華燭の城

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「……ラウ……」
「シュリ様……?」

 驚いたラウの言葉が詰まると同時に、杖の音が早くなる。

「シュリ様が、お前の部屋を探しておられたのでな。
 お連れし……」

 話し続けるダルクの声も、もうシュリの耳には入っていなかった。

「……ラウ…………」
 
 名前を呼びながら、シュリも走り寄る。
 だが、実際には冷え切った体と痛み続ける傷のせいで、もう足は動かなかった。
 倒れかかるように崩れ落ちるシュリの肩を、ラウが素早く正面から抱き止める。

「ダルク、ありがとう、助かった。
 今夜はもう遅い、部屋に戻ってください。
 後は私が……シュリ様を部屋までお連れする」

 だが、ラウに口早に話しかけられても、ダルクはその場から動きもせず、返事もない。
 グラリと倒れたように見えたシュリに驚いたのだ。
 その場に立ったまま、二人を見つめている。
 
 ラウの表情が曇った。

「ダルク、ダルク!
 さぁ、もう行ってくれ」
 
 ラウの低く強い声で、ダルクはようやく我に返った。
 
 何かを見てしまったのかもしれない……。
 そう感じながらも、ダルクはその考えを “見間違いだ” と即座に自己否定した。
 神が……神の子が、倒れるはずなどないのだから……。
 
「あ、ああ……わかった、ラウ……。
 後はお願いするよ。
 おやすみラウ、シュリ様」

 そう言って自分を納得させるように何度か頷き、深く頭を下げると、今、歩いて来た廊下を戻って行く。


 足音が遠のくと、途端にシュリの体から力が抜けた。
 全体重がラウの腕に圧し掛かる。
 ダルクの前で弱っている姿を見せまいと、懸命に気を張って来たのだろうが、ラウの顔を見てその緊張の糸がプツリと切れたのだ。

「シュリ様!
 どうしてこんな所まで、おひとりで……!
 早く部屋に……!」

 鍵を開け、シュリを抱きかかえて、自分のベッドまで運んでいくが、朝から一日、誰も居なかった部屋は冷えきっていた。

「今、火をおこしますから」

 そう言って立ち上がるラウの手を、シュリが掴んでいた。

「ラウ……どうして……。
 どうして今日は来なかった……」

 一瞬、困ったようにラウが目を伏せる。
 
 そしてベッドの横に跪くと、
「今日は休日でしたので……。
 ジーナ様の件、養父に直接話をしようと思い、早くから街へ戻っておりました。
 朝のご挨拶もせず申し訳ありません。
 昼食には戻るつもりだったのですが、急な嵐で身動きが取れなくなってしまい、こんな時間に……」
 そう言って頭を下げる。

 
 ジーナ……。
 休日……。

 ラウは使用人。
 休日があるのも当たり前のこと。
 その休みにわざわざ、弟の事で出かけてくれたと言う。

 嫌われたわけではなかった……。
 
 それだけでシュリの胸は一杯になった。
 そして何よりも、今、目の前にラウが居る。

「そうか……。
 ごめん……。
 ありがとう…………」

 それだけ言うのが精一杯で、今にも溢れそうな涙を留めようと目を閉じた。

「本当に……貴方という方は……。
 そのご様子だと、薬も飲んでいないのでしょう?」

 ラウは立ち上がると、自分の濡れたコートを椅子に掛け、隣の部屋へと入って行った。
 程なくして戻って来たラウは、その手にまだ湯気の立つ薬湯の入ったカップを持っていた。

「さあ、これを……。
 苦いですが、錠剤より湯の方が少しでも暖をとれるはずです。
 落ち着かれたら傷の手当てをいたしましょう」

 上半身を抱きかかえるように起こし、薬湯を口に含ませると、そっとシュリの肩を抱きしめた。
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