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使用人の居住棟は確かこの廊下の先を……。
広い城内を、記憶だけを頼りに歩いていた。
だが、入り組んだ複雑な造りの城内。
ガルシアの居る主棟から遠ざかる程暗くなっていく廊下はどこまでも続き、電灯もない。
そして痛み続ける体。
何も羽織らず飛び出してた寒さが、シュリの体力を余計に奪っていた。
徐々に足が動かなくなり、廊下の壁に肩を預けハァハァ……と息を整えた。
胸の傷が酷く痛み、右手で胸元をグッと握り締めると、あの鍵が指に触れる。
「……クッ……っ……!」
複雑な形の鍵を思い切り握り込み、掌に痛みの感覚を集中させて、シュリは再び顔を上げた。
完全に迷ってしまったのか、それとも昼間との印象の違いなのか、見覚えのある場所はひとつも無いような孤独感に襲われる。
どこだ、ラウ……。
どこにいる……!
「あ……の……シュリ様ですか……?」
その時、廊下の奥から声がした。
「ああ、やはりシュリ様だ!
どうされました? こんな嵐の夜に、こんな所へ」
ランプを持ち上げて歩み寄ってきたのは、あの地下で会ったダルクだった。
シュリは慌てて預けていた体を壁から引き剥がす。
ダルクは側まで来ると、深々を頭を下げた後、辺りを見回した。
「あの……おひとりで?
ラウは一緒ではないのですか?」
「……ダルク、会えてよかった。
ラウの部屋へ行きたいんだが……どうやら迷ってしまったみたいなんだ……。
案内してもらえないか?」
痛みと寒さで震える声を懸命に抑え、平静を装いそう言うと、ダルクは「お易い御用です!」と、そのままシュリの足元をランプで照らしながら歩き始めた。
「今、仕事が終わって部屋に帰るところだったんです。
まさかシュリ様に逢えるなんて」
ダルクは嬉しそうに笑顔をみせる。
「こんなに遅くまで……。
……ここでの暮らしは……辛くはないか?」
「いえいえ、とんでもない!
ここの暮らしが辛いなどと言ったら罰が当たります。
先々代……いや、先々々代……? あーっと何代前だ……」
ダルクは何かを言いたげに、しきりに指を折って数えていたが、とうとう正確な数字を出すのは諦めたのか顔を上げた。
「……すみません。
実は先王から、今のガルシア王になられるまでに、陛下の兄上にあたられる三人の王がおられたのですがね、皆様、お若くして急逝されたものですから……。
一時はどうなるのかと思っていたのですよ」
「三人もの兄王が?」
「ええ、数年の間に次々と亡くなられまして……。
流行り病いだったとはいえ、本当にこの国は悪魔にでも呪われているのかと……。
それが四兄弟の末皇子だったガルシア王が即位されてやっと、この国も落ち着いたのです」
ダルクはシュリに足元の段差に気を付けるように促してから、またゆっくりと先導し始める。
「ガルシア陛下の手腕は本当に素晴らしかった!
それまでは帝国の一小国にすぎなかったこの国を、あっという間にここまで大きくされたのは、全て陛下のおかげです。
産業も農業も、広大な土地も、これだけ豊かな大国の城で働けることは、喜びでこそあれ、辛い事などありません」
「そうか……全て陛下のおかげか……」
以前、ラウも同じような事を言っていたのを、シュリは思い出していた。
ただ……。
その平和の陰で、侵攻された側の国の人間が、今も皆幸せであるかどうか……。
「そして、今はシュリ様のおかげでもあります!」
黙って俯くシュリを他所に、ダルクは嬉しそうに話し続ける。
「私は、何も……」
「いいえ!
国は大きく豊かになりましたが、今度は妃様達でした。
世継ぎ様も御生れにならないまま、七人もの妃様が相次いで亡くなられた時には、ずっと葬儀続き……。
国中が喪に服し、皆、笑う事を忘れたようでした。
だが神は我々を見捨てはしなかった。
神ご自身が……シュリ様がここへ降り立たれ、来て下さった!
この城にも国にも、ようやく春がきたのです!
ああ……私ばかり勝手に話を……すみません!
ここがラウの部屋です!」
長い話が終わる頃、ダルクはある一室の前で立ち止った。
ドアノブに手をかけるが、鍵が掛かっているのか、ガチャガチャと音を立てるだけで開く様子はない。
「ラウ! おいラウ!? 居ないのか?
おかしいなぁ……鍵なんて掛けて……。
おーい、ラウ!」
ドンドンとドアと叩きながら呼びかけた時だった。
「……どうした?」
背後で……廊下の最奥の暗がりの先でラウの声がした。
「おお! 出掛けていたのか、ラウ!」
振り返るダルクとシュリの視線の先に、外から戻ったばかりなのか、雨に濡れたラウの姿があった。
広い城内を、記憶だけを頼りに歩いていた。
だが、入り組んだ複雑な造りの城内。
ガルシアの居る主棟から遠ざかる程暗くなっていく廊下はどこまでも続き、電灯もない。
そして痛み続ける体。
何も羽織らず飛び出してた寒さが、シュリの体力を余計に奪っていた。
徐々に足が動かなくなり、廊下の壁に肩を預けハァハァ……と息を整えた。
胸の傷が酷く痛み、右手で胸元をグッと握り締めると、あの鍵が指に触れる。
「……クッ……っ……!」
複雑な形の鍵を思い切り握り込み、掌に痛みの感覚を集中させて、シュリは再び顔を上げた。
完全に迷ってしまったのか、それとも昼間との印象の違いなのか、見覚えのある場所はひとつも無いような孤独感に襲われる。
どこだ、ラウ……。
どこにいる……!
「あ……の……シュリ様ですか……?」
その時、廊下の奥から声がした。
「ああ、やはりシュリ様だ!
どうされました? こんな嵐の夜に、こんな所へ」
ランプを持ち上げて歩み寄ってきたのは、あの地下で会ったダルクだった。
シュリは慌てて預けていた体を壁から引き剥がす。
ダルクは側まで来ると、深々を頭を下げた後、辺りを見回した。
「あの……おひとりで?
ラウは一緒ではないのですか?」
「……ダルク、会えてよかった。
ラウの部屋へ行きたいんだが……どうやら迷ってしまったみたいなんだ……。
案内してもらえないか?」
痛みと寒さで震える声を懸命に抑え、平静を装いそう言うと、ダルクは「お易い御用です!」と、そのままシュリの足元をランプで照らしながら歩き始めた。
「今、仕事が終わって部屋に帰るところだったんです。
まさかシュリ様に逢えるなんて」
ダルクは嬉しそうに笑顔をみせる。
「こんなに遅くまで……。
……ここでの暮らしは……辛くはないか?」
「いえいえ、とんでもない!
ここの暮らしが辛いなどと言ったら罰が当たります。
先々代……いや、先々々代……? あーっと何代前だ……」
ダルクは何かを言いたげに、しきりに指を折って数えていたが、とうとう正確な数字を出すのは諦めたのか顔を上げた。
「……すみません。
実は先王から、今のガルシア王になられるまでに、陛下の兄上にあたられる三人の王がおられたのですがね、皆様、お若くして急逝されたものですから……。
一時はどうなるのかと思っていたのですよ」
「三人もの兄王が?」
「ええ、数年の間に次々と亡くなられまして……。
流行り病いだったとはいえ、本当にこの国は悪魔にでも呪われているのかと……。
それが四兄弟の末皇子だったガルシア王が即位されてやっと、この国も落ち着いたのです」
ダルクはシュリに足元の段差に気を付けるように促してから、またゆっくりと先導し始める。
「ガルシア陛下の手腕は本当に素晴らしかった!
それまでは帝国の一小国にすぎなかったこの国を、あっという間にここまで大きくされたのは、全て陛下のおかげです。
産業も農業も、広大な土地も、これだけ豊かな大国の城で働けることは、喜びでこそあれ、辛い事などありません」
「そうか……全て陛下のおかげか……」
以前、ラウも同じような事を言っていたのを、シュリは思い出していた。
ただ……。
その平和の陰で、侵攻された側の国の人間が、今も皆幸せであるかどうか……。
「そして、今はシュリ様のおかげでもあります!」
黙って俯くシュリを他所に、ダルクは嬉しそうに話し続ける。
「私は、何も……」
「いいえ!
国は大きく豊かになりましたが、今度は妃様達でした。
世継ぎ様も御生れにならないまま、七人もの妃様が相次いで亡くなられた時には、ずっと葬儀続き……。
国中が喪に服し、皆、笑う事を忘れたようでした。
だが神は我々を見捨てはしなかった。
神ご自身が……シュリ様がここへ降り立たれ、来て下さった!
この城にも国にも、ようやく春がきたのです!
ああ……私ばかり勝手に話を……すみません!
ここがラウの部屋です!」
長い話が終わる頃、ダルクはある一室の前で立ち止った。
ドアノブに手をかけるが、鍵が掛かっているのか、ガチャガチャと音を立てるだけで開く様子はない。
「ラウ! おいラウ!? 居ないのか?
おかしいなぁ……鍵なんて掛けて……。
おーい、ラウ!」
ドンドンとドアと叩きながら呼びかけた時だった。
「……どうした?」
背後で……廊下の最奥の暗がりの先でラウの声がした。
「おお! 出掛けていたのか、ラウ!」
振り返るダルクとシュリの視線の先に、外から戻ったばかりなのか、雨に濡れたラウの姿があった。
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