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(第二部)第二章 出会いと別れ
02 樹の兄弟
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詩乃の頭上にある赤茶色の猫耳は彼女の赤みがかった髪と一体化しており、彼女の動揺に合わせて揺れ動いている。確かに作り物ではなく、それは体の一部のようだった。
突然、幼なじみの可愛い女の子に猫耳と尻尾が生えたら、男なら狂喜乱舞するかもしれない。だが英司は現実的で真面目な性格だった。
彼は普通に混乱した。
異世界に行き来する一人として非常事態には耐性があるとは言え、地球でこんなとんでもないことが起こることは想定外だ。
原因に心当たりがあると言えばあるし、無いと言えば無い。
窮地に陥った英司が藁をもすがる思いで連絡したのは、つい先刻連絡先を交換したばかりの樹だった。
「どうしよう。幼なじみが猫娘になってしまった……?!」
「精神科か眼科に行くことを推奨する」
最新のスマートフォンから流れる音声はクリアだった。
樹はしごく冷静な口調で普通の返事をする。
冷静過ぎて逆に不審だ。
「面白がってないで、助けてくれ」
「……僕らの帰還が何かのきっかけになった可能性はある。けど、今すぐ解決は無理だ」
やっぱり面白がっていやがったか。
英司はあくまでも涼やかな樹の声に耳を傾けた。
「突然起きたことは、突然解決することもある。開き直って幼なじみの猫耳をモフってみたらどうだ」
「そんなことしたら殺される……!」
親しい関係だからこそ、越えられない一線があるのだ。家族ぐるみの付き合いである彼女を怒らせたら、破滅が待っている。
スマホを片手に幼なじみの様子を伺うと、彼女は先ほどより落ち着いた様子になっている。英司自身も樹と話す内に考えを整理できた。
ひとまず明日、樹に詩乃を会わせることで話がまとまった。
電話を終えてから英司は、はたと気付く。
智輝と結菜には声を掛けていなかった。
なぜ一番に樹に話をして、旧友である智輝達に声を掛けなかったか。英司は何となく自分の行動に疑問を覚えたが、その疑問は詩乃の言葉で霧散した。
「誰、イツキって?」
「……まあ、こういうおかしな事象に関する専門家というか」
「ふーん」
彼女を安心させるために勝手に樹を専門家にする。
「明日は学校休みだし、ちょうどいいか。詩乃、今日は泊まっていくか」
事情があって、よく泊まりにくる彼女のために、英司の家には布団を常備した空き部屋がある。
「そうね。英司は根性無しだから何かが起こる心配ないし」
「……」
安全牌と思われることが良いことかどうか、一瞬真剣に悩んでしまう英司だった。
樹はくすくす笑いながらスマートフォンの通話を切る。
突然、幼馴染に猫耳が生えたと報告してきた友人だったが、関係ない第三者からすると喜劇でしかない。
「何、笑ってるんだよ。兄貴」
「青葉」
気味悪そうにこちらを見ているのは、年下の弟だった。
勝気な言動が多く、吊り上がり気味の目元が特徴の少年で、髪を明るい色に染めている。樹が大人しい眼鏡っ子なら、青葉は生意気で憎めない不良少年だ。
青葉はウサギのクッションを抱えて樹を睨んでいる。
可愛すぎるピンク色のクッションは、母親が買ってきて、流れで罰ゲームのように青葉が使用することに決まったものだった。
樹は弟に異世界について打ち明けるために、彼の部屋に訪れた。
途中で英司から電話がかかってきて話を中断していたけれど。
「青葉、話があるんだ」
誰よりもまず、信頼できる兄弟に真実を話そうと樹は心に決めていた。
「嫌だ。ぜってー、嫌だ。樹兄が笑ってる時は、たいてい、ろくでもないことなんだ」
弟はブンブン首を振って、のっけから拒否する。
だが、こんなことはいつものことだ。
「話を聞いてくれたら、今お前がハマっているカード集め、SSレアのキャラクターのカードを進呈しよう」
「うう……騙されないぞ」
青葉はゲームでも何でも、特定のグッズを収集するのが趣味だった。
部屋の壁際にある本棚には、アニメのキャラクターの人形や美麗なイラストが描かれたカードが所狭しと陳列されている。
「そうか、残念だな。コンビニで付録付き駄菓子を大人買いしてこようかと思ったんだが。ああ、僕はキャラクターには興味がないから、チョコだけをお腹いっぱい食べることになるだろう。付録は必要ないから捨ててこようかな」
「……」
「僕の全財産を投入しても良い覚悟だったのに。こんなチャンスは滅多にないぞ。残念だなー」
「……話ってなんだよ」
白旗を上げた弟を前に、樹は眼鏡の端をキラーンと光らせた。
「実は……僕は近いうちに異世界に行く予定なんだ」
「は? 兄貴、頭がおかしくなったんじゃねえの?」
樹は無言で笑みを浮かべる。
部屋の隅に置いてある植木鉢には、アイビーという蔦系の植物が植わっている。
明るい色の葉をしたアイビーの茎がいきなりにょきにょき伸びると、青葉の足元まで這っていく。
「げっ?! 何コレ?!」
「青葉……残念ながら世界は僕らの思ってるよりずっとファンタジーなんだよ。諦めてくれ」
「兄貴がやってんのかこれはっ! 待って降参! 兄貴に常識が通じないのはよく分かったから!」
もちろん、アイビーを操っているのは樹だ。
あたふたする弟を見てほくそ笑む。
「ふむ。この世界でも精霊の力は使えるみたいだな」
