僕のために、忘れていて

ことわ子

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アキの彼氏

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 俺は額に手を当てると、更に痛み始めた頭を休ませるように目を閉じた。ドク、ドク、と血管が脈打つ度に鈍い痛みが走る。

「どういうことなんだよ……」

 目眩がするくらい沢山の情報が頭の中に渦巻く。整理しようにも、俺には重要な記憶が無い。俺だけが蚊帳の外で、誰の気持ちにも寄り添えないことが悔しいと思った。
 中でも一番アキの事が分からなかった。今まで知っていたアキという人物が一切分からなくなった。本当のアキはどこにいるのだろう。

「帰るか……」

 陰気な場所に居ると気持ちまで暗くなってくる。日はもう傾き始めていて、電気をつけていなかった教室内は薄暗くなり始めていた。
 俺は自分の教室まで鞄を取りに行くと、足早に学校を出ようと校門をくぐった。するとすかさず誰かから背中に声をかけられた。

「えっ、マジか! マジで見つかるもんなんだ!」

 聞き覚えのある声と、思い出したくない記憶がセットで蘇る。俺は声のする方へ顔を向けた。ふわふわの髪を靡かせながら、小柄な女の子がこちらに向かって小走りで近づいて来た。

「こんにちは! あ~もうこんばんはかなぁ?」

 どうでもいい挨拶への拘りを緩いテンションで語られて、若干苛つく。今の俺は色々なことがあって心に余裕が無いらしい。

「ええっと……リュージくん、だよね? キミの事探しに来たんだけど、まさか本当に見つかるとは!」

 屈託なく笑う姿は普通の状況で見れば可愛い女の子だ。さっきから下校中の生徒たちがチラチラと盗み見て行く程度にはオーラがある。俺も初めて見た時はそう思ったな、などと思い返す。

「それはそうと、リュージくん」

 乃亜はいきなりゼロ距離で距離を詰めると俺の腕に自身の腕を巻き付けてきた。

「えっ、ちょっと、やめ」
「え、あーごめん! ついいつもの感じでやっちゃった!」

 いつもこうなのか。こんなに恐ろしい生き物がこの世に存在するなんて知らなかった。

「アキが嫉妬しちゃうから今のは内緒ねー?」

 不意に乃亜からアキの名前が出て心臓が跳ねる。元々乃亜はアキの元カノなのだから名前が出てもおかしくは無いが、アキの事で悩んでいる今、その名前を聞くのは遠慮したかった。

「えっと、じゃあ、行こっか!」
「え、どこに……?」
「ついて来れば分かるよー! ちょっと今大変でさぁ」

 何かは分からないが、乃亜は今困っているらしい。困っている人が目の前にいて無視できる様な人間じゃない俺は、自分のお人好し具合を呪いながら乃亜の後に続いた。

「アキが大変でさー」
「アキが?」
「うん。もうめちゃくちゃ!」

 もしかしたら深刻な話なのかもしれないが、乃亜の喋り方が余りにも間伸びしていて緊張感が無い。そういえばアキの家で乃亜と会った時はこんなに穏やかに喋ってはいなかった。タイミングがタイミングだっただけかもしれないが何かが引っかかる。

「それで何で俺のこと探すの?」
「え、だってリュージくん、アキの彼氏でしょー?」

 なんて事ないような顔で乃亜は笑いかけてくる。

「えっ、いや、あの、アキとはもう別れた……」

 おそらくもっと他に言うことはあった筈だが、余りにも普通に乃亜が俺の事をアキの彼氏と認識していたことに動揺して頭が真っ白になる。

「うそ!? 別れちゃったの!? えー折角乃亜が協力してあげたのにぃー!」
「は? え、」
「アキがどうしてもリュージくんに嫉妬して欲しいって言うから乃亜が一芝居うったのに!」

 口を尖らせて怒る乃亜。

「結局、あの後なんか知らないけどアキに無視されるようになるしさー! 自分勝手過ぎない?」

 その乃亜の一芝居が原因で別れたと言おうかと思ったがやめておいた。乃亜は多分善意で協力してくれた筈だ。

「アキが何かに執着するなんて面白そうって思って協力してあげたのに」

 前言撤回。完全に冷やかしだった。

「俺、もうアキの彼氏でも何でもないし、もしアキが困ってるなら力になれる事なんて無いと思う」
「ん~?」

 乃亜は思案するような顔で首を傾げる。まさに仕草が小動物のそれで、狙っているのかいないのかは分からないが、これで今まで何人の人生を狂わせて来たんだろうと思う。
 俺はそんなどうでもいいことを考えながら、何故か他人事のように乃亜の返事を待った。

「そんなこと無いと思うよー? だってアキが大変なことになってるの、リュージくんが原因だもん」

 乃亜はニコニコと笑っているが、俺の心は凍りついた。
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