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不思議な同居編
第11話 枷付きの釈放
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「おはよう~朝が来たわよ~」
早朝、ユンとランがニスの入っている牢の前に立つ。
釈放に関する手続きは滞りなく終わり、後はニスの開放と所持品の返却が残っている。
「ニス、釈放の時間だ…用意はできているか?」
ニスは立ち上がって頷く。時折傾眠しつつ、相変わらずぼんやりと壁を見て夜を過ごしたニスの目の下にはクマが刻まれている。ランは寒さのせいで眠れなかったのかもしれないと思い、少し申し訳ない気持ちになる。牢の世話係の者が朝食の膳と、畳まれた衣服を回収し奥に下がる。
「うむ。時間前にちゃんと起きたようで感心」
ニスはこの牢に収容されてから貸与されていた、飾り気のない衣服から、この町に来ていた時に着ていた、白いレースのワンピースに着替えていた。
「それと…これはお前のショールか?海岸に流れ着いていたのを漁師が発見したそうだ。町では落とし主が名乗りでなかった」
ランに手渡された真っ白な布。ニスのワンピースと同色で、細やかな美しい刺繍が施されている。花の形の違うバラ達や、可愛らしい小花の群れ、鈴に似た花、それらの中に蛇が潜んでいる刺繍だ。ニスは刺繍の部分を撫でて、何処にも綻びが無いのを確認した。特に蛇の部分は花以上に繊細な刺繍であり、相応の手間がかかっている。
「…私の」
ニスはそのショールらしき布を抱きしめて、それから肩に掛ける。本来の着用方法ではないが、刺繍のワンピースと揃いで違和感はない。海水に浸かり砂も付着していただろうが、ワンピース共々綺麗に洗濯され皺も伸ばされていた。ニスがそれを問うと、ランが「私が…」と言った。
「折角綺麗な装いだからな…それに服はこれしか無いようだし…」
「…ありがとう。大切なものだったの」
ニスが礼を言うと、ランは短く返事をして牢の扉を開ける。一歩足を踏み出しユンの前に立つと、ユンはポケットから取り出した手錠の鍵を見せた。外すのかと思い手首を前に出すと、ユンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「これはちょっと事情があってね~…詳しくは待機所で話すわ~」
「?…」
「…久しぶりに職権乱用を見た」
「ね~?前の隊長の時は、日に2、3回は乱用してたから~。楽しい人だったけどね~」
「…良くはない、良くはないのだが、な」
「あれとはまた乱用の仕方がね~」
2人だけが事情を把握し、具体的な話の無いニスはぼんやりと疑問符を浮かべたが、職権乱用はこの手錠に関わる事なのだろうと、なんとなく予想はつく。肌寒い牢獄を後にして、警備隊待機所への扉を潜った。
ニスはユンと向かい合って座ると、別の警備隊員が鍵がかかった箱を机に置いた。ユンは箱の鍵を開けて、中に入っている押収品の中から「ニス」と名前が記入されている袋を取り出した。透明なその袋の中には、ニスが所持していた装飾された貝殻が入っている。
「まずはこれ返すわね~」
ユンは机の上に貝殻を置いて中を見せる。ユウトが口紅を指で掬った跡がある筈が、表面は平になっていた。
「所持品ってことで、中にある口紅を調べるために少し貰っちゃったの~。ごめんなさいね~」
「…それはいい、調べるためなら」
「協力感謝します~」
ニスは手錠を掛けられたまま、貝殻を手に取る。ワンピースのポケットに入れようとしたが入らなかった為、胸元を開いてそこに入れた。ワンピースは胸の下で締まるデザインをしている。下に滑り落ちる心配はない。
