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冬休み[お正月]

第123話 初詣 (1)

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 ――元旦 午前八時 学校の花壇前

 年が明け、今日は駿、亜由美、幸子の三人で、初詣へ出掛けることになっている。
 元々は、亜由美と幸子のふたりで出掛ける予定だったのだが、亜由美の暴走を恐れた幸子が、駿に同行を求めたかたちだ。

 花壇に水やりをしながら、ふたりを待っている駿。

「駿、あけおめー……」
「おう、亜由美、あけましておめでとう……って、何でそんなに元気ないの?」

 亜由美は、じとっと駿を睨んだ。

「お邪魔虫め」
「そう言うなって……」

 頭を抱え、ため息をつく駿。

「亜由美、オマエさんがさっちゃんのことを気遣って、わざと道化を演じているのは、よーく分かってる」
「だったら、断ってくれたって……せっかくさっちゃんとふたりきりで……」
「けどな、最近の亜由美の言動や行動は、オレもたまにドン引きするぞ」
「マジ……?」
「マジ」
「そ、それはマズいわね……」
「オレ、LIMEで亜由美が『大丈夫、さっちゃん、痛くしないから』って言った時、本気でドン引きしたわ……」

 亜由美の顔が青くなっていった。

「た、確かに、よく考えると、とんでもないこと口走ってるわね……」
「だろ?」
「でも……さっちゃん、大好きなんだもん……」

 落ち込む亜由美。

「その気持ちは、さっちゃんにも届いてるよ。さっちゃんも随分変わってきたし、そろそろ素の亜由美を出してもいいんじゃない?」
「うん……」
「素の女の子同士のお付き合いが、今のさっちゃんには一番いいと思う。だって、亜由美はさっちゃんにとって憧れの女の子だからさ」
「憧れ……うん、さっちゃんにもそう言われた……」

 駿はニッコリ笑った。

「亜由美は優しいからな。さっきにみたいなトンデモ発言だって、相手を気遣う優しさから、わざとピエロになって言っているのは、オレもさっちゃんも理解してるよ」
「駿にそう言ってもらえて良かったわ……ありがとう……」
「今日はできるだけ邪魔しないから、さっちゃんと仲良くしなよ」
「うん! そうさせてもらうわ」

 嬉しそうな笑みを駿に向ける亜由美。

「ところで、駿。今日は何かおめかししてるわね」

 駿は、クリスマスの時と同じ服装(ホワイトのタートルネックTシャツ、ブルーグレーのパーカー、ブラックのスキニージーンズ、シンプルなブラックのスニーカー。アウターは、濃いグレーのステンカラーコート)をしていた。

「クリスマスの時と同じ格好なんだけど、ジュリアとかにも同じようなこと言われたんだよな……コート羽織ってるだけだぜ」
「駿は背が高いから、大人っぽいファッションが似合うのかもね。コートにパーカー合わせてるのも、やんちゃっぽくてイイと思うよ。やんちゃな大人の男性って感じ。グッド!」
「亜由美にそう言われると嬉しいな……ただ、同じパーカー姿でも、やっぱり亜由美の方がカッコイイよな」

 今日の亜由美は、ホワイトのオーバーサイズのパーカーに、ブラックのスキニージーンズを合わせ、ブラックレザーのブーツにインしている。その上に、黒に近いネイビーのオーバーサイズのブルゾンを羽織ってる。

「亜由美とキララは、モデルさんみたいだもんな……」
「駿、褒めすぎ」
「いや、ホントに。男から見てもカッコイイもん……で、顔見りゃ可愛い女の子だろ、ギャップ萌えってヤツかな」
「伊藤(キララ)はスレンダーで、姿勢がすごくいいから、モデルさんっぽいよね」
「亜由美もスタイルいいじゃん……って、セクハラか、ゴメン……」
「お互い様でしょ」

 駿と亜由美は、お互いに笑いあった。

「でもな、亜由美。さっちゃんの冬服姿は、これまた可愛いぞ」
「マ、マジ⁉ あっ! クリスマスの時の写真見せてよ!」
「いや、ここで写真見ちゃうと、生の感動が減るから、後で見せるよ」
「くぅ~、早くさっちゃん来ないかなぁ~」
「約束の時間までもう少しあるから、悪いけど花壇の水やり手伝ってくれない?」
「うん、いいよ! じゃあ、私、あっち側やるね!」
「服、汚さないようにな!」

