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1章 謎の聖女は最強です!

伯爵、決意する!

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「そこの衛兵!急ぎ伝令をせよ!伝説のドラゴンが出現し、首都方面に向かった。私は至急首都へ飛ばねばならぬ。国境に見回りに行っている辺境騎士団の魔導士たちをすぐに呼び戻せ! 転移魔法の準備をさせよ」

 ディルはたまたま通りかかった衛兵たちに矢継ぎ早に指示を出す。どの指示も明瞭で的確だ。衛兵たちは慌てて敬礼をすると、命令を受け、猛然と走りさっていった。
 衛兵たちを見送ると、ディルとエミは待たせていた馬車に飛びのる。馬車はすぐに郊外の屋敷へと走りだした。

「ハクシャク、ドラゴンを倒しに首都に行くんでしょ? あたしも行きたい!」
「ダメだ。おそらく、あのドラゴンは100年に一度の災禍だ」
「じゃあなおさら聖女エミたその出番じゃん! 100年に一度の災禍って聖女が何とかするもんなんでしょ?」
「お前は、聖女としてすでに理不尽なほどに危険な目にあってきた。これ以上、危険な目にあわせたくない。私はお前を守りたいんだ」
「守ってくれなくても大丈夫だよ! ドラゴンってハンパないつよつよヤバキャラなんでしょ? あたしももしかしたら役に立てるかも……」
「……そうだな。お前はあの戦争を止めた聖女だ。役に立つかもしれん。しかし、……私はお前にはもう休んでいてほしい。お前を、大事に思っているからこそ言っているのだ」

 エミを見つめるディルの眼は優しかったが、その瞳の奥には有無を言わせない強い光があった。

「そもそも、100年に一度の災禍はサンクトハノーシュ王国の問題であり、お前たち異世界からきた聖女たちの問題ではない」
「でも……っ!」
「お前だって首都に良い思い出はないだろう。嫌な思いをすると分かっていて、わざわざ出向いてやる義理もない」

 エリック第一王子は一回ぐらい殴っておくから、とディルは言いかけたが、これは黙っておくことにした。
 いつも会話の絶えない二人の間に、珍しい沈黙が流れる。

「……あたし、別にあたしはエリックに婚約破棄されたことは気にしてないんですけど!」
「お前が気にしていないとしても、私が気にしている」

 ディルがきっぱりと断言する。ディルの決意は強固だ。エミが何を言っても、おそらく頑として首を縦に振らないだろう。
 ついに説得するのを諦めたのか、エミはしゅんと俯いた。
 ディルは、俯くエミの顔を覗き込む。
 
「おい、聖女よ。私を誰だと思っている? サンクトハノーシュ王国きっての稀代の天才、ディル・K・ソーオンだ。これくらいの問題、聖女の力を借りずとも何とかできる」
「自信のほどがマウンテン過ぎて、あたしの彼ぴマジイケメてる~! あっでもでも、別にハクシャクの能力がどーとか言いたいわけじゃないの! やっぱり心配になるよ」
「心配……。そうか、お前は心配してくれているのか。なんだ、この胸にあふれる感情は……? なんだかこう、ふわふわするな」
「もー! 可愛いこと言ってごまかそうとしないでよぉ! あたし、マジで心配してるんだからねっ!」
「いや、誤魔化そうとしているわけではなく……」
 
 ツッコミ不在の馬鹿ップルの会話はとどまることを知らない。

 そうこうしているうちに、二人をのせた馬車はあっという間に屋敷についた。玄関には怯えた顔のメアリーとセバスチャンが待っている。

 メアリーは馬車から降りてきたエミを見ると、すぐに駆け寄って思いっきり抱きしめた。

「ああ、エミ様! ドラゴンが現れたと聞きました。さぞ怖い思いをなさったでしょう。このお屋敷にいればもう大丈夫ですよ。辺境騎士の皆さんも続々と当屋敷に集まって来ていますから、何かあってもきっと私たちを守ってくれるはずです。さあさあ、温かいココアでもいれますから中にお入りになって」
「もー、メアちんってば心配しすぎ!」
「心配しすぎなわけないでしょう。エミ様は大事な聖女様なのですから、いくら心配してもしすぎることはありませんわ」

 メアリーはエミを抱きしめて頭を撫でる。まるで、守るべき愛しい我が子を抱きしめるような仕草だった。
 ディルはメアリーとエミのやり取りを見て大きく頷くと、改めてエミと向き合った。

「出発は今日の夜半になるだろう。見送りは不要。今日は疲れただろうから、早く寝るように。……しばらく戻らないかもしれないが、ちゃんと待てるな?」
「……………」
「そんな不満そうな顔をするな。お前は、ここでゆったりと私の帰りを待っていてくれ。俺はガシュバイフェンを、そしてサンクトハノーシュ王国を守り抜く」

 ディルはそう言って、こわごわとエミの額に優しく触れるか触れないかのキスをする。
 メアリーは仰天のあまり小さく悲鳴をあげ、セバスチャンは目を丸くして息を飲んだ。

「ディルさまが、聖女様にキスを……ッ!? しかも人前で……ッ」
「うるさいぞ外野!」
「ヒエッ!! せ、セバスチャンめはなにも見ておりませんゆえ!!」

 セバスチャンはアワアワと手をバタバタさせる。

 一方のメアリーは信じられない気持ちでいた。まさかあの冷血伯爵たるディルが、婚約者を相手に恋人にささやくようなことを言うなんて想像だにしていなかったのだ。

(伯爵様ったら、悪魔に誰かと魂ごとすりかえられたんじゃないのかしら……)

 あらぬ疑いまでかけられている始末である。
 額にキスをされたエミは少し驚いた顔をしたあと、照れたようにはにかんだ。

「えへへ、守られるのって悪くないかも……」
「何をおっしゃっているのです。聖女様だから大事に守られて当然ですわ。さあ、部屋に戻りましょうね。身体がこんなに冷えていらっしゃるわ。まずはお風呂に入りましょうか」

 メアリーはそう言って、優しくエミの肩を抱く。
 一方のディルはすぐに頭を切り替え、すぐにいつもの冷血伯爵の顔になっていた。ディルはテキパキとセバスチャンに指示を伝える。
 
「セバスチャン、魔導士たちが集まり次第首都へ向かう。恐らく出発は今日の夜半になるだろう。準備を」
「やはりそうですか」
「これは国家を揺るがす緊急事態だ。さすがにあの国王のそばにいてやらねばなるまい。そうでもしなければ、あの不甲斐ない国王は、国を捨てて国外に逃げかねん」
「なんというか、情けない話ですなあ」
「仕方あるまい。留守中、この屋敷は辺境騎士たちが守るが、万が一の時は頼んだぞ」
「御意にございます」

 セバスチャンとディルは大股で書斎に向かう。
 そんな二人の背中を、エミはやや複雑な顔をしてじっと見つめていた。
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