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事件

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 朝。
 いつものように起きて、浄化ライニの魔法でスッキリとした気分になってからお向かいの食堂、黒猫亭へ。

 サラさんと一緒に朝ご飯を食べていると、少し申し訳なさそうな顔をした店長さんが厨房から出てきた。

「シャーロット。すまんが今日の昼は臨時休業だ」

「何かあったんですか?」

 店長さんはギルドでもそれなりの地位にいるらしく、店を留守にすることもときどきあるのだ。……たぶん商業ギルドだけど、冒険者ギルドである可能性もなきにしもあらず。店長さんの実力というか頑丈さ的にも。

「なんかお偉いさんが来るみたいでなぁ。ギルド長と一緒に対応しなきゃいけないらしい」

「へー」

 偉い人で真っ先に思い出したのがクルード殿下だけど、いくら彼のフットワークが軽くてもまさかギルド長と直接面会することはないでしょう。

「お昼はサンドウィッチを作っておくからよ。あとでサラに持っていかせるぜ」

「わかりました。頑張ってくださいね」

「おうよ、任せときな! 商業ギルド長あのバカは頼りないからな、俺がケツを蹴り上げてやらねぇと!」

 がっはっはっと笑いながら腕を組む店長さんだった。

 ちなみにこの世界で言う『サンドウィッチ』とは前世の世界でのサンドウィッチと変わらない。ただし由来は『魔物討伐で功績のあったサンドウィッチ伯爵が馬上でも食事を取れるように開発した』となっているみたい。真面目だ……。真面目だこっちの世界のサンドウィッチ伯爵……。


                        ◇


 朝食後。
 今日も平穏な時間が過ぎていた。
 つまりはお客さんが来ない。平穏すぎて閑古鳥が鳴いていた。こんなはずでは……。

 作業台の端に置いてある額縁――殿下からいただいた初めての報酬に目をやる。まさかあの銅貨が最初で最後の収入になる可能性も……?

 何がマズいって、私自身にそれほど危機感がないことだ。だって週一回マリーのお仕事を手伝うだけで収入は十分だし。お客さんが来てしまうとマリーとヴァイオレットとのお茶会に参加できなくなるし。あまり忙しくなるとサラさんと一緒にお昼を食べることもできなくなりそうだし……。

 …………。

 いや、ダメじゃん。これじゃほんとに喫茶店になっちゃうじゃん。どうしたものか……。

「――相変わらずお客さんがいないわねぇ」

 と、悩む私にトドメを刺してくるサラさんだった。お昼のサンドウィッチを持ってきてくれたみたい。

「いませんねぇ。別の仕事があるので収入には困らなそうなのが何とも」

「羨ましい話だわ」

 やれやれと肩をすくめたサラさんがバスケットをテーブルセットの上に置いた。一人前にしては量が多いので、サラさんもここで食べて行くみたいだ。

 ちらり、とサラさんがお店のショーウィンドウから外を見た。視線の先にあるのは大工さんによる取り付けを待つ、今は外壁に立てかけてある看板だ。

「あの看板が取り付けられたら少しはマシになるかしら?」

「マシって……。まぁ、店長さんやドワルさんにも協力してもらって作ったのですから、効果がないと申し訳が立たないですよね」

 あー、もういっそのことアリスでもいいから来てくれないかなー。お花を買ってくれるならお客さんとして大切に扱うのになー。……という冗談は置いておくとして。

 そう、あくまで冗談。

 冗談のはずだったのだけど。

 視線を向けたままだったガラス張りのショーケース。そこから見える大通りに現れたのは金髪の美少女――、……アリス? 私の義妹のアリス・ライナ伯爵令嬢?

 ショーウィンドウの前で立ち止まり、店内を覗き込んでくるアリス。……あ、目が合った。

 途端に瞳を輝かせるアリス。嫌な予感がする。クルード殿下を前に逃げ出した苦い経験があるはずなのに、どうしてまたこの店に?

