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第三部 魔界探索
92 決勝戦、開始!
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その頃、心菜や真たちは、闘技場にいた。
「同情して欲しいなら金をくれ……すなわち、心菜に脳天かちわられたくないなら、所持金を置いて去るのです」
「ヒイイッ」
「それって脅迫じゃ」
刀を持った少女の口上に、敵の魔族がひるむ。
メンバー唯一の常識人である夜鳥が何か言いかけるが、誰も聞いていなかった。
「大地や椿が抜けてどうなることかと思ったけど……心菜ちゃんの凶悪度が増して結果オーライかな」
真は、戦いに巻き込まれないよう注意しながらひとりごちた。
実際、ここに来るまで心菜のレベルは飛躍的に上がった。どうやら人魚の血を飲んで瀕死状態になった時「死を乗り越えた者」という称号が付いたらしい。経験値にボーナスが付き、レベルが上がりやすくなっている。
現在の心菜はLv.599、夜鳥はLv.505。真だけ、わざとLv.200に抑えている。敵とレベル交換するスキルを活かすため、自分のレベルを低くしているのだ。
「枢っちはどこに行ったのかな。このままほっとくと、本当に心菜ちゃんに追い付かれるぞ」
魔族を切って捨て、死屍累々の状況を築いた心菜は、刀をサッと振って血を落とし、優雅に柄に収めた。見ていて寒気がするほどの剣豪ぶりである。
夜鳥が諦めた表情で、倒れた魔族から財布を奪っていた。魔界ではまともな仕事がないので、こうやって稼ぐしかないのだ。
「……枢たんの匂いがします」
夕方の風が、長く伸び始めた心菜の栗色の髪をふわりと持ち上げた。
髪を押さえながら、心菜は夢から覚めたように呟く。
「近くに枢っちがいるのか?」
真は驚いて聞き返した。
「分かりません……でも、会いたい。枢たんに会いたいです……!」
赤いヒナゲシのような花びらが、くるくると風に舞う。
心菜は空に手を伸ばした。
この空の下に、探している人はいるのだろうか。
人間は泊められないとごねる魔族を、心菜が刀をちらつかせて脅し、三人は無事に宿に泊まる事ができた。魔界では、人間というだけで門前払いを食らうので、必然的に物騒にならざるをえない。
その朝、真たちは早起きして戦いの準備を整えていた。
心菜は床に刀を置き、その前に正座して目をつぶっている。
精神集中しているようだ。
「いよいよ決勝戦か。パーティーを組んでる場合は、代表一名による一騎打ちだそうだ。心菜ちゃん、大丈夫か?」
どんな舞台かは知らないが、心菜ひとりにするのは不安だ。
真は「単独で魔神に勝てるのか」疑問に思っていた。たぶん絶対、敵はLv.999だ。昼間の戦いでレベルを上げたとはいえ、心菜は現在Lv.601。Lv.999にはまだ遠い。
声を掛けると、心菜は伏せていた面差しを上げた。
「いざとなれば時閃跳躍で逃げます。抜かりありません」
時閃跳躍とは、レベルアップで覚えた時流閃の上位技だ。切り裂いた時空を通って、離れた場所に一瞬で移動するチート技である。
夜鳥がナイフを抜き差しして具合を確かめながら言う。
「このメンツなら魔族に囲まれても逃げられるだろ。真以外は」
「うわっ、俺を置いていくんかい」
真、つい関西弁で突っ込みを入れる。
だが夜鳥の言う通り、一番、危険なのは悲戦闘員の真である。真のスキルは特殊な上に、対人および一対一向けに偏っている。大勢に囲まれれば詰みだ。
「いざ出陣……!」
「やっぱり俺は留守番したい」
勇ましく立ち上がる心菜。
真は肩を落として後ろを付いて行く。
ここ数日ですっかり通い慣れた、闘技大会の受付へ行ってみると、そこには多くの魔族が集まっていた。大半は決勝戦を見に来た観客らしい。
決勝戦の舞台は地下にあるということで、真たちは案内に従って階段を降りていった。
ぐねぐねと長い階段を十分以上降りた先にあったのは、煮えたぎるマグマの上に浮かぶ闘技場だった。
照明が少ない演出のせいで、マグマの明るさが際立って見える。
その上の闘技場は暗くてよく見えない。
「灼熱地獄なのに、マグマの海がねーなと思ってたら、最後に来たか……!」
熱風に顔をしかめて、真は付いて来たことを後悔する。
