華燭の城

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「話し合い? 逃げる? 甘いな。
 この期に及んで、そんなものは無意味だ。
 どうしても行くと言うなら、その体で、今すぐワシに逆らう奴等を全員討ち取って来い!
 お前が先頭に立って出ると言うなら、ワシは一向に構わん、止めはせんぞ!」

「討ち取って……!
 まさか陛下……!
 シュリを……本当に戦さに出すおつもりですか!」

 驚きに声を上げたのはラウだった。
 ガルシアとシュリの間に割って立ち、真正面から睨むように王の顔を見る。

「それがどうした、ラウム。
 良い手だとは思わんか?
 歴戦の猛者であるこのオーバストでさえ、シュリの体には、あの狼狽うろたえ様だったのだ」

 いきなり名を呼ばれたオーバストは顔を上げ、思わずシュリの方を見た。
 そして、冷たい視線でじっとこちらを見ているシュリと目が合うと、戸惑うように俯き、隣のガルシアに呟いた。

「陛下……私は……。あの時の事はもう……御赦しを……」
「ほら見ろ、未だにこれだ!」

 ガルシアはオーバストの反応を面白がるように、満足気に声を上げる。

「それでなくともシュリ、お前は神だ! 神に弓引く者は居ない!
 戦わずして勝利は決まったようなものだ!
 が……もしもだ……。
 神を斬り殺し、地獄に堕ちる事もいとわぬという命知らずの馬鹿なやからが現れた時には、望み通り、そいつの目の前に、お前の体を晒し、悪魔の力で地獄送りにしてやれば良い!」
 
「な……っ……! 何を陛下!
 馬鹿な考えはお止めください!
 シュリは世継ぎなのですよ!
 次期王を万が一にでも失っては……どうなさるおつもりですか!
 しかもあれを……戦場で見せろと言うのですか!」

「そう怒るな、ラウム。
 神と悪魔、両方を併せ持つシュリは、その体だけで最強の武器だ。
 万が一など起こるはずもない」

 神と悪魔……?
 どういう事だ……?

 二人のやり取りを聞いていた何も知らない側近達が、わずかにざわめき、ヒソヒソと囁き始める。

「ガルシア!」

 だがそのヌルリと生温い、泥泡が纏わり付くような不快な空気は、シュリの凛とした声で断ち切られる。
 側近達は一瞬で口をつぐみ、身を硬くしてシュリに小さく頭を下げた。

「お前は殿下の帝国を裏切り、裏で西国と手を結んでいたのではなかったのか!?
 今度はその西国を討てとは……。 
 どこまで人をあざむけば気が済むんだ!」

 ガルシアを睨み据える目は強い。

「手を結ぶ? 西国と? 何を馬鹿な事を」

 だがガルシアは一際高い声で笑うと、
「最初から手など組んでおらぬわ!
 お前の体と引き換えに、西国軍の動きを教えろと言ったまでの事。
 これは正当な取引だ!
 ワシはこれからも、まだ何度でも、お前を抱かせてやるつもりだったのだ。
 それをひるがえし、先に裏切ったのはあの男だ!
 ナギの近衛小隊ごときに尻尾を巻きおって!」

「あの男がナギに翻った……?」 

「ああ、そうだ。西国を見張らせていた者から報告があった。
 あの男が、小僧とその小隊を自邸に招き入れた、とな!」

 オーバストが隣で小さく頷くのを見て、シュリはガルシアの執務机にあった大量の報告書を思い出していた。

敵対国帝国の軍隊を抗いもせず『どうぞ』と自邸に入れる。
 これを裏切りと言わずして何と言う!?
 ワシはそれに応じるまでの事。
 まぁ、ヤツも神の子を悪魔におとしめる片棒を担いだのだ。 
 そんな事が外に知れれば、死罪より恐ろしい目に遭うのは必至。
 いくら馬鹿でも、さすがにそこまでは口を割らぬだろうが、ああいう男は案外、肝が小さい。
 さっさとカタをつけるに限る。
 シュリ、お前もヤツに負わされたあの痛み、屈辱……。忘れてはいないだろう?
 その恨み、自分の体で晴らしてみたいとは思わぬか?
 ヤツを平伏せさせたいと思わぬか!?」

「陛下!!
 ……では……シュリの体を……傷を……万民に晒した後、帝国の皇帝閣下にはどうご説明をするのですか!
 ご自分で傷つけたと、そう言うのですか!」

 ラウがシュリをかばうように前に出た。
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