 そもそも、なんで馬車じゃなくて歩きなの? 殿下たちみたいに近くの駐車場に馬車を停めておくにしても、乗り降りの時は店の前で馬車を停車させればいいだけだ。乗降する程度の時間ならそんなに邪魔にはならないのだから。

 外というかアリスを見つめていた私をサラさんが訝しんだらしい。視線を外へ向け、アリスの存在に気づいた。

「……なんだか貴族っぽい女の子だけど、シャーロットの知り合い?」

「えーっと、一応妹ですね」

「……あまり似てないのね」

 そりゃあアリスはクリクリとした小動物系美少女だし、私とは違って可愛らしいですものね。うーん、自分で言っていて悲しくなってきたぞー?

 おっと、今はそんなことを気にしている場合ではない。またケンカを売りに来たのならサラさんを避難させないと。今からお店を出てもらうとアリスと遭遇してしまうから、とりあえず奥の作業場に――

 移動してもらおうとした私の動きが、ふと止まる。

 アリスの予想外の登場にばかり意識が向いていたけれど。よく見れば、彼女は屈強な男三人を侍らせているようだった。

 見覚えがある。
 伯爵令嬢としてではなく、冒険者として得た知識だ。
 実力がなくてダンジョンの奥に潜ることもできず、碌な魔物も狩れず……まともな冒険者としての道を諦め、犯罪に手を染めているのではないかと噂されるゴロツキ共。冒険者ギルドのマスターから女性冒険者に注意喚起されていたのだっけ。

 そんなゴロツキ共を、どうしてアリスは引き連れているのだろう?

「……入ってこないわね?」

 店の前で立ち止まったアリスの様子に首をかしげるサラさん。後ろのゴロツキには気づいていないのか、あるいは店長さんで見慣れていて気にならないのか。

「お姉ちゃんのお店には入りにくいのかしら?」

 いやぁ、アリスに限ってそれは無いと思いますけど。あぁでもこの前はいきなり殿下が登場したから警戒しているのかしらね?

「じゃあ私がお出迎えしてきましょうか」

 と、姐さん気質を発揮して入り口へと向かうサラさん。危険かも、と思った私だけど、さすがのアリスも赤の他人にケンカを売ったり暴力を振るったりはしない、はず。

「いらっしゃい。シャーロットが中で待っているわよ? え? ――きゃ!?」

 サラさんの悲鳴。
 アリスの指示を受けたゴロツキの一人がサラさんの後ろに回り込み、彼女の腕を捻って取り抑えたのだ。

「何をしているの!?」

 私が怒鳴りつけると、なぜかアリスは恍惚とした表情を浮かべた。……なんで? なんで怒られているのに嬉しそうなの?

 あまりにも常識からかけ離れたアリスの反応に愕然とする私。

 そんな私を嘲笑うかのようにアリスが店の入り口まで移動し、中に入ろうとした――直前、何かに気づいたかのように視線を横に移した。

 彼女が見つめているのは、店長さんやドワルさん、サラさんの協力で作り上げた看板だ。後日大工さんに頼んで取り付けてもらう予定で、今はとりあえず店の壁に立てかけてあるだけのもの。

 そんな看板をアリスは指さし、サラさんを抑えていないゴロツキ二人に何か指示を飛ばした。

 男たちが取りだしたのは、長柄の戦鎚ウォーハンマー。魔物の硬い頭蓋を砕くために冒険者が使う武器だ。

 そんな武器を、男はゆっくりと振りかぶり――思い切り、振り下ろした。

 看板に向けて。
 私の店の看板に向けて。

 破壊音が響き渡る。

 木板が割れ、破片が周囲に飛び散った。

「な、なにを……」

 唖然とする私に見せつけるかのように男はウォーハンマーを横に振るい、店のショーウィンドウを叩き割った。



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