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 浅葱に手を握られ、安心し目を閉じた直後だった。
 いきなりの激痛に襲われた。

「んぁああっっ……!!! ……ンッ!! ……ンッ……!!」
 それはまさに奇襲だった。
 何の準備もなく、反射的に声を上げた。

 ……な……なんだ……これ……ンッッ…………!!
 じっとしていられない程の痛みだった。

 ……この痛み……いつもと違う……。
 自分でも何が起こったか、わからなかった。
 それは全身の痛みではない。
 左腕……しかもあの点滴の針が入っていた辺りだけだ。

 もう針は抜かれているはずなのに……。
 何なんだ……これは……。
 ……ツッ……!! ……クッ!!
 重ねてあった右手で左腕を必死に押さえ込んだ。

「匠!! おい!!!」
 自分を呼ぶ声で、初めて側にいる浅葱の存在を思い出していた。
 それほど、何一つ考える余裕もなく、返事すらできなかった。

 そして体を捩り暴れる程の痛みは、わずか二~三分で何事もなかったかのように、まさに波が引くかの如く消えていった。
 
 ハァ……ハァ……
 ……何……今のは…………。
 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……
 額に大粒の嫌な汗をかいていた。

「匠……どうした! 大丈夫か!」
 浅葱に抱き上げられた。

「……だ……大丈夫……です……。慣れて……ますから……」
 そうは答えたが、それは今までに経験の無い痛みだった。
 背中でもなく、目でもなく、腕の一部だけ……。
 こんなのは初めてだ……。

 そのまま一睡もできないまま夜が明けた。
 だが、あれと同じ痛みが襲って来る事はなかった。



「匠、起きたか?」
 朝になり、オヤジが部屋に顔を覗かせていた。

「体調はどうだ? 昨日無理した分、辛いんじゃねぇか?」
「大丈夫……です……」
 そう返事をしながらも、明け方の事を思い出していた。
 だが、あれからは何も起こっていない。
 あるのはいつもと同じ体の痛みだけだ。
 おやっさんに話しをした方がいいのか……。

「じゃあ今日は背中、診せてもらうぞ」
 そう迷っている間にオヤジの声がし、匠は現実へと引き戻された。

 そうだ……背中……。
 出来ることなら、誰にも見られたくはない。
 だが、それが無理なのは匠自身が一番わかっていた。

 浅葱が匠を抱き起こし、ベッドの上に座らせる。
 昨日、歩き回った事で体も多少は慣れたのか、上体を起こされても激しい眩暈はしなかった。

 二人に支えられて立ち上がり、医務室へ向かうと、
「おはようございます。匠さん」
 深月はもう診察の準備をして待っていた。

「先に目の洗浄をしておくからな。そこへ座って上を向くんだ」
 オヤジが言うと、すかさず深月が手を差し出した。
 まるで姫の手でも取るようなエスコートで診察用の椅子に腰掛けると、わずかに体が震えるのが自分でもわかった。
 二日前、ここに帰ってきた時の、あの痛みを思い出していた。

「薬を入れるとかなり痛むが、すぐに目を閉じるんじゃねぇぞ。
 しばらくそのまま、目を開けたままでいるんだ……いいな?」
 そう言うとオヤジは椅子のヘッドレストを調節し、匠に頭を乗せるように促した。
 そして前回と同様に薬剤の入った小瓶を取り出す。

「ほら……目、開けるんだ」
 膝に掛けられた白布を握り締める。
 胸が苦しくなる……。
 ゆっくりと目を開けると、オヤジがそこへ薬を落とし入れる。

「……ンッ……!!! ……んンっ!!! ……!!」
 またあの焼き付く痛みに匠は体を捩る。 
 頭の中に直接劇物が入ってくるような、この忘れられない感覚……。
 この痛み…………。

「……ァ……ァッ!……ぁあ……ンッ……!」
 僅かに声を上げながら、それでも匠は必死に目を開けていた。
 薬か涙か、ポロポロと瞳から溢れ、オヤジの持つガーゼを湿らせていく。

 ハァ……ハァ……
 ハァ……ハァ……

 ようやく小瓶一本分の薬で洗浄し終えると、
「もういいぞ……」
 オヤジの声がした。

「……クッ……ッッ……!!」
 その声に弾かれたように匠は下を向き、首を振って痛みを追い払おうとする。

「腕が動くようになったら、自分でこれをするんだぞ。
 ……さぁ、次は背中だ」
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