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第三部 魔界探索

91 闘技大会の裏事情

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 俺は風呂から上がって着替えながら、静かに待っている魔族の男を観察した。
 あのバトル大好きな魔神アグニに仕えている割には、まともそうだ。
 しっとり涼しそうな黒髪と翡翠の瞳は女子受けしそうだし、俺の行動に文句を付けずに待つ姿勢からは冷静で理知的な思考が伺える。
 ばれるかな、と思いながら鑑定する。

『ソーマ Lv.999 種族: 魔族 クラス: 魔神』
 
 おや、こいつも魔神か。
 
「……鑑定されましたか?」
 
 ソーマが聞いてきた。
 タオルでリーシャンを包んでわしゃわしゃしながら、俺は首肯する。
 
「悪い。気に障ったか?」
「構いません。魔界では力ある者が絶対……あなたが聖晶神なら、私より格上です」
 
 その上下関係は、俺が魔族でなくても適用されるのか。
 それにしても、魔神アグニに仕えているということは、こいつはアグニより格下ということになる。おかしいな。アグニよりソーマの方が強そうだぞ。
 
「お前も魔神なのに、アグニに仕えてるんだな」
「ああ、アグニがあまり強くないので拍子抜けされましたか? あれは私の不肖の兄です。私は表舞台に立つのは面倒で嫌なので、能力を隠して宮殿でのんびり暮らしているのです」
「なるほど……」
 
 俺はリーシャンを抱えて、テーブルのある客間に移動する。
 ソーマが優雅な動作でテーブルに紅茶の入ったティーカップを置く。腰がくびれた耐熱ガラスのティーカップだ。ティーカップには複雑な模様が彫られており、なかなかお洒落である。
 
「アグニは魔神の中でも、そんな強くはありません。ただ、この灼熱地獄の街イグナイトは彼が作ったと言っても過言ではない。魔神の称号を与えると宣伝し、闘技大会を運用して魔族たちを集め、大金持ちになったのです」
「商売かよ……」
「まさしく。この宮殿も闘技大会で得た利益で建てたものです。しかし近年、街の老朽化が進み、再開発に費用を投じるため、アグニは各方面に借金を作りました。金を稼ぐには闘技大会の決勝戦を催す必要がある。アグニと挑戦者が戦う決勝戦は、一番、多くの観覧者が金を消費するイベントなのです」
 
 こんな異世界のしかも魔界の奥で、金の話になるとは思わなかった。
 俺は紅茶を飲みながら遠い目をする。
 
「それで……決勝戦が催せないと金が稼げないから、奴隷の人間を売り飛ばそうって?」
「その通りです」
「お前が代わりに決勝戦やればいいじゃん。今まで表舞台に立たなかった弟の魔神登場、さぞ盛り上がるだろうよ」
「嫌です。戦いを見世物にするなんて、兄じゃあるまいし。そのくらいなら奴隷を売って埋め合わせします」
「むう……」
 
 顎に手をあてて考え込む。
 アグニとソーマの話を聞かなかったことにして立ち去るのが正しい選択だ。
 しかし、俺がアグニをやっつけてしまったばかりに、罪のない人間たちが犠牲になるのだとしたら、放っておけない。
 かといって魔族の金稼ぎに協力するのは、いかがなものか。
 
「カナメ……?」
 
 黙考する俺の頭の上によじのぼり、リーシャンがのぞきこんでくる。
 俺はリーシャンの尻尾をにぎにぎした。
 
「ふあっ、くすぐったいよカナメ!」
「決めた。明後日の決勝戦とやらは出てやるよ。一回だけだからな」
 
 ソーマは目を丸くした。
 
「あなたは光の七神のひとりでは……? てっきり断られるものかと思っていました」
「気が変わったんだよ」
 
 リーシャンが俺の顔を見ながら「カナメの笑顔が黒い……」と呟いている。
 だれも俺の企みの内容に気付いていない。今はまだ。
 
 
 
 ゆったりティータイムを楽しんだ後、サナトリスと待ち合わせしていたことを思い出した。
 ソーマに頼み、彼女を宮殿に連れてきてもらう。
 
「カナメ殿! ここは魔神アグニの宮殿ではないか! 今度はいったい何をやらかしたのだ?!」
「キュー!」
 
 騎乗用モンスターのメロンが俺に突進してくる。やめろ、抜け毛が服に付くから。
 サナトリスは、魔神の宮殿というロケーションに落ち着かない様子だ。
 
「まあまあ、気にするなよ。ちょっと拳をかわして魔神と仲良くなったんだ」
「まさか……勝ったのかカナメ殿」
「……単体で比べれば、我々魔神よりも光の七神の方が強いですからね。でなければ神聖境界線で一方的に魔界と人間界を分断できません」
 
 俺が答える前に、ソーマが勝手に解説した。
 だからそんな設定は知らん。
 
「さすがだな、カナメ殿。私も闘技大会で修行しようと思う」
「そういえばサナトリス、大会の出場登録は無事にできたのか?」
「ああ」
 
 サナトリスは脳筋的思考で、大会で強者と戦えば強くなると思っている。
 なんだよその少年漫画的な考えは。俺はずっとアダマスに引きこもりで、闘技大会なんて出たことないんだぞ。どちらかといえば魔法使い系ジョブの俺には理解できない暑苦しい修行方法だ。
 勝手にやってくれ、と思いながらメロンを撫でていると、サナトリスは気になることを言った。
 
「そういえば今、すごく強い人間のパーティがやってきて、闘技大会を勝ち進んでいるようだぞ」
「何?」
「特に刀を持った人間の少女が凶悪だとか……いったい何者なんだろうな」
「……」
 
 まさかな。
 俺は想像したくない現実から目をそらした。
 真たちは今、魔界のどの辺にいるのだろうか。
  
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