「…」
ユンがニスに釈放について話しているその横で、腕組みして威圧感を放っている人物がいる。ニスがワンピースの胸元を開いたときは、静かに他方を向いていた。昨日も部下に叱責を受けたが、素直にいう事を聞く気はないとみられる。ランは当然の様に同席するその人物に、一応の注意をしておく事とした。
「…隊長、今の時間は居ない筈ですので」
ニスの釈放に付き合っているのはグンカだった。昨日ユンとランに超過勤務を指摘され、強制退勤にされたばかりだが、悪びれもせず堂々と立っている。ユンに「居ない筈の人にはお茶は組んであげませんよ~?」と言われても、口を出そうとして「皆のお仕事の邪魔しちゃ駄目ですからね~」と隅に追いやられても待機所に居た。
「あと30分で勤務開始だが、私の裁量で只今からとした。…退勤時間は変更していない」
グンカは制帽と制服を整然と着こなし、ユンの話が終わるのを待っている。ランは呆れて溜め息をつき、町中の巡回に行く準備をした。呆れは勤務の件と手錠の件、両方に対してだった。
「…ということで釈放します~!それじゃあ~居ない筈の隊長、続きをお願いします~」
「ああ」
ユンが席を立つと、代わりにグンカがその場所に腰を下ろす。グンカはニスの手錠の鍵をユンから受け取って、その鍵を机に置く。ランが二人の座るテーブルに近づき、ニスに別れの言葉をかける。
「達者でな…昨日話した事は、本人には秘密にするようにっ」
「…?」
ニスはどの話だろうと首を傾ける。その様子を怪訝な顔で見るグンカ。
「わ、私の尊敬する方の事だっ」
ランは極めて小さな声で耳打ちした。
「…私も喫茶うみかぜには度々食事に行く。その際はギャリアーの所にも、お前の様子と隊長の様子を見に訪れる。隊長の言う事を聞いて大人しくしているんだぞ。…では」
ランが去ると、グンカがニスに何を話していたと聞く。
「…元気でって」
「それだけではないだろうが、まあいい。これから貴様を探る時間は幾らでもとれる」
ニスはその言葉に気圧される様子はない。暗い瞳がギャリアーの制帽ごしの目を見ていた。
グンカは居住まいを正すと、ようやく本題に入る。
「…仕方なく、貴様を釈放する。私はまだ貴様を町に置いて安全だとは思っていない」
「…」
「釈放はする…だが、見張り付と言う話は聞いたな?」
「ええ…」
「私の判断でのこと、主にその役割に着くのは私だ。それ故、昨日家主殿と交渉し、貴様の監視の為同居することになった」
「…」
「しかし、それでも不十分だと…私は考えている」
グンカは手慰みに机の上の鍵を指先で弄び、金属の輪と鍵がカシャン、カシャンと何度も擦れる。目の前に座るニスは何を考えているのか、ただグンカをぼんやりと眺めている。
「さらに保障が欲しい」
釈放されたニスには、真っ直ぐギャリアーの宝飾店に来るように伝えてくれとランに話していた。
「ここに来るまで道案内を付けてくれるって言ってたが、それにしては遅いな…」
昨夜3人が帰った後、ギャリアーはニスが暮らすための準備を進めていた。取り敢えずの寝床は、家の奥から以前使っていた物を引っ張り出して用意はできた。日用品もストックがある物はそれで対応できる。足りない物は早いうちに揃えておきたいと、昨夜のうちにチャムに頼んでいたことがある。ギャリアーは喫茶うみかぜと書かれたコップ2つをスタンドにかける。先に掛けられているターコイズカラーのうみかぜコップとは色違いで、マゼンタカラーとパープルカラーだ。それぞれ店名の下に、1周年、2周年、3周年と文字が入っている。
「一応アイツの分も用意したが……持参するっても言ってたしな」
3周年のパープルカラーのコップを仕舞おうかと考えていると、裏口のドアに着いているノッカーがコンコンと音を立てる。ギャリアーはコップをスタンドに戻してドアを開けると、そこにはニスが立っていた。
