僕のために、忘れていて

ことわ子

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どっちかっていうと、好き

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「着いたー!」

 言われるまま乃亜に付いて来た結果、見覚えのある家の前に辿り着いた。
 途中から気もそぞろで乃亜の話を聞いていなかった俺は初めて来た時とは違う緊張感で大きな門を見上げた。

「さー入って、入って」

 急かすように乃亜が勝手に門を開けながら俺の腕を引っ張る。我に返った俺はすんでの所で足に力を入れ立ち止まった。

「ちょっと待って! ここアキの家じゃ……」
「そうだけど?」

 何を当たり前のことを聞いているのかとでも言うように乃亜は小首を傾げる。

「勝手に入ったらまずいって……」

 最もらしいことを言ってこの場から離れようとしたが、乃亜には通用しなかった。

「乃亜が一緒だから大丈夫だよー」

 いや寧ろ、乃亜が一緒だから余計にまずい気がするんですけど。

 しかし、考えてみれば最初に会った時も乃亜はいきなりアキの部屋に入って来ていたし、もしかしたら家の人と仲が良いのかもしれない。
 それでも俺がアキの家に入りたくないのは変わらず必死にゴネる。

「いや、でも、俺は部外者で……」
「だーかーらー、リュージくんは部外者じゃなくて原因だってぇー」
「その原因ってなん──」

 ドア前で押し問答をしていると、2階から何か物が落ちたような音がした。続いてもう一回大きな物音。今度は何かが割れる様な音で冷や汗が首筋を伝う。

「あー、アキ派手にやってるなぁ~。おばさん可哀想……」

 乃亜は眉毛をハの字に曲げてため息をついた。声のトーンは幾分落ちたが、こんな時でも乃亜の間伸びした喋り方は変わらない。あまりのマイペース具合にこちらのペースが徐々に崩れていく。

「は? 今の音、アキがやったの!?」

 聞き捨てならない名前に俺はもう一度2階を見上げた。今はもう音はしていないが、危険な事に変わりはない。

「乃亜がリュージくん探しに出た時はここまで酷くなかったんだけど、多分そうだと思う」

 呑気な声で答える乃亜に段々と焦れてくる。

「怪我してたらどうするんだよ!」
「え、ちょっと、リュージくん!?」

 乃亜にぶつけても仕方がないのは理解していても勢いで吐き捨てて、急いでドアを開けた。玄関から真っ直ぐ伸びた階段の先にアキの部屋がある。俺は無我夢中で靴を脱ぎ捨てるとバタバタを階段を駆け上がった。

「アキ!!」

 まるで突撃でもするかの様にアキの部屋のドアを開けて転がり込む。勢いをつけ過ぎて止まれず、部屋の中に散乱しているテーブルだった木の破片を踏んでしまった。

「いったぁ!!!」

 自分でも驚くほど大きな声が出てしまい気まずい。しかし自分以上に気まずそうな顔をしているアキがベッドに腰掛けこちらを見ていた。

「あ、アキ!」

 俺はアキに駆け寄り、輪郭を思い切り両手で掴んだ。長い前髪を横に払う。

「どこか怪我してねぇ!?」

 確認するように顔を撫で回し、肩や腕を触って確かめようとする。見た感じどこからも血は出ていない。どこを触っても痛がる様子もない。後は本人からの言葉が欲しくて、俺はアキの目を見た。
 至近距離で目が合い、アキは首を横に振って視線を逸らした。

「あ……、ごめん、俺、……」

 俺は急に今の状況を理解して気が小さくなった。人の家に勝手に押し入って何をやっているのだろう。

「あの、大きい音がして……もしかしたらアキが怪我してるかもしれないって思って、それで……」

 アキはこっちに視線も寄越さずに無言でいる。
 さっきとは打って変わって静まり返った室内に耐えられなくなって俺はアキから視線を外した。
 この部屋に唯一置いてあったテーブルが壊されていて部屋の隅に放置されている。カーテンは引き裂かれていて、アキが座っているベッドだけがかろうじて形を保っている。
 言うまでもなくひどい状況だ。これをアキがやったと乃亜は言っていた。しかもその原因が俺にあると。

