだろう?店内に入る予定ならば、手が空いている今が見て回り易いが」

潜源石を使った宝飾に置いて町一番の老舗高級店。
そんな場所に大荷物を抱えて入るのは流石に気が引けると、チャムも賛成した。

「そうだねえ~、高級店を見てから行こうか」
「ええ…」

先ほど通った道を戻って店の前に移動すると、変わらず彫像の周りを人が囲っている。3人はその人垣に合流すると、同じように彫像を見上げた。4つの内の一つ、ガラス玉を天に向かって掲げている彫像それ自体も、技巧を凝らした素晴らしい美術品である。台座の部分には、作品名、作者の名前、制作された年月日が記されている。

「……すごい」
「綺麗だね~、今週はグリーン系で統一してるのかな。どのガラスにも葉っぱが入ってる」

短い言葉ながら感嘆するニスの横で、グンカが解説する。店の前の彫像は、全て【リリナグ・ピオン】の技師達が制作したもので、技術もさることながら、突出した芸術的センスを披露している。潜源石のガラス玉は毎週中身が変更され、彫像の方は半年に1回入れ替えられ、元々あった彫像は【リリナグ・ピオン】の保管庫で次の展示に向けて大事に保存される。

「この4体の彫像も初めは店内にあったらしいが、多くの人々に楽しんで貰いたいと、店の前の道路を町から買い取り整備をした後、展示するようになった」
「太っ腹だよね」

チャムがしみじみと口に出す。丁度その時、店内から纏まった数の団体が出てくる。

「今なら空いているだろう。入るぞ」
「ええ」

グンカが先んじて店に向かおうとするが、チャムが腕を掴んで引きとめた。

「…行かないのか?」
「高級店にこんなもの付けて入ったら追い出されちゃうよ!絶対外して」
「…」

グンカは渋々手枷を外した。

「よし…ゼロが何個か多いけど、堂々としてなきゃ…!」
「?」

チャムの緊張した様子に首をかしげるニスに、グンカはため息を吐いて手枷を制服のポケットにしまった。入りきらない分はグンカの手首に伸びている。

「…そんなに気負わんでもいい、購入する際に店員に声を掛けるシステムだ」
「そう…」
「ピアス等の小さなアクセサリー類の中なら、高価だが手を出しやすい価格帯の品もある」
「贈り物で貰ったって人多いよね」

3人は店のドアを開けて店内に入る。中には先に入っていた見学目的の観光客や、高級品を身に着けた身形の良い客、小物を物色する地元民等幅広い層が居た。チャムは1人興味の赴くままに店内を見て回り、ニスとグンカは連れ立って店内の商品を見ている。
まずは人の少ない大物から。ニスはチャムの言うゼロが多いを、値札を見て納得した。ニスはそれ以降値段は見ずに、商品の形を確認し説明書きを読む。

「…観光と言った割には、あまりじっくりと観察しないのだな」

ニスの一つの商品を見る時間が短いことに目を付けた。ゼロが連なる商品は、目を奪われるような美しさを放っているが、ニスは表面を見て説明文を読み、すぐに隣の調度品を観察する。誰か後ろに並んでいるわけでもないのに、急いで見ている様子だ。グンカの疑いに対し、ニスは淡々と答える。

「買う予定が無いから」
「……」
「貴方は昼過ぎまで一緒にいるのでしょう…?これだけ広い店内だから、すぐに時間が来てしまう……から」

大物を見終わると、次は中型。これもまた短時間で通り過ぎてゆく。

ニスの以前見たガラス玉はあくまで指輪サイズ。そして獣の装飾。どれにも当てはまらない大型~中型の商品はニスの関心を引かない。小型の商品の飾ってある場所では、チャムが一つの商品をじっと眺めている。2人はチャムに近付いて、両横から見下ろした。2人に気付いたチャムはショーケースを指差す。

「これが気になるんだよね。小指につけたら可愛いかなって」

指輪だけが飾られているケースだった。一つ一つ素材やデザインによって値段が違い、それだけ見れば手の届く価格である。

「…これは、完成品ではないぞ」

グンカがショーケース横のテーブルに置いてあるパンフレットを開いて見せる。そこには、好きな指輪を選んでその上にモチーフを飾り宝石や潜源石を入れる商品だった。

「えっそうなんだ。じゃあ、装飾込になると…」

予め用意されたモチーフの価格を見て、それからオーダーメイドの価格を見る。

「か、可愛くない価格……!」

チャムがショックを受けている横で、ニスはグンカに渡されたパンフレットを読み込んでいた。モチーフには種類があり、自然を題材にした伝統的なデザインやハート型、ダイヤ型等が多い。動物を模した装飾の一例も紹介されていたが、顔が全く違う。

(これじゃない…もっと獰猛な顔の…)

次のページを捲ると、オーダーメイドについて書かれていたのでそれを読む。モチーフの種類を指定可能、写真や実物、絵などを用意すれば、より希望に沿ったデザインに対応できると記されている。

「……目当ては見つかったか?」
「…いえ、素敵だと見ていただけ」

ニスの探し物はこの店には無かった。若しかしたら、あの獣の指輪の持ち主が製作を依頼した可能性はある、とだけ。

3人が店を出る頃には、時計の針が12を指していた。グンカは戻らなければないらない時間だ。

「……私は詰所に戻る。お前達は買い物を続けるのか」
「うん。まだ行きたい所もあるし」

グンカは時計を見て、退勤時間を確認した。

「…夕方には退勤だ。その頃警備隊詰所か、その近くに居たら、運搬の手伝いをしよう…では」

そう言ってグンカは、返事も聞かずに警備隊詰所のある町の入り口の方へ早足で歩いて行く。ニスとチャムは顔を見合わせて、どういう風の吹き回しだと怪訝な顔をする。

「……私達は何時頃帰ればいいの?」
「お昼代も入ってるって言ってたから、夜までに帰ればいいんじゃない?」
「…なら、持ちきれない時は手伝って貰いましょうか」
「…そうだね!じゃあ美味しそうなお店探そう!」

2人は雑踏に紛れて、買い物がてら町を観光する。賑やかで華やかな町の景色の中に、チャムはニスを引っ張ってゆく。



仕事を終えたグンカは部下に指示を残して退勤した。警備隊の詰所には2人の姿はなかったが、近くにいるかもしれないと辺りを見渡す。

「グンカさーん!」

道の先からチャムが手を振る。
その横にはニスも居た。2人に近付き、袋2つ分の荷物を受け取ろうとしたが、ニスは自分で持つと言う。チャムの分の荷物を受け取り、後一つ、ニスの荷物に手を伸ばす。

「…そんなに重く無いから」

遠慮するニスに苛々しながら、よこせ、と言って袋の取手部分を掴む。

「ならこうすれば良いよ。グンカさんも前やってたし!」

チャムとニスがグンカを挟んで横並びになり、袋の取っ手を分け合って荷物を持つ。チャムとグンカで一つ、ニスとグンカで一つ。暫く歩いていると案の定グンカが文句を言い出す。

「……歩きにくい!それに無駄に道の幅をとっている!」

ぶつぶつと小言が五月蝿いグンカと笑うチャム。ニスは2人の方を向いて言う。

「2人とも…今日はありがとう」
「楽しかったよ!1人で入りずらい店も色々行けたし、お昼も美味しかった~」
「……フン」

3人は夕日に照らされた港町を歩く。時折2人を知る人物に声を掛けられながら、家路に着くのであった。










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