「いらっしゃい、何とか釈放されてよかった。まずは上がってくれ」
「ああ、失礼する」
ニスの返事より先に、その背後から聞き覚えのある声がした。ギャリアーは身体を横にずらして、ニスの右後ろを見た。
「…隊長さんか」
「今日よりこの者共々世話になる、家主殿」
「…宜しく」
グンカとの同居に対し本当は断固反対の立場のギャリアーは、渋々了承の返事をして家に招き入れた。ニスが履き物を脱いでいる横を、旅行鞄を片手で持ったグンカが追い越して足を踏み入れた。
(どうせこの人のことだ、家中調べるんだろうな…)
特に見せられない物は無いが、難癖をつけられるのは面倒だと、ギャリアーは疑いがかかりそうな物は工房に移動させた。それ故部屋のスペースが広がり、3人それぞれ必要な道具を置くためのスペースが確保できた。
グンカは一歩歩いた所で立ち止まり、キョロキョロと部屋の様子を伺っている。部屋の広さや、物の配置、数など情報を集めているのだろうかとギャリアーがグンカの視線を追っていると、ふと目に止まるものがあった。
「…何だそれ」
グンカの持つ旅行鞄に不自然なところはない。しかし反対の手首に見慣れぬ輪が付いていた。よく見るとそれはニスの手首にも付いており、二つの輪の間を縄が繋いでいる。
「まさか最初から自由行動が許される筈は無いだろう?」
簡素な縄が2人の手首を縛り、お互いの動きを制限している。逃亡防止の為、グンカが用意した品である。
「外してやれ…!それじゃあ拘束されてるのと変わらないだろ…!」
ギャリアーの憤りは、ユンやランの制止と同じ。明らかにやり過ぎだ、とグンカを責めている。今にもグンカの胸ぐらに掴み掛かりそうなギャリアーを治めたのは、ニスだった。
「待って……」
「…っ」
「暫くの間だけだって、この人言ってたわ…。だから大丈夫」
ニスの言葉を受けて、ギャリアーは推し黙る。
「それに……、」
「……分かって貰えたかな?」
余裕と勝ち誇る態度が声色に表れている。ギャリアーは悔しい思いを押し殺して、矛を納めた。ニスを引いて中に入っていくグンカだが、一つ気掛かりがある。
何故ニスは期間も決まっていない拘束を了承したのか。
グンカはニスを盗み見た。
初めて来た家の内部に興味を示す点は特別問題ある行動では無い。しかし、此処はニスが興味を示したギャリアーの工房に隣り合う、家主のプライベートな空間。見ていれば何か手掛かりが得られるかもしれないとグンカは期待している。
そんなグンカの視線には気付かず、目的を勘付かせず、ニスは足を踏み入れたギャリアーの部屋を眺める。非常にシンプルで、実用的な生活用品位しか表に出ていない。華やかな宝飾店を営む男が、作り上げた部屋とも思えなかった。
「荷物はそこに。こっちがアンタで、こっちがニス。まだ何も無いけどな」
ギャリアーが示したスペースに、グンカが旅行鞄を置く。広げるかと思いきや、置いただけで、部屋の家具の配置を見ている。
「そういえば、アンタ……寝床はどうする?ニスの分は家に元からあるのでなんとかなるが、アンタの分は用意してないぞ。自宅から運ぶなら前の店から荷車借りられるが…」
「結構。この鞄の中に一式揃っている」
グンカは片手で鞄を開けると、中からコンパクトにまとめられた敷布団、枕、肌掛け等睡眠に必要な物は全て揃っていた。他にも洗面用具に衛生用品、最低限の着替え等がそれぞれ纏めて入っている。歯磨き用のコップ迄用意していた。
「…ならこれは要らないか」
ギャリアーは3周年と書かれたうみかぜコップを棚に仕舞う。そして自分のとニスのを手に持って見せた。