扉の影で「弟を実験台にするとは」とフクロウのアウルがこっそり戦慄している。
「よし。僕の言うことを聞くよな、弟よ」
「兄貴の馬鹿やろーっ!!」
敗北の悲鳴を上げる青葉に、樹は異世界のことやこれからの予定について、語り聞かせるのだった。
突然、幼なじみの可愛い女の子に猫耳と尻尾が生えたら、男なら狂喜乱舞するかもしれない。だが英司は現実的で真面目な性格だった。
彼は普通に混乱した。
異世界に行き来する一人として非常事態には耐性があるとは言え、地球でこんなとんでもないことが起こることは想定外だ。
原因に心当たりがあると言えばあるし、無いと言えば無い。
窮地に陥った英司が藁をもすがる思いで連絡したのは、つい先刻連絡先を交換したばかりの樹だった。
「どうしよう。幼なじみが猫娘になってしまった……?!」
「精神科か眼科に行くことを推奨する」
最新のスマートフォンから流れる音声はクリアだった。
樹はしごく冷静な口調で普通の返事をする。
冷静過ぎて逆に不審だ。
「面白がってないで、助けてくれ」
「……僕らの帰還が何かのきっかけになった可能性はある。けど、今すぐ解決は無理だ」
やっぱり面白がっていやがったか。
英司はあくまでも涼やかな樹の声に耳を傾けた。
「突然起きたことは、突然解決することもある。開き直って幼なじみの猫耳をモフってみたらどうだ」
「そんなことしたら殺される……!」
親しい関係だからこそ、越えられない一線があるのだ。家族ぐるみの付き合いである彼女を怒らせたら、破滅が待っている。
スマホを片手に幼なじみの様子を伺うと、彼女は先ほどより落ち着いた様子になっている。英司自身も樹と話す内に考えを整理できた。
ひとまず明日、樹に詩乃を会わせることで話がまとまった。
電話を終えてから英司は、はたと気付く。
智輝と結菜には声を掛けていなかった。
なぜ一番に樹に話をして、旧友である智輝達に声を掛けなかったか。英司は何となく自分の行動に疑問を覚えたが、その疑問は詩乃の言葉で霧散した。
「誰、イツキって?」
「……まあ、こういうおかしな事象に関する専門家というか」
「ふーん」
彼女を安心させるために勝手に樹を専門家にする。
「明日は学校休みだし、ちょうどいいか。詩乃、今日は泊まっていくか」
事情があって、よく泊まりにくる彼女のために、英司の家には布団を常備した空き部屋がある。
「そうね。英司は根性無しだから何かが起こる心配ないし」
「……」
安全牌と思われることが良いことかどうか、一瞬真剣に悩んでしまう英司だった。
樹はくすくす笑いながらスマートフォンの通話を切る。
突然、幼馴染に猫耳が生えたと報告してきた友人だったが、関係ない第三者からすると喜劇でしかない。
「何、笑ってるんだよ。兄貴」
「青葉」
気味悪そうにこちらを見ているのは、年下の弟だった。
勝気な言動が多く、吊り上がり気味の目元が特徴の少年で、髪を明るい色に染めている。樹が大人しい眼鏡っ子なら、青葉は生意気で憎めない不良少年だ。
青葉はウサギのクッションを抱えて樹を睨んでいる。
可愛すぎるピンク色のクッションは、母親が買ってきて、流れで罰ゲームのように青葉が使用することに決まったものだった。
樹は弟に異世界について打ち明けるために、彼の部屋に訪れた。
途中で英司から電話がかかってきて話を中断していたけれど。
「青葉、話があるんだ」
誰よりもまず、信頼できる兄弟に真実を話そうと樹は心に決めていた。
「嫌だ。ぜってー、嫌だ。樹兄が笑ってる時は、たいてい、ろくでもないことなんだ」
弟はブンブン首を振って、のっけから拒否する。
だが、こんなことはいつものことだ。
「話を聞いてくれたら、今お前がハマっているカード集め、SSレアのキャラクターのカードを進呈しよう」
「うう……騙されないぞ」
青葉はゲームでも何でも、特定のグッズを収集するのが趣味だった。
部屋の壁際にある本棚には、アニメのキャラクターの人形や美麗なイラストが描かれたカードが所狭しと陳列されている。
「そうか、残念だな。コンビニで付録付き駄菓子を大人買いしてこようかと思ったんだが。ああ、僕はキャラクターには興味がないから、チョコだけをお腹いっぱい食べることになるだろう。付録は必要ないから捨ててこようかな」
「……」
「僕の全財産を投入しても良い覚悟だったのに。こんなチャンスは滅多にないぞ。残念だなー」
「……話ってなんだよ」
白旗を上げた弟を前に、樹は眼鏡の端をキラーンと光らせた。
「実は……僕は近いうちに異世界に行く予定なんだ」
「は? 兄貴、頭がおかしくなったんじゃねえの?」
樹は無言で笑みを浮かべる。
部屋の隅に置いてある植木鉢には、アイビーという蔦系の植物が植わっている。
明るい色の葉をしたアイビーの茎がいきなりにょきにょき伸びると、青葉の足元まで這っていく。
「げっ?! 何コレ?!」
「青葉……残念ながら世界は僕らの思ってるよりずっとファンタジーなんだよ。諦めてくれ」
「兄貴がやってんのかこれはっ! 待って降参! 兄貴に常識が通じないのはよく分かったから!」
もちろん、アイビーを操っているのは樹だ。
あたふたする弟を見てほくそ笑む。
「ふむ。この世界でも精霊の力は使えるみたいだな」
扉の影で「弟を実験台にするとは」とフクロウのアウルがこっそり戦慄している。
「よし。僕の言うことを聞くよな、弟よ」
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