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背中の診察が始まろうとしていた。
……そうだ……僕はここに居てはいけない……。
……まだ許されてない……。
深月が部屋から出て行こうと、医務室のドアノブにそっと手をかけた時だった。
「深月さん……居てください……」
後ろから匠の声がした。
その声に浅葱とオヤジが驚いた表情を見せた。
「いいのか? ……匠……」
浅葱が尋ねる。
「……はい」
できる事なら誰にも……浅葱さんにもおやっさんにも、見られたくはない。
だが、それは到底無理な事。
みんなの手を借りなければ、今の自分は何もできない。
「弱さを認めろ」そう言った浅葱の声が蘇る。
これからずっと一緒に居る仲間に、隠し続けて生きるのは嫌だった。
これが最初の一歩……。
「……そうか。匠がそれでいいのなら構わんさ。
……流……静かにしとけよ……」
オヤジが釘を刺す。
「は、はい……!」
やっと自分にも許された。
でも、それほど気にする匠さんの傷って……。
深月は緊張した面持ちで匠の足元に立った。
浅葱とオヤジとで匠は診察台の上にうつ伏せにされた。
「……ンッ……」
胸の傷と肋骨が圧迫され呻く。
「胸、痛むだろうが少し我慢してくれよな……」
オヤジの指示で浅葱がゆっくりと匠の腕を持ち上げ、頭の上で組む格好にさせる。
これでもう腕の動かない匠が、傷を隠すことはできなくなった。
体に掛けられていたタオルが下げられ、小型の無影灯が匠の背中を照らし出した。
――灼けた背中。
まだ腫れも引かないその無残な体に蛇と龍がいた。
……ッ……!!!
深月が思わず口元を押さえる。
声は出なかった。
ただ息を呑み、目を見開いた。
熱傷だと聞いていた。
なのに……なんであんなモノが…………。
ショックと恐怖で茫然と立ちすくんだ。
匠はそんな気を敏感に察し、自分の腕に顔を埋める。
見られている……そう思うだけで辛かった。
腕に顔を埋め、きつく目を閉じるが、それでも背中に視線を感じ、見られているという意識を消す事ができない。
目にも体の傷にも、心にも……痛みが走った。
また体が震える……。
……クソッ……!
浅葱は怒りで拳を握りしめ、視線を落とした。
そこには目を閉じ顔を隠すようにして、わずかに震える匠がいた。
……匠……。
震えるその手を無言で強く握る。
オヤジも改めて見ると言葉を失っていた。
軍医として悲惨な現場は数多く経験してきたが、これほどまでに、たった一人の人間に対して行われた残酷な蛮行を目の当たりにしたのは初めてだった。
皆が絶句していた――。
オヤジはそんな部屋の空気を払拭するかのように大きく息を吸うと「さあ、やろう」一言告げた。
「……糸とステープラーか……」
無影灯で一通り背中を診たオヤジが、悔しさを滲ませ呟いた。
「ステープラー……?」
浅葱が聞き返す。
「ああ、医療用のホッチキスみてぇなもんだ。
ただ、これはかなりの旧式だ。
現代の物に比べると、昔のは金属の針で止めるから元々痛みは酷いんだが、これは素材も粗悪で止め方もかなり酷い。
体表の見えるところは糸で縫ってあるが、肝心の奥の方は雑な針止めだ。
これを一本ずつ抜かなきゃならん……。
あの馬鹿医者が……」
オヤジが傷の中……少し見えている針に触れる。
「……ンッァッ……!!」
ほんの少しオヤジの指が触っただけでも、激痛が走った。
声を殺して呻く。
「数はどれくらいあるんだ? オヤジ……」
「……わからん。
どこまで奥に打ってあるのか、何本か……。
それでも全部、探すしかねぇ……匠……」
その言葉に匠は目を閉じた。
触れられただけで痛む背中が、あの地下室を思い出させる。
叫びそうになる自分を、震える体を、必死で押さえ込み、小さく頷いた。