「こっちのターコイズが俺の、こっちがニスのコップだ。此処に喫茶うみかぜ2周年って書かれてるだろ?この家に住む2人目って事で、2周年の方だ」
ギャリアーはチャムが後程来る予定なので、それまでコーヒーでも飲んで待っていろと言い台所にコップを置く。
「コーヒー……」
「砂糖は?」
「……そのままで」
「ミルクは?」
「……要らない、かも」
「俺と同じだな。アンタは?」
「……私も同様のものを」
「3人ともストレートか、初めての一致だな」
もう少し家の中を見て回りたかったグンカだが、ギャリアーに促されてニスがソファに座ってしまったので、同時にグンカも座って待つ事が決定した。
(……自分で言い出した事だが、面倒な)
ギャリアーが火の様子を見ている背後で、大人しくソファに座って待つ2人。グンカが腕を組もうとするとニスの手首が引かれ、ニスがワンピースの裾を直そうとするとグンカの手が足に当たり、段々とストレスが溜まってきたグンカは、ニスに提案する。
「埒があかん…!この繋がれた腕の主導権を交代制にする事を進言する!」
堂々と言い放つグンカに、ニスの目が細められる。
「…貴方が言い出した事じゃ無いの?」
ニスのその暗い瞳が、グンカには呆れているように見えた。火の番をしているギャリアーが、小さく笑う。グンカは一瞬言葉に詰まるが、攻めの姿勢は崩さない。
「…そうだ!しかし、一々引き合っていては面倒。時間を決めて交代した方が疲労も少ない」
「なら…いいけど…」
「最初はお前に譲ろう。…何かしたい事は?」
グンカはそう聞いた後直ぐに腕を組み、既にニスの手首が引っ張られた。ニスは、今度は本当に呆れた目をして言った。
「…静かにコーヒーを待つ。膝に手を置いて」
「……わかった」
ニスの遠回しな注意と、バツが悪いのか弱々しいグンカの返事。
ギャリアーは声をあげて本当に愉快そうに笑った。
早朝、ユンとランがニスの入っている牢の前に立つ。
釈放に関する手続きは滞りなく終わり、後はニスの開放と所持品の返却が残っている。
「ニス、釈放の時間だ…用意はできているか?」
ニスは立ち上がって頷く。時折傾眠しつつ、相変わらずぼんやりと壁を見て夜を過ごしたニスの目の下にはクマが刻まれている。ランは寒さのせいで眠れなかったのかもしれないと思い、少し申し訳ない気持ちになる。牢の世話係の者が朝食の膳と、畳まれた衣服を回収し奥に下がる。
「うむ。時間前にちゃんと起きたようで感心」
ニスはこの牢に収容されてから貸与されていた、飾り気のない衣服から、この町に来ていた時に着ていた、白いレースのワンピースに着替えていた。
「それと…これはお前のショールか?海岸に流れ着いていたのを漁師が発見したそうだ。町では落とし主が名乗りでなかった」
ランに手渡された真っ白な布。ニスのワンピースと同色で、細やかな美しい刺繍が施されている。花の形の違うバラ達や、可愛らしい小花の群れ、鈴に似た花、それらの中に蛇が潜んでいる刺繍だ。ニスは刺繍の部分を撫でて、何処にも綻びが無いのを確認した。特に蛇の部分は花以上に繊細な刺繍であり、相応の手間がかかっている。
「…私の」
ニスはそのショールらしき布を抱きしめて、それから肩に掛ける。本来の着用方法ではないが、刺繍のワンピースと揃いで違和感はない。海水に浸かり砂も付着していただろうが、ワンピース共々綺麗に洗濯され皺も伸ばされていた。ニスがそれを問うと、ランが「私が…」と言った。
「折角綺麗な装いだからな…それに服はこれしか無いようだし…」
「…ありがとう。大切なものだったの」
ニスが礼を言うと、ランは短く返事をして牢の扉を開ける。一歩足を踏み出しユンの前に立つと、ユンはポケットから取り出した手錠の鍵を見せた。外すのかと思い手首を前に出すと、ユンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「これはちょっと事情があってね~…詳しくは待機所で話すわ~」