「…………アキ」

 ここで逃げたら全部ダメになると、なんとなく思った。

「アキ」

 もう一度、今度はしっかりと名前を呼び、俺はアキの隣に腰掛けた。友達というには近過ぎて、恋人というには遠い距離に。

「こっち見て」

 俺は無理矢理アキの顔を自分の方に向かせた。さっきは焦っていて分からなかったが、アキの頬は血が通っていないかと思うくらい冷たくなっている。

「うわ、冷た……」

 俺は自分の体温を分かるかのように優しくさすった。
 アキは少し身じろぎしたが、されるがままになっている。

「…………あのさ、今更って思うかもしれないんだけど、ちょっと聞いてほしい事があって」

 俺がそう言うと途端にアキは怯えた様に肩を震わせた。
 アキは悲しげに目を細めると項垂れた。

「……………もういいよ」

 アキはこちらに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

「え?」
「もういいって…………」

 手を額に当てながら震える声でアキは息を吐いた。苦しそうな声にこっちの胸も痛くなってくる。

「だからもういいんだって! こんな気持ち悪いやつの事なんか忘れてよ!」
「気持ち悪いって誰が?」

 アキの言葉に若干ムッとした俺は語気を強めに聞き返した。いつもとは違う俺の雰囲気にアキは口を閉じた。

「誰が気持ち悪いって言った?」

 詰めるように見つめると、気圧された様にアキは下を向いた。

「俺はアキの事、気持ち悪いなんて思ってない」

 きっぱりと言い切ると、信じられないという顔でアキは俺を見た。

「思ってないし、どっちかっていうと、好き、だし……」

 肝心な所が小声になってしまい、もごもごと口を動かしながら俯く。アキの反応が気になって、かっこよく言い切れないのがなんとも俺らしい。情けないのと、恥ずかしい気持ちで耳まで熱を持ち始める。確認は出来ないが、きっと相当赤い顔をしているだろう。

 右往左往する俺をよそにアキは微動だにしない。一方的に振っておいて、やっぱり好きなんて虫が良すぎる。今更、と一蹴されても仕方がないと思った。が。

「………………え、」

 アキの気の抜けた声が耳に届いた。俺は勢いよく顔を上げた。

「……なんで?」

 好意を伝えて、なんでと返されると思っていなかった俺は動揺した。

「なんでって…………」
「だってあの浮気女とより戻したんでしょ。なのに、なんで」

 事実ではあるものの、瑠璃華のことを浮気女と呼ぶアキの姿に異常なほどの悪意を感じる。普通の人からしたら引くところなのだろう。でも今の俺にはその悪意さえも受け止めようと思う覚悟があった。

「瑠璃華とは付き合ってない」
「は」
「好きなやつがいるからって断った」

 ここまで言ってようやく、アキは自分が早とちりした事に気付き、気まずそうに顔を赤くした。珍しいアキの表情に目を奪われる。

「んで、その、好きなやつっていうのが──」

 最後まで言わせては貰えなかった。アキは真面目な顔で俺の方に体を向き直した。アキの細くて長い指が俺の頬の形をなぞり、導かれるように目を閉じた。
 徐々に近付く熱を感じながら、その瞬間を待っていると。

「アキ~~~~? 生きてる~~~~?」

 こちらのペースを崩すあの声が聞こえ、俺は反射的に仰け反った。

「乃亜……タイミング悪い」
「えーまた乃亜タイミング悪かったの~?」

 むくれる乃亜に見せつけるかの様に、アキは俺の腰に腕を回し密着するように引き寄せた。

「ちょ、アキ!」
「あれ? 別れたって言ってなかったっけ?」

 頭の上に疑問符を浮かべる乃亜の視線から逃れたくて、両手でアキの体を押すがびくともしない。普段はヒョロヒョロの癖に、俺に対するこの力強さは何なのかと不思議に思う。

「あ、あの、これはその、えーっと」

 俺が言い訳を考えていると、乃亜の背後から可愛らしい顔の中年の女性が顔を出した。

「おばさん!」
「母さん」
「へ?」

 おばさん。それに母さん?

 俺は嫌な予感を全力で否定しながら、声を出した。

「あ、あの……」
「あれ、僕の母さん」

 嫌な予感が的中すると、ものすごい衝撃が頭を貫いた。今まで以上の衝撃に俺の頭はそろそろ壊れそうだと思った。誰一人として労ってくれそうもない。

「あ、えーと、初めまして、アキの母です」

 場にそぐわない軽やかな声が室内に響いた。
 俺は言い逃れ出来ないこの状況になんと言ったらいいのか分からず、引き攣った笑いを漏らした。
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