ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第12話 ようこそ、港町リリナグへ

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トクトクと静かな音を立てて、3つのコップに湯気立つコーヒーが注がれる。ギャリアーはその内の2つを持ち、ソファの前のテーブルに置いた。自分は台所の台に身体を寄せて、2人の方を向いて立っている。口に合うかと様子を見ると、丁度ニスがコップを持って口を付けるところだった。片手でコップの取っ手を掴み、ふうふうと小さく息を吹きかけて冷ましている。一方グンカは、淹れたばかりで熱湯の温度のコーヒーを、熱がる素振りもなく飲んでいた。正反対の二人を見ながら、ギャリアーはコーヒーを少しだけ口に含む。比較的高価な珍しい品種の豆で、その味は複雑。親しい知り合いに飲ませ、美味いと言ったのはウォーリーとユウトだけだった。偶々店に来ていたランとユンの双子も味見をしたが、ランは終始首をかしげて、ユンは高そうな味がすると言っていた。チャムは紅茶の方が好きだとだけ。美味と不味いどちらに転ぶのかギャリアーは2人の反応が見たかった。

「どうだ、味は」
「酸味が強くて不味い」
「ニスは?」
「……苦くて酸っぱい」
「ハハっ!ここに居る全員平凡な舌で助かる」

グンカが少しむっとした表情となったが、「ほら」と豆の品種が記された袋を渡される。産地や説明書きなどを読み、最後に値段の所を見て静かに返却した。


そこに居る全員が美味いと感じないコーヒーを飲み干して、使用済みのコップを洗うと、ギャリアーはテーブルの横、ニスの斜め前に腰を下ろした。繋がれていない方の手に封筒を渡す。封筒を見て、これはと聞くニスにギャリアーがこれからの説明をする。

「必要な物色々あるだろ?一通り揃えられる金額が入ってる。これからチャムと一緒に買い物に行って来てくれ。チャムならいい店をよく知ってるからな。その封筒の中の金額で足りない時は、チャムがうちの店につけてくれるよう話すから」
「…貰えないわ」
「いいんだよ。これから色々手伝ってくれるみたいだから、その駄賃だと思ってくれ」

ニスはじっと封筒を見た後、ワンピースの胸元から装飾貝を取り出した。その際、丁度衣服の中が見えたグンカは視線を横に逸らした。

「この表面の飾り…換金は出来ない?」
「気にしなくていいんだが…どれ…」

ギャリアーが貝を受け取り観察する。

「よく見たら外れる場所があるのか」

貝のコーティングに後付けされた装飾の横に、装飾を縁取る枠を固定するための金具があった。枠は一部盛り上がりのある場所のカバーにもなっている。

「開けていいか?」

ニスの了承を得ると、ギャリアーは金具を外した。グンカも何が入っているのか興味があるようでギャリアーの手元を見下ろしている。

「…これは」

枠を取り外すと、カバーになっていた部分に小さな宝石が幾つか嵌められていた。

「…なにかの縁起物か?こんなに綺麗なのに隠してるってことは」
「ええ…生まれた子の父親が、娘の幸せを願って貝を贈る。この隠された石は、その子自身で幸せを見つけられるようにと意味を込めて…」
「成程……いい品の訳だ」

ギャリアーは装飾と宝石一つ一つを鑑定する。嵌められた石は1つ2つ高値が付くものがあったが、原石を型に嵌まる様に加工されたものであり、宝石として売ると考えた時、もう少し値を上げるにはさらに加工が必要だ。しかし、この宝石は誂えられた装飾と一体となってこそ美しい。手を加えれば、この装飾には2度と嵌まらなくなってしまう。ギャリアーとしてはこの物の持つ意味を考えても、売却に大きく賛成は出来ない。ニスが所持しているという事は、彼女に為だけに作られた、想いの籠っている品だろう。

「う~ん……売れることは売れるんだが…勿体ないな…、でもこの装飾貝ごとなら、結構な値が付くだろうが…」
「そう……なら、中の紅を取って手放した方が…」

ニスが言いかけた時、グンカが装飾貝を指差して思い出したことを口に出す。それはこの貝殻の中の口紅の毒性の調査で、偶然発見した。

「ならば、金を売ればいいのでは?」
「…金?」

ニスはグンカに聞き返す。ニスがこの町に流れ着いた経緯を考えても心当たりがない。

「…知らんのか?その口紅の下に埋まっていたが」
「見てみよう…」

ギャリアーが仕事用の予備のピンセットを持ってくると、紅の中から慎重に硬度のある物を探す。あまり紅の表面を乱さないように中を探っていると、摘まむ部分にコツンと何かが当たった。それを引く抜くと、紅に塗れて金色の表面が見えた。

