僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、2日【1】

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「リシュ! ねぇ、リシュってば!」

 自室にて一人、机に向かって一心不乱に手紙を書いている時だった。
 突然背後から女の人に声をかけられ、僕は慌てて立ち上がった。
 書きかけの手紙が落ちたのも気づかずに、大きな動作で振り返る。
 何回も言うが、僕の部屋に無断で入れる人物は限られている。まずはエステラ姉さんを始めとした家族、そして『花』に決まったシセル、そしてもう一人が――。

「リシュ、久しぶり!」
「パメラ!」

 そこには僕の婚約者であるパメラが思い出の中より伸びた金色の髪を優雅に揺らしながら、満面の笑みで立っていた。驚いている僕の顔を見てケラケラと笑い声を上げる。
 貴族の令嬢にしては日に焼けた肌が快活なパメラの瞳と相まって活動的なイメージを与える。
 相変わらず、ひらひらとしたドレスは好んでいないようで、涼しげな青が印象的なスマートなデザインのものを着ている。僕は流行も世間の評価も分からなかったが、それがパメラに似合っていることだけは分かった。
 久しぶりの再会に僕は思わず両手を大きく広げ、パメラに抱きついた。パメラも僕の背中に優しく手を回し、再会を喜んでくれた。

「いつぶり?」
「九年と一か月と三日」
「そう言うとこ、本当にパメラは変わらないよね」
「リシュも相変わらず冴えないわね」

 パメラはそう言って僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。最早愛犬のような扱いだが、今更気にならない。前に会った時は同じくらいだった背は僕の方が高くなり、パメラは背伸びをして手を伸ばした。少し不服そうな顔をしながら唇を突き出し、それでも頭を撫でることをやめようとはしない。パメラのこの、悔しそうな、むくれているような顔を見るのも久しぶりだ。
 僕は懐かしさから笑い、されるがままに目を細めた。

 僕の正式な婚約者であるパメラは僕の母方の従姉妹で親戚ではあるが、王族ではない。それ故に、窮屈なしきたりに縛られることなくのびのびと生活していた。仮にも第三王子の婚約者であるにも関わらず、本人たっての希望で、婚約が決まった十歳の年から海外に留学するという奔放ぶりだ。
 それを知った大臣たちは憤慨し、僕に違う貴族をあてがう話がでたらしいのだが、僕がパメラを気にいっていたため白紙になった。
 以降、手紙でのやりとりのみで近状報告を続けていた僕たちだったが、そういえば最近お互いにやりとりの頻度は少なくなっていた。
 僕は僕で色々あったし、パメラも向こうで忙しくしていると思っていた。

「そう言えば、どうしてパメラはここに?」

 突然の再会嬉しさにすっかり忘れていたが、海外にいるはずのパメラが何故自分の部屋にいるのか分からない。
 僕が質問すると、パメラは急にニヤニヤとした下世話な笑みを浮かべた。そういえば、パメラは噂好きなところがあったのを思い出した。そこが唯一パメラの直してほしいところだったが、本人に伝えたことはまだ、無い。
 近い将来、王族に加わることが決まっている人間がするような表情ではない顔をしていたが、僕はそれを訂正する気はなかった。訂正すればするほど僕が気に入っている今のパメラが、擦り減っていってしまう気がするからだ。
 パメラがパメラらしくいられる場所を守ることも僕の仕事だと思っている。
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