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20.風に抱かれて

風に抱かれて④

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「ありがとう」
 そう言った紬希が柔らかい笑顔を貴堂に向ける。

 小さな顔に、綺麗に配置されたパーツ。
 大きな瞳、小さな鼻と可愛らしい唇。決して派手な顔立ちではないけれど柔らかくて、儚げで貴堂の大好きな顔。

 そして今はそれだけではない紬希の素直さも強さも知っている。さらに恥じらう姿も、甘い声も、意外なほどの色気を湛えた姿も。

 空港で初めて見たあの時よりも、もっともっと愛おしい。

 貴堂はふわりと風を身にまとっている紬希を抱きしめた。
「あの時抱きしめたいと思った君が僕の腕の中にいる」
「え……?」
「空港で、花小路くんにシャツを届けに来ただろう?」

 紬希もそれは覚えている。
 シャツが仕立て上がったとメールしたら、珍しく雪真に送るから、空港に持ってきてくれないかとお願いされたのだ。
 その時にデッキのあの端なら人目には付かないから、と教えられた。

「は……い」
「見たんだよ。その時に紬希を」
 貴堂が優しい顔で紬希を見ていて、そうっと指で紬希の頬を撫でる。

「花小路くんは紬希を風から守ってた。僕が……守れたらいいのに、と思ったんだ」

 紬希は頬が熱くなるのを感じた。
 レストランで会ったのが初めてだと思っていたのだ。
 まさかその前に姿を見られていて、その頃から気持ちを持っていてくれたなんて。

「大人しいだけの女性かと思えば、意外なほど仕事にはストイックだし……昨日の、海の表現も……紬希らしいと思ったよ」
「恥ずかしい……もっと、素敵な表現がありますよね」

「いや。僕には紬希らしくてとても良かった。紬希の色んな姿を見る度に僕は……自慢して歩きたくなったり、僕の腕の中に閉じ込めておきたくなったりする。空を飛ぶこと以外にこんな風に気持ちを持っていかれるのは紬希だけだ」

 紬希にだって、貴堂は他の誰よりも安心を与えてくれる人であり、貴堂がいてくれたからこんな風に旅行にまで行けるようになった。

 紬希は頬を撫でている貴堂の手の上から自分の手をそっと重ねる。

「一年前なら、こんなところに自分がいるなんて考えられませんでした。誠一郎さんがそばにいてくれるから私は動けたんです」

 きっと、紬希ならいつか自分の力で外へ出ていくこともできただろうと貴堂は思う。
 それでも、自分の手を取ってくれたことに、貴堂は喜びを感じるのだ。

 美しくて儚げでありながらしなやかな強さをきちんと持っている人。

 紬希は貴堂を見上げる。
 頼りがいがあって、いつでも紬希を認めてくれて見守ってくれて、愛してくれる人。

 視線が絡まって、どうしようもなく顔が近づいて、二人の唇がそっと重なった。


 遠くから聞こえる波の音と、優しい風、降るような星がそんな二人を包み込んでいたのだった。



     *⋆꒰ঌ┈┈┈END┈┈┈໒꒱⋆*


🧸長らくお付き合い頂き、ありがとうございました(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)💕
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