戦闘ジョブで打たれ強い心菜と夜鳥はともかく、真は余波でマグマをかぶるだけでも死ねる自信がある。
「お集まりの皆さんに、お知らせがあります」
突然、闘技場の中央にスポットライトが当たる。
黒髪に緑の目の男が、観覧席に向かって声を上げた。
大勢の前に立っているにも関わらず、いやに冷静な口調だった。
「今回、アグニの代わりに、別の神に決勝戦をお願いしました。なんと、光の七神です」
「!!」
サプライズに、会場は一瞬静まりかえる。
魔族たちは何を言ってるか分からないと混乱しているようだ。
「光の七神が、魔界にいる訳ないだろ?!」
「冗談にしてもタチが悪い」
しかし魔族たちは、闘技場に立つ男の余裕に不気味なものを感じていた。真も彼らの「いつものイベントの雰囲気じゃない」という空気を察知して、戦慄する。
「いったい何が……」
「さて。本物か偽物か、戦ってみれば分かるでしょう」
闘技場の中央の男は悠然と微笑んでみせた。
彼の隣に立つ人影にスポットライトが当たる。
スポットライトが掘削した暗闇から、黒髪で中肉中背の青年の姿が浮かび上がる。青年は旅人であることを示すような簡易な衣服を着ており、ため息を吐いて気だるげな風情を発散していた。
「本日の決勝戦で挑戦者を迎えうつのは……人間の国アダマスを守護する聖晶神!」
「……あー、こんな紹介の仕方されると思ってなかった。すげえ恥ずかしい」
「自業自得だよカナメ」
闘技場の上で項垂れているのは、竜神リーシャンを頭に乗せた枢だった。
「枢っち!」
「枢たん!」
「近藤?」
真たちは異口同音に声を上げる。
枢は観覧席を眺め渡し、真たちからすっと視線を外した。あまりに自然なスルーだったため、真たちに気付いているか不明だ。
真はその表情に、幼馴染みの勘で違和感を覚えていた。
「枢っち、なんか目が冷たい……?」
一方、周囲の魔族は「何者か知らんが殺しちまえ!」と喝采をしている。
「はあ……アグニのルールだと、挑戦者と一対一で戦うことになってるけど、面倒だわ。お前ら、一気にかかってこいよ」
枢はヤジを飛ばす魔族たちを恐れる様子もなく、堂々と宣言する。
「ちょ、ちょっと待て……」
真は絶句した。
一斉に動き出す周囲の魔族たち。
真たちはその動きに付いていけず取り残される。
何かとんでもない事が起ころうとしていた。
「同情して欲しいなら金をくれ……すなわち、心菜に脳天かちわられたくないなら、所持金を置いて去るのです」
「ヒイイッ」
「それって脅迫じゃ」
刀を持った少女の口上に、敵の魔族がひるむ。
メンバー唯一の常識人である夜鳥が何か言いかけるが、誰も聞いていなかった。
「大地や椿が抜けてどうなることかと思ったけど……心菜ちゃんの凶悪度が増して結果オーライかな」
真は、戦いに巻き込まれないよう注意しながらひとりごちた。
実際、ここに来るまで心菜のレベルは飛躍的に上がった。どうやら人魚の血を飲んで瀕死状態になった時「死を乗り越えた者」という称号が付いたらしい。経験値にボーナスが付き、レベルが上がりやすくなっている。
現在の心菜はLv.599、夜鳥はLv.505。真だけ、わざとLv.200に抑えている。敵とレベル交換するスキルを活かすため、自分のレベルを低くしているのだ。
「枢っちはどこに行ったのかな。このままほっとくと、本当に心菜ちゃんに追い付かれるぞ」
魔族を切って捨て、死屍累々の状況を築いた心菜は、刀をサッと振って血を落とし、優雅に柄に収めた。見ていて寒気がするほどの剣豪ぶりである。
夜鳥が諦めた表情で、倒れた魔族から財布を奪っていた。魔界ではまともな仕事がないので、こうやって稼ぐしかないのだ。
「……枢たんの匂いがします」
夕方の風が、長く伸び始めた心菜の栗色の髪をふわりと持ち上げた。
髪を押さえながら、心菜は夢から覚めたように呟く。
「近くに枢っちがいるのか?」
真は驚いて聞き返した。
「分かりません……でも、会いたい。枢たんに会いたいです……!」
赤いヒナゲシのような花びらが、くるくると風に舞う。
心菜は空に手を伸ばした。
この空の下に、探している人はいるのだろうか。
人間は泊められないとごねる魔族を、心菜が刀をちらつかせて脅し、三人は無事に宿に泊まる事ができた。魔界では、人間というだけで門前払いを食らうので、必然的に物騒にならざるをえない。