「?…」
「…久しぶりに職権乱用を見た」
「ね~?前の隊長の時は、日に2、3回は乱用してたから~。楽しい人だったけどね~」
「…良くはない、良くはないのだが、な」
「あれとはまた乱用の仕方がね~」
2人だけが事情を把握し、具体的な話の無いニスはぼんやりと疑問符を浮かべたが、職権乱用はこの手錠に関わる事なのだろうと、なんとなく予想はつく。肌寒い牢獄を後にして、警備隊待機所への扉を潜った。
ニスはユンと向かい合って座ると、別の警備隊員が鍵がかかった箱を机に置いた。ユンは箱の鍵を開けて、中に入っている押収品の中から「ニス」と名前が記入されている袋を取り出した。透明なその袋の中には、ニスが所持していた装飾された貝殻が入っている。
「まずはこれ返すわね~」
ユンは机の上に貝殻を置いて中を見せる。ユウトが口紅を指で掬った跡がある筈が、表面は平になっていた。
「所持品ってことで、中にある口紅を調べるために少し貰っちゃったの~。ごめんなさいね~」
「…それはいい、調べるためなら」
「協力感謝します~」
ニスは手錠を掛けられたまま、貝殻を手に取る。ワンピースのポケットに入れようとしたが入らなかった為、胸元を開いてそこに入れた。ワンピースは胸の下で締まるデザインをしている。下に滑り落ちる心配はない。
「…」
ユンがニスに釈放について話しているその横で、腕組みして威圧感を放っている人物がいる。ニスがワンピースの胸元を開いたときは、静かに他方を向いていた。昨日も部下に叱責を受けたが、素直にいう事を聞く気はないとみられる。ランは当然の様に同席するその人物に、一応の注意をしておく事とした。
「…隊長、今の時間は居ない筈ですので」
ニスの釈放に付き合っているのはグンカだった。昨日ユンとランに超過勤務を指摘され、強制退勤にされたばかりだが、悪びれもせず堂々と立っている。ユンに「居ない筈の人にはお茶は組んであげませんよ~?」と言われても、口を出そうとして「皆のお仕事の邪魔しちゃ駄目ですからね~」と隅に追いやられても待機所に居た。
「あと30分で勤務開始だが、私の裁量で只今からとした。…退勤時間は変更していない」
グンカは制帽と制服を整然と着こなし、ユンの話が終わるのを待っている。ランは呆れて溜め息をつき、町中の巡回に行く準備をした。呆れは勤務の件と手錠の件、両方に対してだった。
「…ということで釈放します~!それじゃあ~居ない筈の隊長、続きをお願いします~」
「ああ」
ユンが席を立つと、代わりにグンカがその場所に腰を下ろす。グンカはニスの手錠の鍵をユンから受け取って、その鍵を机に置く。ランが二人の座るテーブルに近づき、ニスに別れの言葉をかける。
「達者でな…昨日話した事は、本人には秘密にするようにっ」
「…?」
ニスはどの話だろうと首を傾ける。その様子を怪訝な顔で見るグンカ。
「わ、私の尊敬する方の事だっ」
ランは極めて小さな声で耳打ちした。
「…私も喫茶うみかぜには度々食事に行く。その際はギャリアーの所にも、お前の様子と隊長の様子を見に訪れる。隊長の言う事を聞いて大人しくしているんだぞ。…では」
ランが去ると、グンカがニスに何を話していたと聞く。
「…元気でって」
「それだけではないだろうが、まあいい。これから貴様を探る時間は幾らでもとれる」
ニスはその言葉に気圧される様子はない。暗い瞳がギャリアーの制帽ごしの目を見ていた。
グンカは居住まいを正すと、ようやく本題に入る。
「…仕方なく、貴様を釈放する。私はまだ貴様を町に置いて安全だとは思っていない」
