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6.好きな子は大事にする

好きな子は大事にする③

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 上司がきちんと対応してくれたということは、本当にありがたいことだった。
「杉原さん」
「はい」

「他の課員からも、心配する声を聞いたからね。本当に申し訳ない」
「とんでもないです! そんな風に言ってくださることがありがたいです」

 慌てて亜由美が両手を横に振ると、ふっと課長は微笑んだ。
「杉原さんは本当にいい子だけれど、何でも抱えすぎてしまう傾向にあるよね。なにかあったらいつでも言っていいからね」

「ありがとうございます」
 心から嬉しく思って、亜由美は課長に向かって頭を下げる。

 迷惑に思われたんじゃないかと亜由美は思っていたけれど、課内のメンバーはそれだけではなく、心配もしてくれていたと知って、気持ちがとても楽になった。

 ◇◇◇

 警視庁に戻った鷹條は会議に参加し、その会議のあと上司の久木に声をかけられた。
 予想はしていたので驚くことはない。

「ちょっといいですか?」
「はい」

 呼ばれたのは小会議室だ。テーブルを挟んで鷹條の向かいに座った久木は口を開く。
「どうなりました?」

 先ほどの亜由美の件だというのは鷹條にも察しがつく。
「告白しました」
「で、了承してもらいましたか?」

 からかっているわけではない。久木も真剣な表情だし、鷹條ももちろん真剣だ。
「はい……多分」
「多分? まだ曖昧ですか?」

「あ、いえ。付き合うことになりました。自分を好きだと言ってくれて、その……まだ実感がなかったというか」

「付き合ってと言って了承してもらって、好きだとまで言われたのであれば、交際に発展することは間違いないでしょう」

「はい」
 鷹條は背筋を伸ばす。久木は普段フランクな人だが、仕事には厳しいし、警察官として誇りをもって仕事をしている人だ。

「ルールは知っていますね? お相手の名前、勤務先、住所地を教えてください」
「はい」

 鷹條は亜由美のフルネーム、それから勤務先、送り届けたときに確認した住所を淡々と久木に伝えた。
 交際相手がいる場合は報告をすることになっているのだ。

 様々な理由があるが、交際相手が犯罪集団や反社会的勢力などと関わりがないかなどの確認が一番大きな理由だろうと言われている。

 鷹條のいる警備局では要人の警備情報の入手ができる立場にあり、万が一テロリストの仲間である女性と交際してしまったとなれば、それは大変なことになる。

 そんなことはあり得ないようにも思うが、警察官という職業自体に誘惑が多い職業なのだということは散々研修で言われることだ。

 恋人に関してはそんな危惧もあり身辺調査をするとも言われているが、鷹條は実際にどんな調査をするかまでは知らない。
 もしそんな調査をするとしたら、それは上司の仕事だ。

 なぜ報告しなければいけないか、その理由についても十分に承知している。
 やましいことがなければ恋人の有無だけではなく身の回りの変化は報告しておいた方がいいというのは分かっている。それはリスク回避のためだ。

 公務員でもあり、警察官という特殊な職業である以上やむないことは分かっていてこの仕事を選択しているのだから。

 それに鷹條の場合はまだ久木が直接聞いてくれて、メモを取る程度のことなのもマシだ。
 部署によっては交際に関しても報告書を書面にして出さなくてはいけないところもあるらしい。

 警察官の仕事については理解しているし、出せと言われればもちろん出すけれど、恋人のことを文書にして提出しろと言われたら、鷹條ですらもやはり少し抵抗はあるだろう。

 久木はそんな部下の気持ちも十分に汲んでくれる人だ。
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