「……お願い……します……」
……そうだ……僕はここに居てはいけない……。
……まだ許されてない……。
深月が部屋から出て行こうと、医務室のドアノブにそっと手をかけた時だった。
「深月さん……居てください……」
後ろから匠の声がした。
その声に浅葱とオヤジが驚いた表情を見せた。
「いいのか? ……匠……」
浅葱が尋ねる。
「……はい」
できる事なら誰にも……浅葱さんにもおやっさんにも、見られたくはない。
だが、それは到底無理な事。
みんなの手を借りなければ、今の自分は何もできない。
「弱さを認めろ」そう言った浅葱の声が蘇る。
これからずっと一緒に居る仲間に、隠し続けて生きるのは嫌だった。
これが最初の一歩……。
「……そうか。匠がそれでいいのなら構わんさ。
……流……静かにしとけよ……」
オヤジが釘を刺す。
「は、はい……!」
やっと自分にも許された。
でも、それほど気にする匠さんの傷って……。
深月は緊張した面持ちで匠の足元に立った。
浅葱とオヤジとで匠は診察台の上にうつ伏せにされた。
「……ンッ……」
胸の傷と肋骨が圧迫され呻く。
「胸、痛むだろうが少し我慢してくれよな……」
オヤジの指示で浅葱がゆっくりと匠の腕を持ち上げ、頭の上で組む格好にさせる。
これでもう腕の動かない匠が、傷を隠すことはできなくなった。
体に掛けられていたタオルが下げられ、小型の無影灯が匠の背中を照らし出した。
――灼けた背中。
まだ腫れも引かないその無残な体に蛇と龍がいた。
……ッ……!!!
深月が思わず口元を押さえる。
声は出なかった。
ただ息を呑み、目を見開いた。
熱傷だと聞いていた。
なのに……なんであんなモノが…………。
ショックと恐怖で茫然と立ちすくんだ。
匠はそんな気を敏感に察し、自分の腕に顔を埋める。
見られている……そう思うだけで辛かった。
腕に顔を埋め、きつく目を閉じるが、それでも背中に視線を感じ、見られているという意識を消す事ができない。
目にも体の傷にも、心にも……痛みが走った。
また体が震える……。
……クソッ……!
浅葱は怒りで拳を握りしめ、視線を落とした。
そこには目を閉じ顔を隠すようにして、わずかに震える匠がいた。
……匠……。
震えるその手を無言で強く握る。
オヤジも改めて見ると言葉を失っていた。
軍医として悲惨な現場は数多く経験してきたが、これほどまでに、たった一人の人間に対して行われた残酷な蛮行を目の当たりにしたのは初めてだった。
皆が絶句していた――。
オヤジはそんな部屋の空気を払拭するかのように大きく息を吸うと「さあ、やろう」一言告げた。
「……糸とステープラーか……」
無影灯で一通り背中を診たオヤジが、悔しさを滲ませ呟いた。
「ステープラー……?」
浅葱が聞き返す。
「ああ、医療用のホッチキスみてぇなもんだ。
ただ、これはかなりの旧式だ。
現代の物に比べると、昔のは金属の針で止めるから元々痛みは酷いんだが、これは素材も粗悪で止め方もかなり酷い。
体表の見えるところは糸で縫ってあるが、肝心の奥の方は雑な針止めだ。
これを一本ずつ抜かなきゃならん……。
あの馬鹿医者が……」
オヤジが傷の中……少し見えている針に触れる。
「……ンッァッ……!!」
ほんの少しオヤジの指が触っただけでも、激痛が走った。
声を殺して呻く。
「数はどれくらいあるんだ? オヤジ……」
「……わからん。
どこまで奥に打ってあるのか、何本か……。
それでも全部、探すしかねぇ……匠……」
その言葉に匠は目を閉じた。
触れられただけで痛む背中が、あの地下室を思い出させる。
叫びそうになる自分を、震える体を、必死で押さえ込み、小さく頷いた。
「……お願い……します……」
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