華燭の城

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「帝国の皇帝……? ああ、あれか」
 ガルシアの声が不に満ちた。

「なぁ、シュリよ。
 どうせならば、近衛だ、西国だ、と面倒な事は言わず、帝国そのものを討ち取って来い」

 それは以前、西国の小男がガルシアを煽った話だ。
 あの時は一笑に付して見せたガルシアだったが、男に言われる間でもなく、すでに腹に一物あったのだろう。

「幸い閣下も信仰深いお方だ。お前に逆う事はできぬはず。
 しかも、その子、ナギまでもお前にご執心ときた。
 あいつらさえ居なくなれば、ワシはすぐにでも巨大帝国の王だ」

「そんな……!
 帝国全軍にまで戦さを挑むつもりなのですか!
 陛下! そのような事は絶対に……!」
 
 唇を噛み、懸命に抗議するラウをシュリが制した。

「ガルシア、戦さが本当に必要だと言うのなら、私は軍を率いて戦場に出ても構わない。
 だがその時は、お前の言う “神の力” も “悪魔の力” も借りはしない。
 私は私の剣で戦うだけだ。
 ただし……。
 その戦さが、本当に国の為、民の為になると言うのなら」
 
 真っ直ぐに自分を見据えるシュリを、ガルシアはフッと鼻で嗤った。

「さすが、お前らしい綺麗事だな。
 だが、お前も現実の非情さがどんな物か、これからまだまだ思い知る事になる。
 まぁいい、とりあえずは今だ。
 あの小僧の近衛と西国を討ち、帝国への宣戦布告の手土産としてやろう。
 息子を失い悲しむ閣下の顔を、拝んでやるのも面白い」

 側近達の間に、今度こそ明らかな動揺が広がった。

 自分のあるじたるガルシアが、あの大帝国に牙を剥こうとしている……。
 しかも皇子に……神の子に出陣せよと命令して……。
 だが、そんな事が本当に可能なのか……?

 いや、可能かどうかは自分達の考えの及ばない所であり、考えるべき事でもない。
 むしろ問題なのは、自分はそこまで、このガルシアに忠誠を誓ったのか? と言う事だった。

 この男の為に、自分は死ねるのか?
 
 側近……傭兵……。
 或る者は、ただ生きるための仕事として、或る者は、金と地位のためだけに集まった男達の、素直な戸惑いだった。
 
 そしてもうひとつ。
 いつも穏やかに美しく微笑む皇子が声を荒げ、父である国王を『ガルシア』と呼び捨てにし『お前』と呼ぶ。
 それ以上に驚いたのは、そこに出てくる言葉だった。

 神の子を悪魔に……?
 その両方を持つ皇子の体……。
 それをさらす?
 そして、西国と取引し、何度でも抱かせてやる……とは……。

 どういう事だ?
 いったい何があったというのだ。
 誰もが一様に驚き、互いに顔を見合わせ困惑の表情を見せる。
 この場所で、その言葉の意味の全てを理解出来ていた側近はオーバストひとりだけだった。

 その不穏な空気を感じ取ったのか、ガルシアの眼光が鋭くなった。

「お前達! 何をしている! 行くぞ! さっさとシュリを連れて来い!
 お前らの君主はワシだ!
 帝国でもなければ、このでもない!
 このガルシア・アシュリーただひとりだ!
 相手が誰であろうが、ワシの命令にだけ忠実に従え!
 そのためにお前たちはここに居るのだ!
 それが出来ない奴は不要!!」

 ガルシアは戸惑う側近達に向かってそう怒鳴ると、オーバストと共に後方の扉へと向かった。

 残った側近達が、ザザッと一斉にシュリとラウを取り囲む。
 ガルシアの言う “不要” とは、この場での即刻の死を意味するからだ。

「シュリ、今は何を言っても無駄なようです。
 ここは大人しくついていきましょう」

 側近の手からシュリを守るように付き添うラウの声に、シュリは悔しさを隠せなかった。



 入って来た扉と向かい合う少し小さな扉。
 そこを出ると、石を荒堀りしただけの、廊下とも言えない質素な通路になっていた。
 敢えて名を付けるなら “抜け道の洞窟” 

 その灯りもなく暗く細い道を直走り、やっと外の空気が吸えた時には、皆、肩で息をしていた。
 数十人が一気に駆け抜けるには、それほど狭く息苦しい空間だった。

 シュリもまた苦しさに喘いでいた。
 外の石の壁に寄りかかり、吹き流れて行く風を体で感じ、ようやく呼吸を整えた。
 そこでシュリは、この風に覚えがある事に気が付いた。

 湿気に混ざるわずかな緑葉の匂い。
 遠くで聞こえる木々の揺れる音。
 
 そこは城裏の、墓地の目の前だった。
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