僕のために、忘れていて

ことわ子

文字の大きさ
25 / 29

アキの彼氏

しおりを挟む
 俺は額に手を当てると、更に痛み始めた頭を休ませるように目を閉じた。ドク、ドク、と血管が脈打つ度に鈍い痛みが走る。

「どういうことなんだよ……」

 目眩がするくらい沢山の情報が頭の中に渦巻く。整理しようにも、俺には重要な記憶が無い。俺だけが蚊帳の外で、誰の気持ちにも寄り添えないことが悔しいと思った。
 中でも一番アキの事が分からなかった。今まで知っていたアキという人物が一切分からなくなった。本当のアキはどこにいるのだろう。

「帰るか……」

 陰気な場所に居ると気持ちまで暗くなってくる。日はもう傾き始めていて、電気をつけていなかった教室内は薄暗くなり始めていた。
 俺は自分の教室まで鞄を取りに行くと、足早に学校を出ようと校門をくぐった。するとすかさず誰かから背中に声をかけられた。

「えっ、マジか! マジで見つかるもんなんだ!」

 聞き覚えのある声と、思い出したくない記憶がセットで蘇る。俺は声のする方へ顔を向けた。ふわふわの髪を靡かせながら、小柄な女の子がこちらに向かって小走りで近づいて来た。

「こんにちは! あ~もうこんばんはかなぁ?」

 どうでもいい挨拶への拘りを緩いテンションで語られて、若干苛つく。今の俺は色々なことがあって心に余裕が無いらしい。

「ええっと……リュージくん、だよね? キミの事探しに来たんだけど、まさか本当に見つかるとは!」

 屈託なく笑う姿は普通の状況で見れば可愛い女の子だ。さっきから下校中の生徒たちがチラチラと盗み見て行く程度にはオーラがある。俺も初めて見た時はそう思ったな、などと思い返す。

「それはそうと、リュージくん」

 乃亜はいきなりゼロ距離で距離を詰めると俺の腕に自身の腕を巻き付けてきた。

「えっ、ちょっと、やめ」
「え、あーごめん! ついいつもの感じでやっちゃった!」

 いつもこうなのか。こんなに恐ろしい生き物がこの世に存在するなんて知らなかった。

「アキが嫉妬しちゃうから今のは内緒ねー?」

 不意に乃亜からアキの名前が出て心臓が跳ねる。元々乃亜はアキの元カノなのだから名前が出てもおかしくは無いが、アキの事で悩んでいる今、その名前を聞くのは遠慮したかった。

「えっと、じゃあ、行こっか!」
「え、どこに……?」
「ついて来れば分かるよー! ちょっと今大変でさぁ」

 何かは分からないが、乃亜は今困っているらしい。困っている人が目の前にいて無視できる様な人間じゃない俺は、自分のお人好し具合を呪いながら乃亜の後に続いた。

「アキが大変でさー」
「アキが?」
「うん。もうめちゃくちゃ!」

 もしかしたら深刻な話なのかもしれないが、乃亜の喋り方が余りにも間伸びしていて緊張感が無い。そういえばアキの家で乃亜と会った時はこんなに穏やかに喋ってはいなかった。タイミングがタイミングだっただけかもしれないが何かが引っかかる。

「それで何で俺のこと探すの?」
「え、だってリュージくん、アキの彼氏でしょー?」

 なんて事ないような顔で乃亜は笑いかけてくる。

「えっ、いや、あの、アキとはもう別れた……」

 おそらくもっと他に言うことはあった筈だが、余りにも普通に乃亜が俺の事をアキの彼氏と認識していたことに動揺して頭が真っ白になる。

「うそ!? 別れちゃったの!? えー折角乃亜が協力してあげたのにぃー!」
「は? え、」
「アキがどうしてもリュージくんに嫉妬して欲しいって言うから乃亜が一芝居うったのに!」

 口を尖らせて怒る乃亜。

「結局、あの後なんか知らないけどアキに無視されるようになるしさー! 自分勝手過ぎない?」

 その乃亜の一芝居が原因で別れたと言おうかと思ったがやめておいた。乃亜は多分善意で協力してくれた筈だ。

「アキが何かに執着するなんて面白そうって思って協力してあげたのに」

 前言撤回。完全に冷やかしだった。

「俺、もうアキの彼氏でも何でもないし、もしアキが困ってるなら力になれる事なんて無いと思う」
「ん~?」

 乃亜は思案するような顔で首を傾げる。まさに仕草が小動物のそれで、狙っているのかいないのかは分からないが、これで今まで何人の人生を狂わせて来たんだろうと思う。
 俺はそんなどうでもいいことを考えながら、何故か他人事のように乃亜の返事を待った。

「そんなこと無いと思うよー? だってアキが大変なことになってるの、リュージくんが原因だもん」

 乃亜はニコニコと笑っているが、俺の心は凍りついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話

雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。 主人公(受) 園山 翔(そのやまかける) 攻 城島 涼(きじまりょう) 攻の恋人 高梨 詩(たかなしうた)

罰ゲームで告白したら、一生添い遂げることになった話

雷尾
BL
タイトルの通りです。 高校生たちの罰ゲーム告白から始まるお話。 受け:藤岡 賢治(ふじおかけんじ)野球部員。結構ガタイが良い 攻め:東 海斗(あずまかいと)校内一の引くほどの美形

【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉
BL
写真部の三年・春(はる)は、入学式の帰りに目を瞠るほどのイケメンに呼び止められた。 「好きです、先輩。俺と付き合ってください」 春の目の前に立ちはだかったのは、新入生――甘利檸檬。 一年生にして陸上部エースと騒がれている彼は、見た目良し、運動神経良し。誰もが降り向くモテ男。 「は? ……嫌だけど」 春の言葉に、甘利は茫然とする。 しかし、甘利は諦めた様子はなく、雨の日も、夏休みも、文化祭も、春を追いかけた。 「先輩、可愛いですね」 「俺を置いて修学旅行に行くんですか!?」 「俺、春先輩が好きです」 甘利の真っすぐな想いに、やがて春も惹かれて――。 ドタバタ×青春ラブコメ! 勉強以外はハイスペックな執着系後輩×ツンデレで恋に臆病な先輩の初恋記録。 ※ハートやお気に入り登録、ありがとうございます!本当に!すごく!励みになっています!! 感想等頂けましたら飛び上がって喜びます…!今後ともよろしくお願いいたします! ※すみません…!三十四話の順番がおかしくなっているのに今更気づきまして、9/30付けで修正を行いました…!読んでくださった方々、本当にすみません…!!  以前序話の下にいた三十四話と内容は同じですので、既に読んだよって方はそのままで大丈夫です! 飛んで読んでたよという方、本当に申し訳ございません…! ※お気に入り20超えありがとうございます……! ※お気に入り25超えありがとうございます!嬉しいです! ※完結まで応援、ありがとうございました!

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...