華燭の城

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 使用人棟の入り口で、部屋へ戻るロジャーを見送ると、シュリは自分を支えるラウの腕を静かに解き、自室へとは違う廊下を歩き出した。

「シュリ……! どこへ……!
 傷の手当てをしなければ……!」

 そう言うラウの声に返事もせず、それでも傷が痛むのだろう……左手で胸を押さえたまま、シュリは無言で歩いて行く。

「シュリ!」
「……ラウ……報告を」

 何度目かの呼びかけに、ようやくシュリが口を開いた。

「今日、神国から医師団が戻ったのだろ? ……その報告を」

 確かにそうだ。
 今日はそれで城を離れたのだ。
 “だが今は、弟君より自分の体の心配を……!” そう口をついて出そうになるのを、ラウは必死に呑み込んだ。

「……はい。
 ジーナ様のご容態は安定されているようです。
 以前ほど発作も起こさなくなり、良い兆候であると、医師達も喜んでおりました。
 このまま行けば、ご全快も望めるだろうとの報告です。
 国王、皇后、両陛下もお健やかにお過ごしとの事で、神国は変りなく……」

「そうか……ありがとう」

「シュリっ……!」

 それだけ言うと、シュリの足はまた速くなる。


 自分が今、ここに生きている理由を思う。
 陰惨いんさんな凌辱を日々受けながらも、ここに居る理由はただ一つ。
 それは神国に残した家族と民の為だ。

 遠い異国で離ればなれ……。
 もう二度と会えないとしても、自分の両親は生き、弟も手厚い治療を受けている。
 
 だがヴェルメの息子は父親を殺されたのだ。
 もしあの日、ガルシアが神国に乗り込んで来た神儀の日、父や母、弟……皆がその場で殺されていたら、自分はどうしただろうか……。
 神の子である事も忘れ、あの息子と同じ事をしたのではないか……。
 実際に自分は、ガルシアを斬ろうと神剣を握ったのだから……。
 
 そう思うとじっとしては居られなかった。

 そしてガルシアは、あの息子さえも消そうと思っているはずだ。 
 いや、息子だけではない。
 ヴェルメの縁者一族、全てに歯牙を向けるのは必至。
 生かしておけば、後々必ず禍根かこんを残す事になるのだから。
 父親と同じ日に、一緒に殺されなかっただけでも、幸運だったのだ。


 目の前に扉が見えていた。

 後を追うラウは、シュリが主塔の扉前に立った事に驚いていた。

「陛下の所へ……行かれるおつもりですか!?」

 今まではガルシアに呼ばれ、仕方なく出向いた場所だ。
 そこに自ら足を踏み入れるなど……。

「……シュリ!」
 何も答えないシュリに、ラウが苛立ちの声をあげた。
 行く手を阻むように正面に立ち、その両肩を掴む。

「こんなお体で、陛下の所になど……無茶です!
 行けば、何をされるか……タダで済まないのは判っているでしょう!?
 いったい何をするおつもりなのですか!
 あの小屋で、何があったんです!」

「……ラウ、開けてくれ」
 扉の前に立ったシュリは静かにそう答えただけだった。

 傷が痛む。
 今、この大きな扉を片手で開ける事は、物理的に無理だった。

 強い意志を持って真っ直ぐに目を見据えられ、ラウは仕方なく体を引いた。
 今、何を言っても、シュリを止める事などできないと悟ったのだ。


 ラウの開けた扉から、真紅の廊下を真っ直ぐに進み、向かったのはガルシアの執務室を兼ねた私室だった。

「……陛下……シュリ様です……」
 扉の前でシュリに目で促され、ラウは仕方なく、中のガルシアに声を掛けた。


「……シュリだと?」
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