「…」
「釈放はする…だが、見張り付と言う話は聞いたな?」
「ええ…」
「私の判断でのこと、主にその役割に着くのは私だ。それ故、昨日家主殿と交渉し、貴様の監視の為同居することになった」
「…」
「しかし、それでも不十分だと…私は考えている」
グンカは手慰みに机の上の鍵を指先で弄び、金属の輪と鍵がカシャン、カシャンと何度も擦れる。目の前に座るニスは何を考えているのか、ただグンカをぼんやりと眺めている。
「さらに保障が欲しい」
釈放されたニスには、真っ直ぐギャリアーの宝飾店に来るように伝えてくれとランに話していた。
「ここに来るまで道案内を付けてくれるって言ってたが、それにしては遅いな…」
昨夜3人が帰った後、ギャリアーはニスが暮らすための準備を進めていた。取り敢えずの寝床は、家の奥から以前使っていた物を引っ張り出して用意はできた。日用品もストックがある物はそれで対応できる。足りない物は早いうちに揃えておきたいと、昨夜のうちにチャムに頼んでいたことがある。ギャリアーは喫茶うみかぜと書かれたコップ2つをスタンドにかける。先に掛けられているターコイズカラーのうみかぜコップとは色違いで、マゼンタカラーとパープルカラーだ。それぞれ店名の下に、1周年、2周年、3周年と文字が入っている。
「一応アイツの分も用意したが……持参するっても言ってたしな」
3周年のパープルカラーのコップを仕舞おうかと考えていると、裏口のドアに着いているノッカーがコンコンと音を立てる。ギャリアーはコップをスタンドに戻してドアを開けると、そこにはニスが立っていた。
「いらっしゃい、何とか釈放されてよかった。まずは上がってくれ」
「ああ、失礼する」
ニスの返事より先に、その背後から聞き覚えのある声がした。ギャリアーは身体を横にずらして、ニスの右後ろを見た。
「…隊長さんか」
「今日よりこの者共々世話になる、家主殿」
「…宜しく」
グンカとの同居に対し本当は断固反対の立場のギャリアーは、渋々了承の返事をして家に招き入れた。ニスが履き物を脱いでいる横を、旅行鞄を片手で持ったグンカが追い越して足を踏み入れた。
(どうせこの人のことだ、家中調べるんだろうな…)
特に見せられない物は無いが、難癖をつけられるのは面倒だと、ギャリアーは疑いがかかりそうな物は工房に移動させた。それ故部屋のスペースが広がり、3人それぞれ必要な道具を置くためのスペースが確保できた。
グンカは一歩歩いた所で立ち止まり、キョロキョロと部屋の様子を伺っている。部屋の広さや、物の配置、数など情報を集めているのだろうかとギャリアーがグンカの視線を追っていると、ふと目に止まるものがあった。
「…何だそれ」
グンカの持つ旅行鞄に不自然なところはない。しかし反対の手首に見慣れぬ輪が付いていた。よく見るとそれはニスの手首にも付いており、二つの輪の間を縄が繋いでいる。
「まさか最初から自由行動が許される筈は無いだろう?」
簡素な縄が2人の手首を縛り、お互いの動きを制限している。逃亡防止の為、グンカが用意した品である。
「外してやれ…!それじゃあ拘束されてるのと変わらないだろ…!」
ギャリアーの憤りは、ユンやランの制止と同じ。明らかにやり過ぎだ、とグンカを責めている。今にもグンカの胸ぐらに掴み掛かりそうなギャリアーを治めたのは、ニスだった。
「待って……」
「…っ」
「暫くの間だけだって、この人言ってたわ…。だから大丈夫」
ニスの言葉を受けて、ギャリアーは推し黙る。
「それに……、」
「……分かって貰えたかな?」
余裕と勝ち誇る態度が声色に表れている。ギャリアーは悔しい思いを押し殺して、矛を納めた。ニスを引いて中に入っていくグンカだが、一つ気掛かりがある。
