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二学期・後半

第76話 文化祭 (10)

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 ――後夜祭 終了後

 あたりはすっかり暗くなっていた。
 校門のところに音楽研究部の八人が集まり、談笑している。これから駅前のカフェレストランで、軽く打ち上げをしようという話になったのだ。
 明日は日曜日だが、文化祭の片付けのために登校しなければならず、本格的な打ち上げは、また別の日に行うこととなった。

「あ! すみません……! 教室に忘れ物をしてしまったので、皆さん、先に行っていていただけませんか?」

 幸子が慌てたように、みんなに話す。

「あーしら、ここで待ってるから大丈夫だよ」
「うん、ボクらここにいるから」

 ジュリアと太が、待っていてくれると答えてくれた。
 みんな、その言葉に頷いている。

「私、一緒に行こうかぁ~?」

「ココアさん、忘れ物取りに行くだけですから、大丈夫ですよ」

 ココアの申し出に笑顔で答えた幸子。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「さっちゃん、暗くて危ないから、慌てなくていいからね!」

 教室へ向かう幸子に、亜由美が声をかける。

「はい、気をつけて行ってきます」

 ◇ ◇ ◇

「あった!」

 自分のロッカーから小さなポシェットを取り出した幸子。
 ふと薄暗い教室の中を見渡す。

「これ、明日片付けか……大変だった思い出しかないけど……終わってみると、寂しいな……」

 カラカラカラ

 教室から廊下に出た。
 廊下に人気は無い。
 まだ、残っている生徒がいるようで、それぞれの教室から談笑する声と明かりが漏れ、廊下を薄明るくしていた。
 いつもと違う、文化祭の名残の残った廊下を歩いていく。

(早くみんなのところへ戻ろう……)

 少し速歩きになった幸子。
 廊下から階段に差し掛かる。

 階段を降りようとした、その時、耳元で誰かの声がした。

「高橋くんを返せ」

 トンッ

 突然背中を押される幸子。
 踏み出した先にあるはずの階段を捉えられず、その足は空を切る。
 バランスを崩した身体は、そのまま宙に投げ出された。

 ◇ ◇ ◇

「さっちゃん、遅いね」

 キララが中々戻ってこない幸子を心配している。

「便所にでも行ってんじゃねぇの」
「にしたって、遅くない?」

 憎まれ口を叩いた達彦と、幸子が心配な亜由美。
 幸子が忘れ物を取りに行ってから、すでに十五分程経過していた。

 校舎の方から誰かが走ってくる。
 幸子ではない。体育の教員だ。
 駿たちに目もくれず、閉まっている校門のカギを慌てて開けている。

 ガラガラガラガラ

 重い音を立てて、金属製の校門が開いた。
 校門を開けた後、体育の教員が駿たちに声をかけてくる。

「おい、ここを開けておいてくれ!」

 駿たちは、言われた通り、端に寄っておいた。

 …………ピーポー ピーポー ピーポー

 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
 校門から道路に飛び出した教員。両手を振っている。

 ピーポー ピーポー ピー…………

 すぐ近くでサイレンが止まった。赤色灯が眩しい。
 教員の誘導で校門から校庭へ、赤色灯を光らせながら入ってくる救急車。

「え……まさかな……」

 嫌な予感のした駿が、救急車の後を追った。
 他の六人も駿の後を追う。

 校舎への昇降口に後ろ側が向くように、救急車は方向転換。
 後ろのドアが開き、救急隊員がストレッチャーを転がしながら、教員の誘導で校舎の中へ入っていった。

 そして、数分後。
 救急車の周りには、何事かと人だかりが出来始めていた。

 そこに、幸子を載せたストレッチャーが救急隊員によって運ばれてくる。
 幸子は口が半開きの状態で、目は閉じられていた。

「何で⁉ さっちゃん! さっちゃん! 返事して!」

 亜由美が泣き叫んでいる。
 まったく反応が無い幸子。

 幸子を乗せたストレッチャーは救急車へと運ばれていく。

「あまり揺らすな、揺らさないように乗せるんだ」

 救急隊員が声を掛け合いながら、ストレッチャーごと幸子を救急車に収容した。
 ジュリアとココアは、キララにしがみつき泣いている。
 達彦と太は呆然と、救急車の中の幸子を見ていた。

 幸子に同行するべく、駿は教員に申し出る。

「先生! オレ、彼女の母親と直接連絡取れますので、オレも行きます!」

 教員は一瞬悩んだが、駿の申し出を受けた。

「分かった……! すみません、私と彼が同行します」

 教員が救急隊員に説明している。

「駿! 駿! どうしよう! どうしよう! さっちゃんが……!」

 パニックを起こし、泣き叫ぶ亜由美を抱きしめた駿。

「亜由美、こっち向いて」

 涙でボロボロの亜由美が、駿に顔を向ける。

「オレ、さっちゃんと行ってくるから。亜由美は待っててくれるか。必ず連絡するから」

 震えながら頷いた亜由美。

「さ、さっちゃんをお、お願いね……」

 もう一度亜由美を抱きしめ、背中をポンポンと叩く。

「太、亜由美を家まで送ってやってくれ」
「うん、分かった」

 キララたちの元へ向かった駿。
 ジュリアとココアは、キララにしがみついたままだ。

「ジュリア、ココア、さっちゃんきっと大丈夫だから。な」

 笑顔で語り掛ける駿に、震えながら頷くふたり。

「キララ、ジュリアとココアを頼むな」
「う、うん……」

 唇が震えているキララ。
 駿は、キララの頭をそっと胸に抱き寄せ、耳元で囁いた。

「キララ、ごめんな。オマエにばっか負担かけて……」
「私は大丈夫……駿もしっかりね」

 キララの頭をポンポンと叩く。

「タッツン、三人を送ってやってくれないか」
「おう、わかった。駿、さっちゃんを頼んだぞ」

 頷いた駿。
 教員が駿を呼ぶ。

「おい! 救急車が出るぞ!」
「はい! 今行きます!」

 救急車に乗り込んだ駿。

 バンッ

 後ろのドアが閉められた。
 亜由美たちを赤色灯が照らしながら、救急車がゆっくりと校門へ向かっていく。
 みんな、ただそれを見ているしかなかった。

 ピーポー ピーポー ウゥーー

『救急車が右へ曲がります。歩行者と車は一旦停まってください。一旦停まってください。ご協力ありがとうございます』

 学校を出ていく救急車。

 ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー…………

 遠ざかっていく救急車のサイレンを聞きながら、残された者たちは、しばらくその場を動くことができなかった。

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