「あった…」
「これは…どうして…」

ギャリアーとニスが驚いた表情で固まる。グンカは何でもないように説明を続ける。

「調べたら純度の高い本物だった。貝自体や装飾部分を手放したくないならば、そちらでいいだろう。持ち主本人も存在を知らなかったのは不可思議だが」

グンカは疑いの目でニスを見る。

「…」
「町の交換所で売るには鑑定書が要るからな、今日の所は戻しておこう。これをどうするかは後日考えると良い」

ギャリアーは口紅の一番下に金を戻して、紅の表面を綺麗に整える。貝を閉じて、装飾を元に戻すとニスに返した。

「そろそろチャムも来る頃だろう。出かける準備を…」

言いかけた時、裏口の扉からギャリアーを呼ぶ声がした。

「来たみたいだな」

扉を開けると、いつもの喫茶うみかぜと書かれたエプロンを外した普段着のチャムが居た。ギャリアーが招き入れると、チャムはソファの2人を見て「今日からよろしく、御向かいさん」と手を差し出した。2人はそれぞれに差し出された手に応えようと、手首が繋がれた方の手を同時に出す。

「っ!」
「…」

しかし、2人を繋ぐ縄の距離が足りずに空中で引き合いになって止まった。チャムは枷を見て、ニスを見て、ギャリアーを見て、最後にグンカを見た。その目は悲しげな色をしている。

「束縛気質なんだね、グンカさんって……。ねえ…こういうのあまり良くないと思う……。あたしは程よい距離感ってのが大事だって聞いたよ…?これはちょっと近すぎる…かな」
「職務の為だ…!」
「…趣味じゃないの?」

グンカはチャムに盛大に抗議した。それは怒り心頭に発するといった様子で、隣に座るニスはその音圧に身体が傾いていた。



本来チャムとニスの2人で町を回って買い物をする予定だったが、グンカは釈放初日という事で、付き添うと言って聞かない。

「グンカさんお仕事に戻らなくていいの?警備隊の人困っちゃうよ」
「本日午前は見回りとした。午後は詰所に戻らねばならないが」
「…もう3人で行ってこい。荷物持ちはしてくれるだろ」

今日は日差しが強いからと、ギャリアーはニスに帽子を被らせた。麦藁で出来たつばの広い帽子で、風に飛びやすいからと紐が付いている物だ。

「行ってくるね!」
「気を付けてな」

ギャリアーが店から見送る中、チャムとニス、そしてグンカの3人は中央市場に向かって歩き出した。相変わらずグンカとニスの間には手枷がついている。チャムはその枷を見て、グンカに疑問をぶつけた。

「…それ、外でも付けるの?」
「当然だ、逃亡の危険があるからな。私の勤務時間以外はこうして繋いでおく」
「お姉さんはそれでいいの?」
「まあ……釈放してくれるって言うから」

ニスの言葉に一瞬キョトンとしたチャムは、パッと笑顔に変わってグンカに耳打ちする。

「可能性ありだね!」
「は?」
「ふふふ…」
「…またよからぬ事を考えているな」
「善き事良き事…ほら、グンカさん町案内してあげて。自慢の町なんだから!」

グンカはニスを見下ろした。チャム達の会話に耳を傾けながら町の様子を眺め、時折振り返る事もある。反応は大きく無いが、他の観光客同様に物珍しそうに町を見ている様だった。

「…貴様、この町の名前を聞いた事もないのか?」
「無いわ…」

グンカは何故自分が、と思いつつニスに町について話し始める。

「…港町リリナグ、大陸の端に位置する。年間通して気候は温暖、寒気でも15度は下回らない。漁業、観光業が盛んで、潜源石の加工品は町の特産品。来月には気温が更に上昇して、海水浴客が多く訪れる時期が始まる」

チャムが説明を付け足す。

「最近も多いけど、これからもっと人増えるからね!喫茶うみかぜは海の直ぐ近くにあるから、それからが稼ぎ時!海岸にも出張販売に行ったりして」
「…警備隊も出動する機会が増える忙しい時期だ」
「酔っ払いのトラブルがね」
「全く迷惑な…」
「あ、安心して!ギャリアーはいつも叔父さんの介抱係だったから、暴れることはないよ」