何故ニスは期間も決まっていない拘束を了承したのか。
グンカはニスを盗み見た。
初めて来た家の内部に興味を示す点は特別問題ある行動では無い。しかし、此処はニスが興味を示したギャリアーの工房に隣り合う、家主のプライベートな空間。見ていれば何か手掛かりが得られるかもしれないとグンカは期待している。
そんなグンカの視線には気付かず、目的を勘付かせず、ニスは足を踏み入れたギャリアーの部屋を眺める。非常にシンプルで、実用的な生活用品位しか表に出ていない。華やかな宝飾店を営む男が、作り上げた部屋とも思えなかった。
「荷物はそこに。こっちがアンタで、こっちがニス。まだ何も無いけどな」
ギャリアーが示したスペースに、グンカが旅行鞄を置く。広げるかと思いきや、置いただけで、部屋の家具の配置を見ている。
「そういえば、アンタ……寝床はどうする?ニスの分は家に元からあるのでなんとかなるが、アンタの分は用意してないぞ。自宅から運ぶなら前の店から荷車借りられるが…」
「結構。この鞄の中に一式揃っている」
グンカは片手で鞄を開けると、中からコンパクトにまとめられた敷布団、枕、肌掛け等睡眠に必要な物は全て揃っていた。他にも洗面用具に衛生用品、最低限の着替え等がそれぞれ纏めて入っている。歯磨き用のコップ迄用意していた。
「…ならこれは要らないか」
ギャリアーは3周年と書かれたうみかぜコップを棚に仕舞う。そして自分のとニスのを手に持って見せた。
「こっちのターコイズが俺の、こっちがニスのコップだ。此処に喫茶うみかぜ2周年って書かれてるだろ?この家に住む2人目って事で、2周年の方だ」
ギャリアーはチャムが後程来る予定なので、それまでコーヒーでも飲んで待っていろと言い台所にコップを置く。
「コーヒー……」
「砂糖は?」
「……そのままで」
「ミルクは?」
「……要らない、かも」
「俺と同じだな。アンタは?」
「……私も同様のものを」
「3人ともストレートか、初めての一致だな」
もう少し家の中を見て回りたかったグンカだが、ギャリアーに促されてニスがソファに座ってしまったので、同時にグンカも座って待つ事が決定した。
(……自分で言い出した事だが、面倒な)
ギャリアーが火の様子を見ている背後で、大人しくソファに座って待つ2人。グンカが腕を組もうとするとニスの手首が引かれ、ニスがワンピースの裾を直そうとするとグンカの手が足に当たり、段々とストレスが溜まってきたグンカは、ニスに提案する。
「埒があかん…!この繋がれた腕の主導権を交代制にする事を進言する!」
堂々と言い放つグンカに、ニスの目が細められる。
「…貴方が言い出した事じゃ無いの?」
ニスのその暗い瞳が、グンカには呆れているように見えた。火の番をしているギャリアーが、小さく笑う。グンカは一瞬言葉に詰まるが、攻めの姿勢は崩さない。
「…そうだ!しかし、一々引き合っていては面倒。時間を決めて交代した方が疲労も少ない」
「なら…いいけど…」
「最初はお前に譲ろう。…何かしたい事は?」
グンカはそう聞いた後直ぐに腕を組み、既にニスの手首が引っ張られた。ニスは、今度は本当に呆れた目をして言った。
「…静かにコーヒーを待つ。膝に手を置いて」
「……わかった」
ニスの遠回しな注意と、バツが悪いのか弱々しいグンカの返事。
ギャリアーは声をあげて本当に愉快そうに笑った。
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生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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