刻印

文字の大きさ
上 下
188 / 232

-187

しおりを挟む
 33階のダクトはすぐに見えてきた。

 おやっさんには、できるだけ各階をチェックすると言って来たが、32階で拉致した人間を33階へ監禁なんて有り得ない。
 深月はもう少し上の階まで一気に上る事にし、顔を上へ向ける。

 それは想像以上に冷たく、上り難い梯子のせいでもあった。
 こんな下位階で無駄に体力を消費するわけにいかない。
 
 一番疑わしいのは……黒幕がナンバーツーだと言うなら、その居室がある階だ。
 他の誰が居るかもわからない公共のスペースへ連れ込むより、僕なら自分の部屋に……。
 ふと、浅葱の部屋のベッドで寝ていた匠の姿を思い出した。
 きっとあの時も……。

「匠さん……」

 一瞬、体と思考が停止し、ただ梯子に取り付いているだけの自分に気が付く。

 なっ……!
 何考えてるんだ、こんな時に……!
 ぼーーっとしてる暇は無いんだ……!

 そう自分自身に言い聞かせ、深月はまた手足を動かし始めた。



 右、左、右、左――

 グレー1色の無機質な壁に、銀に光るどこまでも同じピッチの梯子。
 機械的な、ずっと同じ動作の永遠にも思える繰り返し。
 どれだけ必死に登っても、その周囲の景色は何も変わる事がなく、何の達成感も得られず、何の目印も無い。
 平衡感覚さえおかしくなりそうな空間で、本当に自分は登っているのだろうかと、錯覚さえ覚えた。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……
 
 息が上がり口で呼吸をすると、乾いた風のせいで、喉がヒリヒリと痛み、すぐに口がカラカラになった。

 下は……。
 下を見れば、少しでも達成感が得られるのだろうか……。
 ここまで来たのだぞ。という……。

 下を向きかけて、東京タワーって何メートルだっけ……ふとそう考えた。

 そう思うと、なぜか急に笑いが込み上げてきた。
 乾いた喉の奥から絞り出す苦笑だった。

 まったく……何を考えてるんだか……。

 こんなとこで下なんて見たら、もう二度とこの梯子から片手を離し、上段へ繰り出す……なんて無謀な事はできなくなる。
 最初に見たあのコンクリートのザラついた床。
 あそこへ落ちたら、即死……。
 今の自分の状況を冷静に思うと、もう恐怖で下を見る事などできなかった。

 その時だった。
 また強風が巻き上がる。

 ……クソッ……!!!

 両腕で梯子にしがみつき、風がおさまるのを待つが、体はみるみる体温を失い、指先に力が入らなくなっていく。
 
 こうしているだけでも体力は消耗し、時間もロスする。
 できるだけ止まらずに行かないと……。
 ナンバーツーの居室は何階だったか……。
 
 ……恐怖から逃れるように、携帯へ話しかけた。

「透さん……ナンバーツーの居室って……何階からですか?」
 だがゴウゴウと響く風切り音で、携帯からは何も聞えない。

 ダメか……。
 苦しい呼吸と渇き切った喉で、既に声は出にくい。
 登りながら話をするのは無理だ。
 だったら……風がある時に黙って登る。
 ……少々無理をしてでも……。
 そして風がおさまったら、もう一度透さんと通話……。
 今はできる限り少しでも上へ……だ。
 右手を伸ばし、また一つ上段へ手を掛ける。


 ――!!!
 
 握ったはずの梯子から右手が外れていた。

「……ンああッッ――っッ!!!」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...