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 その時、オヤジはチラリと深月を見た。
 すでに真っ赤に目を泣き腫らしている深月も、テープに気付いた様子で一瞬困惑した顔が曇る。
 それが何を意味しているのか、深月にも理解できていた。

 思わず匠から目を逸らした深月を見ながら、オヤジは一つ小さく息を吐くと、匠の手首に触れた。
 荒い呼吸の下、肩で息をしながら匠の指がピクンと反応し、苦しそうに目を開ける。
 そして、わずかに首を振ったように見えた。


 ――できる事なら、見ないでほしい――
 そんな声が聞こえてきそうだった。

「いいんだ、匠。
 ……大丈夫だからな。何も心配するな……」

 オヤジがそっと頭を撫でながら呟くその声に、もう一度わずかに首を振った匠だったが、後はそのまま虚空を見つめるだけになった。
 肩だけが苦しそうに呼吸に合わせて上下する。

 オヤジがテープを外すとその下には、何の処置もされないまま、ただ隠すようにされただけの傷があった。
 この傷があの男に見つかり、叱咤されるのを恐れた老人が、流れた血を拭き取る事もせず、大急ぎで巻いたのだ。

 匠自身がメスで切り裂いた傷。
 わずかに急所を外れただけのその傷は、大きくは無いが深かった。
 腕の動かない匠が、自分でどうやってこんな事をしたのか……。
 どれだけの覚悟があれば、ここまで刺せるのか……。
 オヤジは悔しさで自分の体が震えるのを感じ唇を噛んだ。
 浅葱も黙ったままそれを見つめ、深月は下を向いたまま、顔を上げようとしなかった。

 オヤジは一度、自らの気持ちを鎮めるように匠の手を握ると、後は黙々と処置を進め、できるだけ傷跡が残らないように丁寧に縫合していく。
 
 新しい包帯と交換し終えると、
「とりあえず、これで少し休ませてやろう。
 今、これ以上は精神的にも負担が大き過ぎる。背中はその後だ」
 
 二人にそう言うと、ようやく腰を上げた。

「匠……点滴、もう取れたからな。
 よく頑張ったぞ。これで少しは楽になるはずだ。
 ……注射は嫌だろうが……もう一回だけ、鎮静剤打っとこうな。
 そしたら少し眠るんだ。今度はちゃんと効くはずだ」
 
 だが、匠は小さく首を振る。

「ん? どうした? 嫌なのか……? 打った方がゆっくり眠れるぞ?」
 オヤジが優しく声を掛けるが、首を振る匠の答えは同じだった。


「……そうか。わかった……。もう嫌な事はしないからな、安心しろ」
「大丈夫なのか? オヤジ……」
「ああ、打った方が良いんだがな……。
 もう点滴は外したし、このままでも、今までよりはマシだろう。
 うまくいけば、このまま落ち着くかもしれんしな……。
 何よりも……これ以上、無理矢理に何かするのは、匠の心が壊れちまう……」


 オヤジが医療用の毛布を掛け、横向きの姿勢に直してやると、匠はすぐに新しくなった左手首の包帯を隠すように右手で握り、体を丸め、地下室で見た時と同じように小さくなる。
 これが今の匠の、唯一の自己防衛だった。

「これでしばらくそっとしておこう。
 匠、ゆっくり眠るんだぞ……。
 ……二人共、向こうの部屋へ……」
 オヤジが浅葱と深月を促した。



「……閉め…………ないで…………」
 扉を閉めようとした時、背後で匠の小さな声がした。

「……ん? ああ、そうだな……。心配するな、大丈夫だ。ここは開けておくからな……」
 オヤジが言うと、匠はそのまま腕に顔を埋めた。
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