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7.変わらないこと
変わらないこと③
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『中に入るところまでは確認しなかったからね』
「貴堂さんこそ、もうご自宅ですか?」
『ん? まだ運転中だよ。紬希の声が聞きたくて。それに君は僕が交際を申し込んだと信じてくれなさそうだから』
「すごい! 当たってるわ! まだ信じられません」
あははっと笑い声が聞こえる。
『冗談のつもりだったのに、本当にそうだったとは。君は本当に素直で可愛い人だな』
「そうやって、私をからかって……」
『からかっていないよ。本当に可愛らしいし、実を言えば年甲斐もなくはしゃいでいるんだ』
柔らかく耳に届く声が心地いい。
「年甲斐……なんて」
『本当。はしゃいで、君の反応一つ一つに喜んでる』
貴堂はとても正直に自分の気持ちを丁寧に紬希に伝えてくれる。
紬希は電話の声を聞くだけで、こんなにドキドキすることがあるのだと知らなかった。
密やかに甘いような声に鼓動が高鳴る。
だから紬希も正直に答えることにした。
「私もとてもどきどきします」
『そうか、嬉しいな。不在の時も僕のことを考えてくれたら嬉しい』
そんな風に言われたら、つい考えてしまいそうだ。
『明日は待機でその次は国内線乗務なんだ。翌日はオフにはなるけど、その次が国際線乗務になるから、しばらく会えない』
「はい」
今までも誰かと会う約束など、ほとんどしていないし紬希自身の生活が変わることはない。
だから、はいとしか返事ができなかったのだけれど。
『また、連絡するよ』
そう言って、電話は切れた。
──約束を交わし、制約を背負うことで、人は覚悟を示し、信頼関係を強める。
貴堂はそう言ったのだ。
紬希の生活が変わることはないけれど、それでも予定をきちんと伝えてくれるのが貴堂の誠意なのだと、電話を切って紬希は気付いた。そうやって、貴堂は紬希のことを考えていると伝えてくれている。
「あ……」
紬希は言葉を失った。とても素晴らしい人だと思う。
──今、紬希が彼に返せること……。
紬希は作業台を見た。
そこには先ほど貴堂が選んだ布と、詳しいサイズを書き込んだ用紙が置いてある。
貴堂が紬希の作ったシャツを着てくれて、着心地がいいと喜んでくれたら、紬希はとても幸せな気持ちになるだろうと思うのだ。
紬希は生地にそっと手を触れた。
翌日の貴堂は空港近くにあるJSAビルのオフィスにいた。
この日はスタンバイと呼ばれる待機のために出社していたのだ。申告するものや、会社からの依頼事項、スケジューリング、メールチェックなどの事務作業を進めていく。
「貴堂くん」
事務所にひょい、と顔を出したのは制服姿の先輩パイロットの三条昂輝だった。
「三条さん!」
数年前まで、最年少機長だったのはこの三条である。
貴堂が昇進した時は『数年で最年少記録を破られるとは!』と笑って昇進祝いの会を開いてくれた人だ。
貴堂も目標としているような人だった。
JSAの濃紺の制服が似合う人で身長も高く、海外の乗務員用ラウンジでもその存在感は損なわれることがないと言われるくらい、華のある人物だ。
同じく整った風貌の目立つ貴堂と並ぶと、なかなかに迫力がある。事務所内でも相当に目立っていた。
「貴堂さんこそ、もうご自宅ですか?」
『ん? まだ運転中だよ。紬希の声が聞きたくて。それに君は僕が交際を申し込んだと信じてくれなさそうだから』
「すごい! 当たってるわ! まだ信じられません」
あははっと笑い声が聞こえる。
『冗談のつもりだったのに、本当にそうだったとは。君は本当に素直で可愛い人だな』
「そうやって、私をからかって……」
『からかっていないよ。本当に可愛らしいし、実を言えば年甲斐もなくはしゃいでいるんだ』
柔らかく耳に届く声が心地いい。
「年甲斐……なんて」
『本当。はしゃいで、君の反応一つ一つに喜んでる』
貴堂はとても正直に自分の気持ちを丁寧に紬希に伝えてくれる。
紬希は電話の声を聞くだけで、こんなにドキドキすることがあるのだと知らなかった。
密やかに甘いような声に鼓動が高鳴る。
だから紬希も正直に答えることにした。
「私もとてもどきどきします」
『そうか、嬉しいな。不在の時も僕のことを考えてくれたら嬉しい』
そんな風に言われたら、つい考えてしまいそうだ。
『明日は待機でその次は国内線乗務なんだ。翌日はオフにはなるけど、その次が国際線乗務になるから、しばらく会えない』
「はい」
今までも誰かと会う約束など、ほとんどしていないし紬希自身の生活が変わることはない。
だから、はいとしか返事ができなかったのだけれど。
『また、連絡するよ』
そう言って、電話は切れた。
──約束を交わし、制約を背負うことで、人は覚悟を示し、信頼関係を強める。
貴堂はそう言ったのだ。
紬希の生活が変わることはないけれど、それでも予定をきちんと伝えてくれるのが貴堂の誠意なのだと、電話を切って紬希は気付いた。そうやって、貴堂は紬希のことを考えていると伝えてくれている。
「あ……」
紬希は言葉を失った。とても素晴らしい人だと思う。
──今、紬希が彼に返せること……。
紬希は作業台を見た。
そこには先ほど貴堂が選んだ布と、詳しいサイズを書き込んだ用紙が置いてある。
貴堂が紬希の作ったシャツを着てくれて、着心地がいいと喜んでくれたら、紬希はとても幸せな気持ちになるだろうと思うのだ。
紬希は生地にそっと手を触れた。
翌日の貴堂は空港近くにあるJSAビルのオフィスにいた。
この日はスタンバイと呼ばれる待機のために出社していたのだ。申告するものや、会社からの依頼事項、スケジューリング、メールチェックなどの事務作業を進めていく。
「貴堂くん」
事務所にひょい、と顔を出したのは制服姿の先輩パイロットの三条昂輝だった。
「三条さん!」
数年前まで、最年少機長だったのはこの三条である。
貴堂が昇進した時は『数年で最年少記録を破られるとは!』と笑って昇進祝いの会を開いてくれた人だ。
貴堂も目標としているような人だった。
JSAの濃紺の制服が似合う人で身長も高く、海外の乗務員用ラウンジでもその存在感は損なわれることがないと言われるくらい、華のある人物だ。
同じく整った風貌の目立つ貴堂と並ぶと、なかなかに迫力がある。事務所内でも相当に目立っていた。
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