華燭の城

文字の大きさ
上 下
82 / 199

- 81

しおりを挟む
 男は慣れた手付きで革手袋をはめ、蓋を開ける。

 先の薄紅の液体とは違い、それは無臭のようで、蓋を開けても周囲には何の変化も感じられない。一見、透明な水のように見えるだけだ。

 だが男の手付きは慎重だった。
 台の上のキリを握り取り、尖った先端より少し上、ザラザラと加工された部分に液体をポタ。と滴らせる。
 すると液体は流れ落ちることもなく、金属にジワリと吸い込まれるように浸透していった。
 それを蝋燭の炎にかざすと、一瞬の炎と共にすぐに蒸発し薄い蒸気を上げる。
 男はそれをシュリの傷に……まだ出血が続く右肩の傷の中に、気煙を纏わせたまま躊躇なく突き刺した。
 キリの鋭利な先端が、潰され剥き出しになった柔らかな内部組織に突き立つ。

「……ンッ!!
 ……ァアああっあああああッッンッ!!」

 傷の中を刺された痛み。
 そこから一瞬にして広がった焼け付くような激痛が、それまで耐えていたシュリに思わず声を上げさせていた。

「ほう、やるではないか。それは何だ?」

 ようやく声を上げたシュリにガルシアは満足そうに頷き、男の持つ瓶に手を伸ばした。

「ああっと……陛下、お気を付けください。
 これは直接触れば、皮膚をも灼き落す劇薬。
 この手袋も灼かれぬよう、特注品なのですよ」

 その言葉にガルシアは思わず手を引いたが、表情はなぜか不気味なほどに愉し気だ。

「しかし、これほどの精神力とは……驚くばかりですな。
 気化させ、直接原液に触れたわけでは無いものの、これを傷に入れて叫び声だけとは……全く感服致します。
 拷問に対して訓練を受けた大男でも立っているどころか、転げ回り、泣き叫ぶというのに、それを耐えきるなど……。 
 しかも極限まで神経を研ぎ澄まさせるこの部屋で……」

 そう言いながら、男はゆっくりと上を見た。
 狭い石牢の天井には、あの蝋燭から立ち上った白いもやが、すでに一杯に立ち込めようとしている。

「拷問を生業なりわいとするお前でもそう思うか?
 確かに、力尽くでねじ伏せるのも良いものだが、強情とも言えるシュリには、なかなかしつけも進まぬ」

「……まぁ、それも良いのですよ。
 日常的にこういう事ばかりをしておりますと、簡単に口を割られては楽しみも半減するというもの。
 色々と試せる気丈な玩具をお持ちの陛下が、本当に羨ましい」

 男は再びシュリを抱き寄せると、耳に舌を滑り込ませるように顔を近付けた。
 薄気味悪く、耳の中で囁くように聞こえるそれに、シュリは嫌がり、激しく首を振って抵抗する。

「シュリ様に存分に鳴いて頂くには、最上級の責めが必要なようですから、私の秘蔵を出しましょう」

 そう言うと男は、再び台の包みを物色し始めた。
 ガルシアは酒を呷りながらその様子を眺め、二人は時折、視線を合わせ嗤い合う。


「さあシュリ様、次はここへ上がっていただきましょうか」

 男が丁寧に腰を折り「どうぞ」と掌を上に誘導したのは、あの台の上だった。
 自分の鞄や木箱、燭台が置かれているその台は、大人ひとりが横になれる程の、十分な大きさがある。
 
 まだ消えぬ痛みで、唇を噛んだまま男を睨み続けるシュリに、ガルシアが無言で「言う通りにしろ」と目で指示をした。

「……」
 
 シュリが出血の続く傷を押さえたまま台の横に立つと、男は箱の中からロープを取り出し、
「これをお借りしますよ」
 そう言うと、シュリを台上に仰向けに倒し、腕を頭の上に持ち上げた。

「ンッ……!」 
 
 無理矢理に引き上げられた肩の傷が大きく開き、出血がドク……と増す。
 だが男はそれに構いもせず、そのまま両腕を一つに縛り、台に固定する。
 脚も左右に大きく開かれ、台の脚部に縛り付けられた。

「縛るなら、向こうへ吊るした方が早いだろう?」

 それを見ていたガルシアが、部屋の奥にある滑車付きの鎖をクイと顎で示した。

「そうですな。
 鞭を使われるのでしたら、全身が打てるように吊るすのが良いでしょう。
 ですが、私はこのように小男。
 鞭を振るうには、今一つ体力に自信がございません。
 ですので……」

 男が金属の包みを更に解くと、その先にはズラリと細い針が並んでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

処理中です...