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 ホーンドオウル侯爵家の後継者、カインが消息を絶ったと連絡を受けたのは、移動中の馬車の中だった。
 御者から報告を受けた時には違和感を覚えていたトリシュは、馬車から逃げることを提案してきて、軽い作戦を立てた。
 馬車が侯爵寮に入った後、休憩のために馬車が止まった隙に二手に分かれて走り出し、侯爵の屋敷で合流するというものだ。
 ドレスでは走り難いだろうと裾を切り、重たいだろうアクセサリー類を外し、ヒールを脱いで時を待った。
 しかし馬車は止まることなく進み、窓から見えていた景色は次第に深い森へ。
 こんなにも森の深くに連れて来られてしまったら、馬車から逃げ出せたとしても肉食の野生動物にから逃げることは難しいだろう。
 「キュキュゥ……」
 島から連れて来た唯一の友であるレッドドラゴンは、俺の頭の上から懐に入ってくると不安げに小さく鳴いた。
 「大丈夫……俺から離れるなよ?」
 このレッドドラゴンは、事故で亡くなった者の側にいた所を保護した子供で、人に害を及ぼさない大人しい種だったから飼うことにした。
 水しか口にしないのだから変わってる。
 ガタンッ!
 一層激しく馬車が揺れ、大きく跳ねた体が床に打ち付けられる。
 「王女様、大丈夫ですか!?お怪我はありませんか?」
 「ギュゥゥ」
 酷く慌てたトリシュの声と、俺の体に押し潰されそうになっているレッドドラゴンの苦しそうな鳴き声が同時に聞こえてくる。
 「わ、私は大丈夫ですわ……それより、馬車が止まりましたわね」
 止まったというよりは、跳ねた馬車の車輪がダメージを受けて走らなくなった。に近いものを感じるが。
 「……確かに、ホーンドオウル侯爵領にお連れしましたよ」
 状況を確認しようとしたところで、外から御者が声をかけてきた。
 馬車から外には出てはいないが、それでも窓から見える景色は先程よりもさらに深くなった森の景色であり、この御者が始めからホーンドオウル侯爵の屋敷まで案内するつもりがなかったのだと伺い知れる。
 島の者ではなく、大陸についてから雇った御者だというのに……。
 「貴様!」
 一体誰の差し金だ?
 「あぁ、あまり大声は出さない方がよろしいですよ。ホーンドオウル侯爵領の森は、魔物が出るそうです。それに、ここには魔法使いがたくさんいるそうですからね」
 なにを淡々と……。
 「キュイキュイ!!」
 「魔物っ!?」
 あ……。
 レッドドラゴンの声に驚いたのか、御者は馬車を置き去りにして自分だけ馬に乗って逃げて行った。
 だけど、この状況は俺達にとっては有難い……どのみち逃げようと思っていたんだ、アクセサリーも置いて急いで逃げなければならなかった先程とは違い、全ての金品を持って、周囲に気をつけながら二手に分かれずに揃って移動ができる。
 「こんにちは。少し良いかな?」
 暗くなる前に逃げようとした時、何処からともなくそんな声が聞こえてきた。
 馬車の外に人がいるのだろうかと窓の外を確認してみても、誰もいない。
 幻聴か?
 「俺の声が聞こえてるなら、馬車から出て来てくれる?」
 怪しいな。
 無視した方が良いだろうか?
 「王女様、まずは私が外の様子を伺います」
 トリシュにも謎の声は聞こえているようで、これは俺の幻聴ではないことが知れる。
 キィと戸を開け、周囲をキョロキョロと確認しながらトリシュが馬車から下りたが、特になにもないようだ。
 恐る恐る俺も馬車の外に出てみるが、そこは森の中というだけで、特に恐ろしい物はない。
 「君達は命を狙われている。王女様の命を守りたいなら侯爵家に身を置くことだ。いいね?侯爵家にいる限り君達の命は保証される」
 これは……脅しか?
 「姿を現せ!道化の者か!?」
 道化というよりも、さっき御者が言っていた魔法使いに近い存在だろうか。
 侯爵家というのは十中八九ホーンドオウル侯爵家のことだろうが……生憎、俺達はそこへ向かっている道中でこの状態なのだが?
 それなのによくもまぁ命が保証されると言えたものだ。
 道化ではなくペテン師か?
 「君達が侯爵家にいる間、君達の誰1人として命を失うことはない……いいね?」
 「きゃぁ!」
 魔法使いが言葉を終えた途端、馬車の周囲に風が吹き荒れ、風から目を守るために前に出していた腕が強い力で後ろ手に回され、高速具が付けられた。
 「馬車の中に戻るんだ!」
 オロオロしているトリシュに体当たりして無理矢理馬車の中に押し倒せば、後ろ手に縛られているせいで防御姿勢が取れない俺達はそのまま馬車の中に倒れ込み、頭とか顔とか、とにかく色んな場所を強打した。
 その上馬車までもが宙に浮かんで一回転し、地面に叩きつけられては気を保つことで精いっぱいだ。
 「もうすぐここを侯爵家の者が通る。それまで大人しくしているんだ」
 大人しくって……図らずとも、そうなるさ……。
 「キュイキュイ!
