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真実

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ある日、義父から電話がかかってきた。
「咲希さん、健吾が急遽、出張になったんだよ。着替えを3日分用意してもらえないか?」

「わかりました」

「荷物は、秘書の桜が1時間後に取りに行くから、それまでに頼むね」

「承知いたしました」
秘書の桜さんは健吾さんの幼馴染だ。昔、付き合ってたと噂話で聞いていたが、お互いに好きな人ができたから別れたらしいと…そんな話を聞いたことがある。

いつもは滅多に入らない健吾さんの部屋に入って支度をしようとクローゼットを開けてスーツケースを取り出した。服を用意してスーツケースを開けたら「えっ?」1年以上も前に書いた婚姻届が入っていた。
どういうこと?そういえば、私は免許証もパスポートもなかったからわからなかった。そういえば保険証は旧姓のまま、銀行も書き換えなんてしてなかった。それじゃあ今まで籍にも入ってなかったの?なんで?全然意味がわからない気持ちのまま健吾さんの荷物をまとめた。 時間ピッタリに秘書の桜さんがやってきた。
「桜さんこれ…健吾さんの荷物になります」

「あなた、まだいたんだ?」

「えっ?」

「健吾もその気もないのになんであなたと結婚したのかしら?」

「……」

「健吾とは今だに1週間に1度は会ってるけど、まぁ彼も忙しそうなのよね」

「それは…」

「あら知らないの?まぁ知らないのも当然か、基本あなたが寝てる時に会ってるんだから」

「あの…」

「健吾とはセックスしてる?最後に抱かれたのはいつ?」

「抱かれた…って」

「答えられないわよね?彼、性欲強いの、だから毎晩、誰かを抱いてないと気が済まないみたいでね。私とは1週間に2度、他にも2~3人セフレがいるみたいよ。それじゃあ私はこれで…」
そんな爆弾発言を落として桜さんは出てって行った。

セフレってなに?私とはしたがらないのに他の人とは出来るの?じゃあなんで結婚したの?ってか籍にも入ってなかったか…私が親がいなくて可哀想だったから?どうして?どうしてなの?

どのくらいそうしていたのかわからなかったが、いつの間にか部屋は真っ暗だった。そのままソファーで眠れぬ夜を過ごし、泣き腫らした目をサングラスで隠して私は確認する為に市役所に向かった。
市役所でもらった戸籍には私が結婚をしていた記録は全くなかった。そりゃそうだ婚姻届がそのままだったんだから、一応必要だろうと買ってくれた結婚指輪を外して、出されてなかった婚姻届を破ってテーブルに置いた。そして私は健吾さん宛に手紙を書いた。

〝健吾さん、今までありがとうございました。健吾さんがまだ桜さんと繋がっていたこと、セフレがいたことを知りました。私はそのことを理解することはできません。短かったけどありがとうございました。私の残りの荷物は全て処分してください。私達は籍も入れてなかったんですね。理由は分かりませんが…もうここには帰ってきません。さようなら  高橋咲希〟

私の使ってた茶碗や歯ブラシは全部捨てた。こういう時に24時間捨てられるゴミ捨て場があってよかったと思った。それから私の荷物だが基本、物が少ない私の整理は案外早く終わった。

「さて、どこに行こう…」

日の当たる部屋の真ん中で私は立ち尽くしてしまった。私には帰る場所なんかない。どこにも行くあてなんてない。ただ結婚に憧れを持っていた。幸せになりたかった。子どもも欲しかった。母みたいな親にならないようにと思っていた。結局、何も手に入らなかった。特に容姿がいいわけでもない。何か才能があるわけでもない。私には何もない……ただ、早くこの家を出て行かなくては、私の財産は独身時代に貯めた50万円しかない。働かないと生活できない。夕方少し前に家を出て郵便ポストに鍵を入れた。

健吾さんやお義父さん、お義母さん全ての連絡先をブロックした。そうすると誰も残らなかった。学生時代にいじめにあっていた私は友達と呼べる人はいなかった。誰か1人でも友達と呼べる人がいたなら、私も違う人生が送れたかもしれないのに…
どこに行こう…行く当てもなく歩いていた。

急に雨が降ってきて、近くにあったビルの中に駆け込んだ。雨はドンドン強くなってきた。足早にかけて行く人、傘をさして歩いている人、そんな人達を見ながら、そう言えば今日は雨が降ると天気予報のお姉さんがニュースで言っていたことを思い出した。折りたたみの傘、持ってくればよかった。
いつまでもこのビルにいるわけにはいかないと思って1歩踏み出そうとしたら

「傘、持ってないのか?」
声がした方に振り向くと、がっしりとした体型にTシャツとチノパンのラフな格好の背が高い男性が目に入った。この人…

「すみません」

「いや、別に謝らなくてもいい。雨宿りか?」

「はい。傘持ってなくて」

「そうか…その荷物…どこかに行く予定じゃないのか?傘、貸そうか?」

「いえ…大丈夫です」

「そんな警戒しなくていい。私はこういうものだ」

〝園田法律事務所〟と書いてある名刺だった。

「私は園田大輔。これでも一応弁護士だ」

「弁護士さん…あのときのお兄さん?」

「お兄さんって?」

「あっ…いえ…なんでもないです」

「もし困ってることがあるなら話くらい聞くが」

「大丈夫です」

「じゃあ」
雨の中、傘をさして弁護士の園田さんは行ってしまった。
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