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16.『推し』ですっ!

『推し』ですっ!⑤

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 彼はバッグの中から自分の名刺を出して紬希にくれた。紬希はそれを両手で受け取る。

『レ・クレドール 門脇俊人かどわきとしひと』と書かれている。

「門脇さん。三嶋紬希です。よろしくお願いします」
「みしまつむぎさんてどう書くんですか?」
 紬希はボールペンで名刺に名前を書いて見せた。

「そっちは俺にください。新しい名刺を差し上げますから。三嶋さん、なんでも作れるんですか?」
「お洋服? はい」

「いや、エプロンとかも?」
「エプロンの方が簡単ですね。サイズもないでしょうし。作ったことはないですけど作れると思います」

「では俺が出世していずれ店を持ったら、是非お願いしたいな」
「お待ちしています」

──お客様をゲットしました!

 けれどこの会話がきっかけで、テーブルにお皿を置いてください、とかそうやって飾りつけするんですね!と楽しく会話が弾んで紬希は一人で退屈しないで済んだのだった。

「ただいま。なんだか楽しそうだね」
「貴堂さん! お帰りなさい。お疲れ様でした」

「ん。ただいま、紬希」
 門脇がいるのもはばからず、貴堂は紬希をきゅっと抱きしめる。そうしてダイニングテーブルの上を確認した。

「うまそうだな。腹減ったよ」
 機体トラブルのせいで昼食は食べられず、着陸してからは会社での聞き取りがあり、その後そのまま帰ってきた貴堂である。

「はい。本当にお疲れ様でした」
「何かあったのか?」

 門脇の質問に貴堂は頷いた。
「どうせニュースになる。パースに向かう途中でエンジン火災。そのまま羽丘に引き返したんだ」

「無事だったのか……すごいな」
「まあ、エンジン火災だけだったからな。他にトラブルがなかったのは助かったよ。明日はオフで明後日は出勤。報告書やら調査への協力やら考えると頭が痛い」

「何百人かの命を救ってそれなのか?」
「再発防止策とか言われると仕方ないな。デスクワークは嫌いだとか向いてないとか言っていられない。で、何をそんなに仲良く話していたんだって?」

「紬希ちゃんがシェフコートやエプロンを作ってくれるというので」
「シェフコートやエプロン? それは可愛いな」
「貴堂? どういうのを想像している?」

「紬希のシェフコートとエプロンだろう? けど、シェフコートよりエプロンがいいな。エプロンはこう白くてヒラっとしているやつ」

──白くてヒラっと……?

「あー分かるなー。それ付けてお帰りなさいとか玄関で出迎えてほしい」
 完全に話がズレているのだが、紬希には分かっていない。

「門脇さんにですか?」
 門脇は貴堂と比べると華奢だが、それでも男性だ。

 その門脇にヒラっとした白いエプロン……?
 それは絵的にどうなんだろうと首を傾げる紬希だ。

「そんな訳ないだろう。紬希にだよ」
「え? 私?」
「男のロマンだよなー」
 貴堂と門脇には分かるようだ。

──男のロマン……。私には分からないものなのかしら?

 家に帰ったら兄の透に聞いてみようと思った紬希なのだった。


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