 ん……。
 「キュイキュイ」
 レッドドラゴンの声?
 そうだ、魔法使いに襲われたんだ!
 飛び起きようとして、後ろ手に縛られていることを思い出した。
 ガンッ!ガンッ!
 外に出ようと戸を蹴るが、蹴破れる気が全くしない。
 ダメージが通っている気配が全く感じられない。
 「トリシュ、大丈夫か!?」
 あまり身動きが取れない中で馬車内を見回せば、気を失っているトリシュが見えた。
 くそっ!
 あの魔法使いめ……。
 「キュイキュイ」
 レッドドラゴンよ、頼むから今すぐ飛んで行ってあの魔法使いを捕えてくれないか?あの者を捕えなければならないんだ。
 俺は……。
 「え!?なんでこんなとこにドラゴン!?」
 え……誰か、本当に誰か来た?
 「キュ……?キュ!」
 レッドドラゴンは声の方を振り返ると、フラフラと飛んで行き……その行先には1人の青年が立っていた。
 「お前が馬車を襲ったのか?」
 青年は地に落ちてしまったレッドドラゴンの視線に合わせるようにしゃがみ込むと、チラリと馬車の方を見てから声をかけた。
 「キュイ!キュイ!」
 言われなき冤罪を受けたレッドドラゴンは声を張り上げている。
 「馬車の中にいるのがお前の主人か?」
 まるでレッドドラゴンと話しが出来ているかのような口ぶりの青年は、俺が何度も蹴って全く手ごたえを感じなかった馬車を、剣で2回攻撃しただけで壊し、気を失っているトリシュから侯爵家に運んだ。
 手当てを受け、屋敷の主に事情を説明するために執務室に呼ばれて行ってみると、そこにはトリシュもいた。
 「貴方が、我が家に嫁ぐことになった姫君ですかな?」
 何故トリシュではなく俺をそうだと思ったんだ?
 普通ならどう考えたってトリシュと……違う、トリシュは王女の騎士であり、髪色と瞳の色が一般的な茶色。
 だけど俺は王家の“青色”を継いでいる……つまりこの人物は王家の特徴を知っていることになる。
 それに我が家に嫁ぐってことは……そうか、この人がホーンドオウル侯爵。
 「……はい……そうでございます」
 「ふむ……カインが行方知れずになっていることは知っているかね?だから姫君にはカインの弟、アインと一緒になってもらうよ」
 どうやらこちらに拒否権はないようだな。
 「くっ……!」
 トリシュがキレかけてる。
 「……はい。問題ありません。そのように致します」
 あの魔法使いは、俺達は命を狙われていると言った。
 そして、侯爵家にいる間は命が保証されるとも。
 そんな侯爵家に堂々と居座るには、婚姻を結ぶのが1番自然だ。
 これも全て俺達の命のため……そのためなら、結婚するくらいなんてことは……アインには少し申し訳ない気持ちはあるが……。
 「夕食に招待しよう。そこでアインを紹介するよ」
 話しは終わったからでていけとでもいうように手を振ったホーンドオウル侯爵の態度には、少しばかり思う所はあるが、命の保証がされるのだと思えば……。
 「キュッキュ」
 ん、レッドドラゴンの声?
 どこから……。
 「いやいや、ホントだからな?崖から落ちても引っかかりとかを足場にしてトントンってやれば無事に底に着くんだって」
 崖から落ちてもって……なにを言ってるんだ?
 「キュ~キュウ」
 「魔法無くても余裕余裕」
 魔法がなくてもってことは、魔法使いではないのか?
 レッドドラゴンと声の主を探すため、声の聞こえてくる方角向けて歩いて行けば、背の高い生垣に囲まれた噴水の前にレッドドラゴンと馬車を破壊したあの時の青年がいた。
 「キュキュウ」
 「お、良いぞ。今度と言わずに今からでも行く?」
 「キュキュキュイ!」
 「あ、あの2人目覚めたのか。主人が無事でよかったな~」
 「キュ~」
 まるで、本当に会話をしているようだ。
 「王……女様?えっと、あの者がアインかと思われます。本当によろしいのですか?」
 あぁ、あの青年がそうなのか……。
 あの強靭な耐久性を持った馬車をいともたやすく破壊した剣の腕と、レッドドラゴンにも怯まない精神、そしてあのように楽しそうに笑う……。
 「カインを見たことはないが、俺はアインに好意を持ったよ」
 太陽のような青年だと思った。
 「そうですか……では、私はなにも言いません」
 「ん……俺は第15王女のジョセフィーヌ」
 「はい。ジョセフィーヌ様」
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