71 / 232
-70
しおりを挟む
その時、オヤジはチラリと深月を見た。
すでに真っ赤に目を泣き腫らしている深月も、テープに気付いた様子で一瞬困惑した顔が曇る。
それが何を意味しているのか、深月にも理解できていた。
思わず匠から目を逸らした深月を見ながら、オヤジは一つ小さく息を吐くと、匠の手首に触れた。
荒い呼吸の下、肩で息をしながら匠の指がピクンと反応し、苦しそうに目を開ける。
そして、わずかに首を振ったように見えた。
――できる事なら、見ないでほしい――
そんな声が聞こえてきそうだった。
「いいんだ、匠。
……大丈夫だからな。何も心配するな……」
オヤジがそっと頭を撫でながら呟くその声に、もう一度わずかに首を振った匠だったが、後はそのまま虚空を見つめるだけになった。
肩だけが苦しそうに呼吸に合わせて上下する。
オヤジがテープを外すとその下には、何の処置もされないまま、ただ隠すようにされただけの傷があった。
この傷があの男に見つかり、叱咤されるのを恐れた老人が、流れた血を拭き取る事もせず、大急ぎで巻いたのだ。
匠自身がメスで切り裂いた傷。
わずかに急所を外れただけのその傷は、大きくは無いが深かった。
腕の動かない匠が、自分でどうやってこんな事をしたのか……。
どれだけの覚悟があれば、ここまで刺せるのか……。
オヤジは悔しさで自分の体が震えるのを感じ唇を噛んだ。
浅葱も黙ったままそれを見つめ、深月は下を向いたまま、顔を上げようとしなかった。
オヤジは一度、自らの気持ちを鎮めるように匠の手を握ると、後は黙々と処置を進め、できるだけ傷跡が残らないように丁寧に縫合していく。
新しい包帯と交換し終えると、
「とりあえず、これで少し休ませてやろう。
今、これ以上は精神的にも負担が大き過ぎる。背中はその後だ」
二人にそう言うと、ようやく腰を上げた。
「匠……点滴、もう取れたからな。
よく頑張ったぞ。これで少しは楽になるはずだ。
……注射は嫌だろうが……もう一回だけ、鎮静剤打っとこうな。
そしたら少し眠るんだ。今度はちゃんと効くはずだ」
だが、匠は小さく首を振る。
「ん? どうした? 嫌なのか……? 打った方がゆっくり眠れるぞ?」
オヤジが優しく声を掛けるが、首を振る匠の答えは同じだった。
「……そうか。わかった……。もう嫌な事はしないからな、安心しろ」
「大丈夫なのか? オヤジ……」
「ああ、打った方が良いんだがな……。
もう点滴は外したし、このままでも、今までよりはマシだろう。
うまくいけば、このまま落ち着くかもしれんしな……。
何よりも……これ以上、無理矢理に何かするのは、匠の心が壊れちまう……」
オヤジが医療用の毛布を掛け、横向きの姿勢に直してやると、匠はすぐに新しくなった左手首の包帯を隠すように右手で握り、体を丸め、地下室で見た時と同じように小さくなる。
これが今の匠の、唯一の自己防衛だった。
「これでしばらくそっとしておこう。
匠、ゆっくり眠るんだぞ……。
……二人共、向こうの部屋へ……」
オヤジが浅葱と深月を促した。
「……閉め…………ないで…………」
扉を閉めようとした時、背後で匠の小さな声がした。
「……ん? ああ、そうだな……。心配するな、大丈夫だ。ここは開けておくからな……」
オヤジが言うと、匠はそのまま腕に顔を埋めた。
すでに真っ赤に目を泣き腫らしている深月も、テープに気付いた様子で一瞬困惑した顔が曇る。
それが何を意味しているのか、深月にも理解できていた。
思わず匠から目を逸らした深月を見ながら、オヤジは一つ小さく息を吐くと、匠の手首に触れた。
荒い呼吸の下、肩で息をしながら匠の指がピクンと反応し、苦しそうに目を開ける。
そして、わずかに首を振ったように見えた。
――できる事なら、見ないでほしい――
そんな声が聞こえてきそうだった。
「いいんだ、匠。
……大丈夫だからな。何も心配するな……」
オヤジがそっと頭を撫でながら呟くその声に、もう一度わずかに首を振った匠だったが、後はそのまま虚空を見つめるだけになった。
肩だけが苦しそうに呼吸に合わせて上下する。
オヤジがテープを外すとその下には、何の処置もされないまま、ただ隠すようにされただけの傷があった。
この傷があの男に見つかり、叱咤されるのを恐れた老人が、流れた血を拭き取る事もせず、大急ぎで巻いたのだ。
匠自身がメスで切り裂いた傷。
わずかに急所を外れただけのその傷は、大きくは無いが深かった。
腕の動かない匠が、自分でどうやってこんな事をしたのか……。
どれだけの覚悟があれば、ここまで刺せるのか……。
オヤジは悔しさで自分の体が震えるのを感じ唇を噛んだ。
浅葱も黙ったままそれを見つめ、深月は下を向いたまま、顔を上げようとしなかった。
オヤジは一度、自らの気持ちを鎮めるように匠の手を握ると、後は黙々と処置を進め、できるだけ傷跡が残らないように丁寧に縫合していく。
新しい包帯と交換し終えると、
「とりあえず、これで少し休ませてやろう。
今、これ以上は精神的にも負担が大き過ぎる。背中はその後だ」
二人にそう言うと、ようやく腰を上げた。
「匠……点滴、もう取れたからな。
よく頑張ったぞ。これで少しは楽になるはずだ。
……注射は嫌だろうが……もう一回だけ、鎮静剤打っとこうな。
そしたら少し眠るんだ。今度はちゃんと効くはずだ」
だが、匠は小さく首を振る。
「ん? どうした? 嫌なのか……? 打った方がゆっくり眠れるぞ?」
オヤジが優しく声を掛けるが、首を振る匠の答えは同じだった。
「……そうか。わかった……。もう嫌な事はしないからな、安心しろ」
「大丈夫なのか? オヤジ……」
「ああ、打った方が良いんだがな……。
もう点滴は外したし、このままでも、今までよりはマシだろう。
うまくいけば、このまま落ち着くかもしれんしな……。
何よりも……これ以上、無理矢理に何かするのは、匠の心が壊れちまう……」
オヤジが医療用の毛布を掛け、横向きの姿勢に直してやると、匠はすぐに新しくなった左手首の包帯を隠すように右手で握り、体を丸め、地下室で見た時と同じように小さくなる。
これが今の匠の、唯一の自己防衛だった。
「これでしばらくそっとしておこう。
匠、ゆっくり眠るんだぞ……。
……二人共、向こうの部屋へ……」
オヤジが浅葱と深月を促した。
「……閉め…………ないで…………」
扉を閉めようとした時、背後で匠の小さな声がした。
「……ん? ああ、そうだな……。心配するな、大丈夫だ。ここは開けておくからな……」
オヤジが言うと、匠はそのまま腕に顔を埋めた。
1
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる