華燭の城

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「これが、私が日頃から最も愛用している物でございます。
 ……私はこれが好みでして」

 男は喜悦の表情で、長い針を一本摘み上げる。

「それがか?
 体も小さいが、使う物も小さいのだな」

 神経質に一本ずつ、丹念に刺し並べられた針を見ながら、ガルシアが悪気も無く言い放つ。

「ええ……。
 ですが陛下あなどってはいけませんよ」

 その言葉にガルシアが失笑した。

「それはお前自身の事か?」
「はい、そう受け取っていただいても結構でございます」
 
 二人の妖しい笑みが交錯する。

「これは小さいが故に、一ヵ所に与える痛みは局所的、かつ強力。
 一本でも体中に電流が流れる程の激しい痛みが走ります。
 それでいて、先程の二本と違い、体の奥深くまで行き届く。
 そして何よりも良いのが、何本刺したところで、出血も少なく死には至らぬところ。しかも傷も目立たない。
 これほど拷問に適した物は無いのですよ。
 ……まぁ、ごゆっくりとご覧ください」

 男は台に縛り付けられたままのシュリの横に立ち、甘く匂い立つ蝋燭を引き寄せた。
 包みから抜いた針を、直接その炎で炙り始めると、細い針は見る見るうちに温度を上げ、灼熱の赤へと色を変える。
 そして、その灼けた針をシュリの目の前に差し出した。

「では、シュリ様。
 少しばかり失礼いたしますよ?」

「……!!」

 抵抗する間もなくその針は、ジュッと微かな音を立て、シュリの胸の傷の中に刺され、そのまま内側を灼き抜いた。

「……ンッッっ!!」

 雷に打たれたようなその痛みに、シュリの体がビクンと反応する。
 だが、両手足を縛られた体は身動き一つできず、一度、台を小さく動かしただけだ。

 男の秘蔵だというその道具に、大きな期待を寄せていたガルシアは、その光景に眉を顰めた。
 顔には明らかな不満の色が浮かび、男に対する失望がハッキリと映っている。

「おい、お前の秘蔵とやらはその程度か?
 それならば、先の皮膚をも灼くというあの薬にしろ、あれの方が良い」

「陛下、そのようにお急ぎにならぬよう……。
 私は『ごゆっくり……』と申し上げたはず。
 今のは小手調べに過ぎません。
 愉しみは、これからでございます」

 男は、そんなガルシアの言葉を初めから予測していたのか、冷たく睨む眼光にも、全く怯む様子がない。

「この小さな針は我が国が作り出した最高傑作。
 この細い針、一本一本の内部にわずかな空洞があり、そこにも先程の薬が入れられるのですよ。
 さて、二本目からが本番です。 
 これは相当痛みましょうなぁ……」
 不敵に笑う男の左手には、あの劇薬の瓶がしっかりと握られていた。

 シュリにもあの薬の痛みは激烈だった。
 薬品で灼かれる痛み。
 それはガルシアの、体の表面を傷める鞭とも、鋭く切り裂くナイフとも違う全く、別次元の痛みだった。
 事実、右肩はまだ激しく灼けつき、痛みを放出し続けている。

 その薬瓶を握り、ニヤリと笑い自分を見下ろす男……。

 逃れられないのは判っている。
 逃げてはならない事も……。

 それでも、あの激痛を甘んじて受け入れる事は、一度その痛みを知ってしまった本能が許さなかった。
 シュリは男を睨み付け、自分を縛るロープを振り解こうと渾身の力で手足を動かした。
 だが、そんなささやかな抵抗で抗えるはずもない。

 シュリの見ている目の前で、次の針があのキリと同じように熱せられ、直後、劇薬の気煙を吐きながら、腹の傷の中にブツリ。と刺し込まれた。

「……ンッッッ!!
 ……ァァアアあああああ”ッ……!!」

 その衝撃に、シュリは手足を縛られたまま体を硬直させた。
 全身の筋肉が一瞬で収縮し、力が入ると、余計に体が針を咥え込む。

 極細の針だというのに、一点のみに奥深く刺されるからだろうか、体の深部で守られていた神経を、直接灼かれるようなその痛みは、あのキリ以上だった。

 ハァ……ハァ……
 ……ハァ……ハァ……

 息をする事さえ激痛だった。
 針が刺さったままの神経が灼き切れていく。

「さぁ、三本目……。
 これは……ここに、いたしましょう」

 笑うような声が悪魔の囁きの如く、シュリの頭上に響いていた。
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