上 下
79 / 92

閑話 動く王太子

しおりを挟む

 ――商業ギルド本部。貴賓室。

 庶民向けの施設としてはずいぶんと装飾にこだわった部屋の中で、この国の王太子・クルードは偉そうに膝を組んでソファに座っていた。

 ……いや、実際途轍もなく偉い人間なのだが、シャーロットが見れば『偉そうですねー』という感想を抱くことだろう。

 そんなクルードの両脇に座るのはアルバート・レイガルド公爵と、カラック・ラスター侯爵令息だ。どちらもクルードの側近であり、本来なら同じソファに座ることもないのだが……ここはクルードが座るのを許した形だ。王宮ならともかく、商業ギルドでまで格式張る必要はない。

 そんなクルードたちの前にいるのは商業ギルドのギルド長と、王都警備の任を受けた第一警備騎士団長。そしてシャーロットの花屋の向かいに黒猫亭という食堂を構える、元Sランク冒険者・・・・・・・・であるガロンだ。

「さて、知っての通り。先日シャーロットの店に暴漢が押し入った」

 なんとも底冷えのする声でクルードが話を切り出した。もちろん、ここで言う『暴漢』とはシャーロットに危害を加えたアリスだ。

 クルードはあの出来事を『姉妹喧嘩』で済ませる気はないし、マリーやヴァイオレットが動いているのだから穏当に終わる未来はない。だからこそクルードは伯爵家を潰すのはヴァイオレットたちに任せ、自分ができることをする。

 つまりは警備態勢の見直しだ。
 本来ならわざわざクルードが出しゃばる問題でもないが、それはそれ。自分が動いた方が早く終わるだろうという判断であった。あとはマリーとヴァイオレットにいいところを全て持っていかれるという危機感か。

「では、今現在の警備態勢について説明してもらおうか」

 その辺りについてはすでにアルバートから説明を受けているクルードであるが、現地の担当者から改めて話を聞くことにしたのだ。報告と実際では何か異なる可能性があるし、稟質魔法リタットで心を読めばシャーロットに対する悪意の有無を確認できるからだ。

 まずは商業ギルド長が滝のような汗を流しながら説明する。

「しょ、商業ギルドといたしましては、伯爵令嬢の店を『商売敵だ』と敵視することがないようギルド所属員に再三にわたって通告しております。また、旧友であるSランク冒険者・ガロンの店の近くに花屋を準備していただけましたので、いざというときにはガロンが伯爵令嬢を守ることができるでしょう」

 その辺の準備はアルバートが整えたのだろう。

 続いて、クルードはガロンに視線を移した。

「キミが黒猫亭とやらの店長かい?」

「おうよ――じゃなくて、そうです。元Sランク冒険者のガロンです。なにぶん卑しい生まれですので王太子殿下に無礼があるやもしれませんが」

「あぁ、その辺は気にしないから大丈夫だよ。……護衛をしてくれるとのことだが、あの暴漢が来たときは何かしてくれたのかな?」

「はははっ、これは手厳しい。ですが、俺はあくまで自分の店をやっている傍らでいいのならという条件でシャーロット――いや、伯爵令嬢の護衛を引き受けましたので。あの店の客として現れた女をどうこうすることはできません」

 未来の国王陛下から詰問を受けても平然とした様子で答えるガロン。さすがは元Sランク冒険者の胆力と言ったところか。

 ――こういう男は下手に媚を売ってくる連中より信頼できる。

 心を読んだ結果も問題なし。むしろ積極的に頼っていい人物だ。

 さっそく現地視察の成果を感じ取ったクルードは、警備担当の騎士団長に目を向けた。

「シャーロットの店舗の警備状況はどうなっているのかな?」

「はっ! 現在は近くの店に騎士一名が常駐し、即応できる体制を取っております! また、一時間に一度程度ではありますが巡回中の騎士が伯爵令嬢の店の前を確認する手はずとなっております!」

「なるほど」

 クルードとしては店の前に鎧装備の騎士を立たせておきたいのが本音。だが、彼らの本分は王都の警備警察活動であり、貴族令嬢の護衛ではない。あまり無茶を押しつけて王都の治安が悪化してしまうのも防がなければならないのだ。

 騎士団長が続いて店舗自体の警備態勢を説明し始める。

「あの店舗につきましては、レイガルド公爵閣下のご協力の下、万全の態勢を敷いております! まずは店舗のショーウィンドウガラス部分ですが、警報の魔術が施してありまして、何かありましたらこの魔導具が反応するようになっております!」

 あの店舗を準備したのはアルバートなのだから、彼が騎士団長と協力関係にあるのは当然か。

 騎士団長が取りだしたのは四角い箱に鐘がついたような形をした魔導具だった。あまり見慣れないものなのでついついクルードも興味を引かれてしまう。

「この魔導具はどんな風に反応を?」

「はっ! あの店舗のガラス部分に強い衝撃を受けますと警報音を発しつつ緑色に光ります! ガラスの破壊などがありましたら一段階上の警報音と共に赤く光ります! それを見て騎士が駆けつけることになっております!」

「なるほど、光って警報が――」

 クルードがその魔導具を凝視していたところで、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 光り始めた魔導具の色は、赤。――ガラスの破壊などを知らせる警報だ。

 即座に騎士団長が反応する。

「っ! 殿下! 謁見中ではありますが、職務がありますので失礼いたします!」

「あぁ、急いでくれ」

「中座しますこと、平にご容赦いただきたく!」

 掛けだした騎士団長を見送ってからクルードはアルバートとカラックを交互に見た。

「さて。シャーロットであれば暴漢程度なら制圧できるだろうが、一応私たちも向かおうか」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...