チャムが叔父ウォーリーの酒でのエピソードを披露し、それをニスは頷いて聞いている。

「叔父さん泣き上戸だから、寝かしつけるまでが大変で…」
「着いたぞ」

チャムの話を聞いていたら、一行は賑わう市場のエリアへと足を踏み入れていた。

「先ずは服かな。こっちの通りに行こう」

チャムの先導に2人はついて行く。グンカはこの町の住人の為慣れたものだが、ニスはこれだけ人が大勢行き来する場所は初めてだった。人並みに押され、グンカに引っ張られながらついて行くのがやっとだ。

「…あっ」

ましてヒラヒラとしたワンピースは人混みを抜けるには適さない。ニスは片方の手でワンピースを畳みながら進む。肩に掛けていた布まで持ってきていたら、あっという間に人波に攫われていただろう。

「……」

見かねたグンカがニスの手首を掴み、強く引き寄せる。
グンカの身体に衝突したニスに腕を差し出した。

「捕まっていろ。私の見回り時間内に買い物が終わるようにしたい」
「……ありがとう、隊長さん」
「フン…」

腕を組んだ2人は、チャムの少し後ろをついて行く。グンカの背に隠れる様に進むニスは、偶に人と肩が擦れる程度になり、辺りの様子を見物する余裕も生まれる。

「……本当に沢山あるのね、あのガラス玉」

特に住人も観光客も集まる市場の中央。至る所に土産物屋が構えられ、ギャリアーの作る物とは違い、小さなガラス玉に紐をつけた様なシンプルなものが多い。

「此処は手に入り易い安価なものが中心だ。専門店に行けば値は跳ね上がる。純度が高く、容量の多い品、調度品等を求める客は町の小路へと入っていく。中央の地価は高いからな、個人の工房は住宅街にある事が多い」
「…1番高い店も?」
「それは別だ。工房も販売店も中央市場にある。あれだ…」

グンカが指差す方向には、3階建ての立派な建造物の前に優美な彫像が並んだ、【リリナグ・ピオン】という名前の店舗があった。店の前には人集りが出来ている。しかし入っていく人はちらほら、と言った程度だ。

「周りに人は居るけれど…」

ニスの言わんとする事に、グンカが答える。

「この店自体が観光地のようなものだ。彫像をよく見てみろ」
「……みんなガラス玉を持ってる。かなり大きな」
「そうだ。明るい昼間には水や花を入れたもの、夜には火を入れたものと交換する。中の物質の流動の仕方にも拘っていて、近くで見るとその美しさがわかる」

彫像の周りに集まる人々は一様に上を見上げている。ニスも観光客としてこの地を訪れていたならば、同じように見上げ歓声を上げていただろう。しかし、此処に留まる目的は観光では無い。

「後で寄るか?」
「店には入れる?」
「見学だけしていく者も大勢居て、販売スペースとは別に、店お抱えの職人が制作した非売品の展示もしている。店は気にしないだろう。彫像目当ての客も次第に店内に流れていっているだろう?」

ニスの目的は第一に、獣の装飾が付いた特別なガラス玉の作者を探す事。
観光客が訪れる店ならば、尋ね易い。
話を聞いていたチャムが、2人に聞こえるような大きな声で呼び掛ける。

「もう直ぐ着くよ!高級店は服を選んでからね!」

ニスは市場のメインストリートから外れた通りにある、小型の店舗に案内された。店先には様々な柄の派手な服が畳んで並べられ、地元住民らしき女性客達が物色している。チャムは慣れたように商品を一つ見て戻すと、ニスの手を引いて店内に連れて行く。

「ここはリーズナブルで、種類が豊富なの。店の前に出てる派手なのが多いけれど、奥にはシンプルなのもあるよ。お姉さんはワンピースのイメージだからそっちかな」
「…中は広いのね」
「じゃあ、グンカさんは近くで待っててね」
「同行するが?」

ニスと腕を組んだままのグンカが、チャムを見据えて言う。

「あのねグンカさん、お姉さんは逃げたりしないから大丈夫。あたし達色々見たいの!」
「……確かに、色々ね」

ニスもチャムと同様の想像をしている。居ても別段どうこうは言わないが、チャムが嫌がっている。

「何だ貴様ら、結託して」

察しの悪いグンカに強引に手枷を外させて遠ざけ、ニスと2人で服を見繕ってゆく。グンカは店先の、目が痛くなりそうな派手な服が並ぶ場所で2人の様子を伺っていた。



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