その朝、真たちは早起きして戦いの準備を整えていた。
心菜は床に刀を置き、その前に正座して目をつぶっている。
精神集中しているようだ。
「いよいよ決勝戦か。パーティーを組んでる場合は、代表一名による一騎打ちだそうだ。心菜ちゃん、大丈夫か?」
どんな舞台かは知らないが、心菜ひとりにするのは不安だ。
真は「単独で魔神に勝てるのか」疑問に思っていた。たぶん絶対、敵はLv.999だ。昼間の戦いでレベルを上げたとはいえ、心菜は現在Lv.601。Lv.999にはまだ遠い。
声を掛けると、心菜は伏せていた面差しを上げた。
「いざとなれば時閃跳躍で逃げます。抜かりありません」
時閃跳躍とは、レベルアップで覚えた時流閃の上位技だ。切り裂いた時空を通って、離れた場所に一瞬で移動するチート技である。
夜鳥がナイフを抜き差しして具合を確かめながら言う。
「このメンツなら魔族に囲まれても逃げられるだろ。真以外は」
「うわっ、俺を置いていくんかい」
真、つい関西弁で突っ込みを入れる。
だが夜鳥の言う通り、一番、危険なのは悲戦闘員の真である。真のスキルは特殊な上に、対人および一対一向けに偏っている。大勢に囲まれれば詰みだ。
「いざ出陣……!」
「やっぱり俺は留守番したい」
勇ましく立ち上がる心菜。
真は肩を落として後ろを付いて行く。
ここ数日ですっかり通い慣れた、闘技大会の受付へ行ってみると、そこには多くの魔族が集まっていた。大半は決勝戦を見に来た観客らしい。
決勝戦の舞台は地下にあるということで、真たちは案内に従って階段を降りていった。
ぐねぐねと長い階段を十分以上降りた先にあったのは、煮えたぎるマグマの上に浮かぶ闘技場だった。
照明が少ない演出のせいで、マグマの明るさが際立って見える。
その上の闘技場は暗くてよく見えない。
「灼熱地獄なのに、マグマの海がねーなと思ってたら、最後に来たか……!」
熱風に顔をしかめて、真は付いて来たことを後悔する。
戦闘ジョブで打たれ強い心菜と夜鳥はともかく、真は余波でマグマをかぶるだけでも死ねる自信がある。
「お集まりの皆さんに、お知らせがあります」
突然、闘技場の中央にスポットライトが当たる。
黒髪に緑の目の男が、観覧席に向かって声を上げた。
大勢の前に立っているにも関わらず、いやに冷静な口調だった。
「今回、アグニの代わりに、別の神に決勝戦をお願いしました。なんと、光の七神です」
「!!」
サプライズに、会場は一瞬静まりかえる。
魔族たちは何を言ってるか分からないと混乱しているようだ。
「光の七神が、魔界にいる訳ないだろ?!」
「冗談にしてもタチが悪い」
しかし魔族たちは、闘技場に立つ男の余裕に不気味なものを感じていた。真も彼らの「いつものイベントの雰囲気じゃない」という空気を察知して、戦慄する。
「いったい何が……」
「さて。本物か偽物か、戦ってみれば分かるでしょう」
闘技場の中央の男は悠然と微笑んでみせた。
彼の隣に立つ人影にスポットライトが当たる。
スポットライトが掘削した暗闇から、黒髪で中肉中背の青年の姿が浮かび上がる。青年は旅人であることを示すような簡易な衣服を着ており、ため息を吐いて気だるげな風情を発散していた。
「本日の決勝戦で挑戦者を迎えうつのは……人間の国アダマスを守護する聖晶神!」
「……あー、こんな紹介の仕方されると思ってなかった。すげえ恥ずかしい」
「自業自得だよカナメ」
闘技場の上で項垂れているのは、竜神リーシャンを頭に乗せた枢だった。
「枢っち!」
「枢たん!」
「近藤?」
真たちは異口同音に声を上げる。
枢は観覧席を眺め渡し、真たちからすっと視線を外した。あまりに自然なスルーだったため、真たちに気付いているか不明だ。
真はその表情に、幼馴染みの勘で違和感を覚えていた。
「枢っち、なんか目が冷たい……?」
一方、周囲の魔族は「何者か知らんが殺しちまえ!」と喝采をしている。
「はあ……アグニのルールだと、挑戦者と一対一で戦うことになってるけど、面倒だわ。お前ら、一気にかかってこいよ」
枢はヤジを飛ばす魔族たちを恐れる様子もなく、堂々と宣言する。
「ちょ、ちょっと待て……」
真は絶句した。
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