 ジョウロを手にOKサインを出す亜由美。
 ふたりは幸子が来るまで、雑談を交わしながら水やりをしていた。

 ――しばらくして

「駿くん、亜由美さん、あけましておめでとうございます」

 幸子がやって来た。

「やぁ、さっちゃん、あけましておめでとう!」
「さっちゃん、あけおめ~……って」

 幸子を見て、驚いている亜由美。
 駿は笑顔だ。

「さっちゃん、今日もすごく可愛いよ」
「やだ、想像以上……すっごい可愛い……」

 今日の幸子は、ホワイトのオフタートルニットを、ブラウンのスエードポンチ台形スカートにイン、ライトブラウンのスエードスニーカーを合わせ、手にはキャメルカラーの小さなトートバッグを持っている。アウターは、薄ピンクに近い淡いベージュのオーバーサイズのダウンジャケットを着ている。

 何よりも亜由美の目を引いたのは、ふっくらツヤツヤの唇。
 そして、左手の小指に光るリングだった。

「さっちゃん、すごくステキじゃない! リップ、似合ってるよ!」

 興奮気味の亜由美。

「亜由美さん、ありがとうございます!」

 亜由美に褒められて、幸子もご満悦だ。

「メイクもしてるのね! 薄化粧なのが、またいいわ!」
「亜由美さんと駿くんと一緒にいるのに、そばかすだらけの顔、晒せませんからね。少しでも隠せれば……」

 たははっと笑う幸子。

「でもオレ、さっちゃんのそばかす、好きだけどね」
「駿くん、そんなに気を使わなくて大丈夫ですよ」

 幸子は、ニッコリ微笑んだ。
 そんな幸子の顔を覗き込むように、目の前に顔を寄せる駿。

「ホントだよ、さっちゃん」
「あ……あぅ……」
「わ・た・し・も!」

 亜由美も、駿の横に顔を並べた。

「あ、亜由美さんまで……」

 ふたりは、幸子に笑顔を向けている。

「もう……ふたりとも大好きです!」

 ふたりに抱きつく幸子。
 その様子に、駿と亜由美はサムズアップを送りあった。

「それに、そのピンキーリングは何かなぁ~」

 幸子をからかうように尋ねる亜由美。

「これは……」
「あ~あ、駿がグズグズしてるから、さっちゃん、誰かに取られちゃったんじゃないの?」

 亜由美は、駿があげたものとは思っていないようだ。

「いえ、あの……」
「さっちゃん、そんな可愛い指輪くれるんだもん、その人、絶対さっちゃんに気があるよ!」
「あの、その……」
「駿に見せびらかした方がいいわよ! 私、気の利かない男は嫌いですって!」

 駿を見下した目で見る亜由美。
 駿は、頭をポリポリかいていた。

「ねぇ、ねぇ、誰から貰ったの、それ? クラスの男子?」

 興味津々の亜由美。

「あの……駿くんから……いただきました……」
「へ……?」

 幸子は頬を赤らめた。

「駿~! やるじゃない! 私、見直したわよ!」

 駿を肘で小突く亜由美。

「あー……ちょっと違うんだわ……」
「えっ、何が?」

 駿は、困った顔をした。

「亜由美さん、これは友情の印で、キララさんたちにもアクセサリーを……」

 駿を睨みつける亜由美。

「駿! アンタねぇ! もう言葉が無いわ……この根性無し!」

 亜由美は、思わず頭を抱えた。

「亜由美さん! わ、私、駿くんから……」
「わわっ、さ、さっちゃん!」

 人差し指を口に当てて、内緒にするように幸子へ合図を送る駿。

「で、でも……」

 その様子を見て、亜由美はニヤリと笑った。

「さっちゃ~ん、全部言いなさい。ね?」

 亜由美は、その笑顔のまま幸子を詰問する。

「あの……これとは別の……すごく……すごくステキなクリスマスプレゼントを……駿くんからいただきました……」
「何もらったの?」

 トートバッグからリップを取り出す幸子。
 それを渡された亜由美は目を輝かせた。

「わっ、高級ブランドの……スゴいじゃない! えっ、ネーム入ってる!」

 頬を赤らめて、困ったような微笑みを浮かべる幸子。

「前言撤回! 駿! やるじゃない!」

 駿も頬を赤らめながら、頭をかいていた。

「亜由美、みんなにはナイショな。頼むよ」
「わかってるって!」

 大切そうにリップを幸子に返す亜由美。

「はい、さっちゃん!」

 そして、幸子にそっと耳打ち。

「良かったね……!」

 亜由美は、幸子にウインクした。

「はい……」

 照れくさそうに微笑みを浮かべて頷く幸子。

「あー……亜由美」
「なに?」

 駿は、人気ブランドのマークがついた小さなギフトバッグを差し出した。

「えっ……」
「亜由美の分」
「わ、私? 私はクリスマスパーティ行かなかったし……」
「友情の証だよ、ほら」

 ギフトバッグを受け取る亜由美。

「開けていい……?」
「気に入らなかったら、ゴメンな」

 ギフトバッグの中には、ブラックのサテンリボンのチョーカーが入っていた。
 短いチェーンにつながったゴールドのネコとハートのチャームが可愛らしい。

「可愛い……」

(私のこと、ちゃんと覚えていてくれたんだ……)

「あの……あ……ゴ、ゴメン……!」

 駿に背を向ける亜由美。
 口を開くと、嬉しさで涙が出そうだったのだ。

 幸子は、亜由美に近付き、そっと耳打ちする。

「亜由美さん、良かったですね……」
「さっちゃん……」

 優しい微笑みを亜由美に向けた幸子。

「うん……!」

 亜由美は、満面の笑みを浮かべて頷く。

「亜由美、もし気に入らなかったら、今度買いにいこうよ」

 振り向いた亜由美。

「ううん、これがいい! というか、これじゃなきゃイヤ!」
「気に入ってもらえて、良かったよ」

 駿はホッと胸を撫で下ろす。

「駿くん」
「ん?」
「何か忘れていませんか?」
「えっ?」
「私やココアさんにしてくれたことを思い出してください」
「あっ! で、でも……」
「駿くん」

 じっと駿を見つめた幸子。
 駿は、照れながらも亜由美と向かい合う。

「あ、亜由美……あの、あー、オレ……つけようか……?」
「!」

 幸子に視線を送る亜由美。
 幸子は優しく微笑んだ。

「じゃ、じゃあ、つけてもらおうかな!」

 駿に背を向けて、美しい金髪をかき上げた亜由美。
 駿は、チョーカーを亜由美の首に巻いていく。

「駿くん、しっかり……!」
「お、おう! 亜由美、もうちょっと我慢してな……」
「うん、大丈夫よ……」
「よし、OK!」

 亜由美が振り向くと、首元に黒いチョーカーが、そしてネコとハートのチャームがキラキラ輝いていた。

「亜由美さん、スゴく可愛い……」
「首元をもっと見せる服を着てくれば良かったわ……」
「スゴく、スッゴク可愛いです!」

 キラキラと目を輝かせる幸子。

「んもー、嬉しいこと言ってくれちゃって!」

 亜由美は、幸子に抱きついた。
 幸子も嬉しそうだ。

「駿、ありがとう! 大事にするからね!」

 亜由美に笑顔でサムズアップを送る駿。

「じゃあ、初詣に行こうか」
「うん! はい、さっちゃん」

 亜由美は、幸子に手を差し出した。

「はい、亜由美さん!」

 亜由美と手をつなぐ幸子。

「おっ、いいね! 仲の良い姉妹って感じ!」

 駿は、後ろからふたりを冷やかした。

「美しい姉と、可愛らしい妹の美人姉妹って感じかしらね」

 ふふんっ、と満足そうな亜由美。

「いや、ガラの悪い金髪の姉ちゃんと、真面目で可愛い妹さんって感じ」

 亜由美は、ゆっくり振り向く。

「駿、ちょっとだけ後ろ向いてみ」
「こう?」

 スパーンッ

「いってーっ!」

 駿の腿の裏に亜由美の蹴りが炸裂した。
 思わずしゃがみ込む駿。

「さっちゃん、行こ!」
「はい!」

 楽しそうに神社へ向かっていくふたり。

「ちょ、ちょっと待って……」

 駿は、涙目になりながら、腿の裏側をさすりつつ、ふたりを追い掛けていった。

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